追放の朝:誰も気づかない「守護」の終わり
ドリア皇国の帝都。Aランクギルド『鳳凰の絆』の会議室には、重苦しい沈黙ではなく、鼻につくような傲慢な笑い声が響いていた。
「アキト、お前もういいわ。今日でクビな」
ギルドマスターのガストンが、汚い足で円卓に足を乗せながら言い放つ。
彼はこのギルドを「皇国最強」に押し上げたという自負に満ち溢れていた。
「理由を聞いてもいいか、ガストン」
「お前、ずっと拠点でブラブラしてるだけだろ。遠征にもついてこねえ、魔物も倒さねえ。飯と掃除? そんなの、その辺の平民でもできる。俺たちは『神の子』アルス陛下に選ばれたエリートなんだ。お前みたいな『やってるかやってないかわかんねえ雑用係』に払う給料はねえんだよ」
アキトは心の中で苦笑した。
アキトの家事スキルは、もはや時空を歪めるレベルの超スピードに達している。
朝起きて一瞬で拠点中のホコリを消し去り、常人には「火を通した」ことすら視認できない速度で、素材の魔力を100%引き出す「超バフ料理」を完成させていた。
彼らが戦場で傷を負わなかったのも、武器が一度も刃こぼれしなかったのも、すべてはアキトが「掃除や洗濯のついで」にかけていたメンテナンスと付与魔法のおかげだ。
「……わかった。そこまで言うなら、今すぐこの荷物を持って出ていくよ」
「おう、さっさと行け。お前がいなくなれば、もっと強い魔法使いを雇えるからな」
アキトは静かにギルド証を置き、慣れ親しんだ拠点を後にした。
彼が門をくぐったその瞬間、何かが劇的に変わることはなかった。
爆発も、崩壊も起きない。ただ、アキトが維持していた「常時発動型の守護」の更新が止まっただけだ。
一週間後。
「おい、どうなってんだ、このパンは! パサパサしてて飲み込めねえぞ!」
拠点の食堂でガストンが怒鳴り声を上げた。新しく雇った一流のシェフが作った料理だ。見た目は豪華だが、かつてアキトが作っていた「ただのサンドイッチ」のような、食べた瞬間に力がみなぎる感覚が一切ない。
「……すみません、マスター。ですが、最高級の小麦を使っているはずなのですが……」
「チッ、もういい! 行くぞ、今日はランク査定に関わる大事な遠征だ!」
ガストンたちは立ち上がるが、どこか違和感を覚えていた。
いつもなら鎧を身にまとった瞬間、羽が生えたように体が軽くなるはずだった。
だが今日は、重い。愛用の大剣が、まるでただの鉄の塊のようにズシリと腕に食い込む。
「なんだ……? 寝不足か?」
彼らはまだ知らない。
アキトの料理による「全ステータス300%上昇」の効果が、数日かけてゆっくりと、しかし確実に切れてきていることに。
そして、アキトが毎日「ついで」に磨いていた伝説級の装備たちが、その魔力的なメンテナンスを失い、ただの「古びた武具」へと劣化し始めていることに。
さらに、拠点の隅には、今まで見たこともなかった「小さな埃」が溜まり始めていた。
それは、鳳凰の絆が崩壊へと向かう、最初の静かなカウントダウンだった。
一方、アキトはドリア皇国の国境を越え、自由な風が吹く多種族混在の隣国へと足を踏み入れていた。
「まずは、自分一人が食えるくらいの小さな店でも出すかな」
彼の手には、ただの錆びた包丁がある。
だがアキトがそれを一振りすれば、どんな名工も作れない「神の食材」が切り分けられるのを、まだ誰も知らない。




