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第3話 ダリアのような赤い瞳を僕は忘れない③

 

 何か事件でも起きたのかだって?


 うん、そう、戦争が始まったんだよ。

 西大陸を二分する大戦争さ。


 幸い、私の母国は巻き込まれずに済んだ。

 けどルチアと一緒にいたケルン魔法国は違った。

 戦争に参戦することになったんだ。

 私の母国は隣国としょっちゅう戦争してたからね。

 戦争の悲惨さは骨身に染みていた。

 けどケルン魔法国は違った。

 国民性もあるのかな。

 なんか皆んな戦争にやる気満々だったよ。

 今でも理解できないね。

 ケルンの魔法の偉大さを見せつけてる時だ、って血気盛んだったよ。

 私の母国じゃ王族なんて玉座に踏ん反り返るもんなんだけど、ケルンは違った。

 特に王位継承権のある王子や王女は点数稼ぎに躍起になってたね。


 ルチアもその一人だった。


 ルチアは戦争で英雄になろうとしていた。


 自慢の大剣を振りかざして、ケルンの魔法兵団を鼓舞してたよ。

 多分ケルンの民衆は羨望の眼差しで彼女を見てたんじゃなかったのかな。

 英雄譚に憧れてたんだろうね。


 馬鹿馬鹿しい。

 戦争は命の奪い合いなんだよ。

 殺す、殺されるだけの世界なんだ。

 戦場に朽ちる骸を弔う者もいなくなるくらいに。


 私は必死になってルチアを止めたよ。

 けれど彼女は聞いてくれなかった。

 本気で英雄なんかになろうとしていた。

 言葉の限りを尽くして説得しても無駄に終わったよ。


「軟弱者は国へ帰れ!」


 って突き放すんだもの。

 保証するよ。

 あのティラノサウルスは戦争に行けば確実に最前線で暴れ回るね。

 私は絶望感に陥ったよ。

 あの娘を、ルチアを、戦場で血に染まる姿を考えただけで吐き気がした。

 私はルチアが人の命を奪うのも奪われるのを何より恐れた。

 殺し合いであの無垢な笑顔が穢されることが絶対に許せなかった。

 彼女は戦勝祈願をシア教の大聖堂の女神像に捧げた。

 そして沢山の軍人達が祈りを捧げた。

 けれど私は深夜の大聖堂の中に立つ女神像に唾を吐いた。

「あんたなんかじゃ誰も守れない」


 だから私は決意した。

 全てを捨てて、守る覚悟を決めた。


 告発したんだよ。

 ルチアが犯した過ちをね。


 そう、あの時、王場は静まり返っていた。

 天井高くまで伸びる白亜の巨柱。

 煌びやかな玉座に座る険しい顔をしたケルン国王。

 隣にはシア教の教皇や最高司祭、公爵たちが鎮座していた。

 その中央に私はいた。

 そうそうたる顔触れに緊張して立ちすくんでいたよ。

 けど喉からなんとか言葉は出た。

 勇気を持って声を張り上げた。

「私はこの国を糾弾します」

 ざわざわと耳障りな声が耳に入った。

「ケルン魔法国、第一王女、ルチア=ケルンは」

 一瞬言葉が詰まる。

 ふと見ると狭い視界のなかに震えるダリアの瞳の彼女がいた。

 怯え、戸惑い、困惑、恐怖、怒り、負の感情を押し殺しながらルチアは立っていた。

 そんな彼女をできるだけ冷たい目で私は睨みつけた。

「……聖職者、ビガロス神聖国司祭の私に口づけをしました」

 突然の告発に静寂で辺りが静まり返る。

 次の瞬間、ざわめきが爆発した。

「異端だ……」

「……まさか王女が?」

「まさか戒律を破ったのか……」

「よりによって異国の司祭を……」

「廃嫡ものだぞ……」

「国際問題だ……」

 私は声の限り叫んだ。

 そして秘密を破った私に裏切られて、絶望するルチアを糾弾するかのように指を差した。

「この娘に穢されたのです! 王よ、どうなさるおつもりか!? 大使である私はビガロス神聖国そのものだ! ケルン魔法国はビガロスを穢したのです!!」

 ルチアは消えるような声で泣いていたな。

「……やめて……やめてよ……ヨハン……」

 私は彼女を見なかった。

 少しでも本心を悟られるわけにはいかなかったからだ。

「ここに、私は司祭の資格を放棄します」

 私は羽織っていた聖印を引きちぎり、床へと投げつけた。

 なるべく怒ってるように見せたかったからね。

「ケルン魔法国は戒律を破った王女をどうなさるおつもりか!? この場でケルン王の誠意を示して下さい! シア教の女神の戒律に唾を吐いたこの娘をどうなさるおつもりか!?」


 完全なる沈黙が支配していた。

 この国は確かに能力主義だ。

 だが同時に厳格な信仰国家だ。

 答えは決まっていた。

 戒律を破った王族なぞ、末路は知れている。


 眉間に皺を寄せたケルン王は重い口を開いて答えた。

「よかろう、第一王女ルチア=ケルンは廃嫡とする。暫し大聖堂の最上階に幽閉処分としよう。異国の司祭よ。それで矛を納めて欲しい。貴国とは友好を守りたい」

 ルチアが泣き叫んだ。

「ざっけんなよ!!!」

 情動に突き動かされたルチアが私の胸ぐらを掴んだ。

「……どうして……なんでなんだよ!…… 勝手にお前は……!」

 あのダリアの瞳には大粒の涙が溢れていた。

 私は気取られまいと、すぐに視線を切った。

 私は無機質な表情で泣き崩れるルチアをただ見下ろしていた。


 これでいいと思ったよ。

 これで彼女は戦場に行かずに済む。

 また生きて眩しい笑顔を取り戻せる。

 後悔してない。

 やってやったぞって気持ちでいっぱいだった。

 けど哀しみに暮れる彼女の姿を見るのは罪悪感でいっぱいだったかもしれないな。

 私は誰にも聞こえない声で、泣き崩れるルチアに囁いた。


「生きるんだ。君は私が守る」


 それが聞こえたかはわからない。

 ルチアは人目も憚らず泣き叫んでいた。

 悲痛な泣き声だった。

 そこには猛獣も暴君もいなかった。

 ただの、十六歳の少女が泣きじゃくっていた。

 その姿を見て、私は確信したよ。


 これで良かった。

 私は神を信じない。

 もし、女神とやらがいるなら。

 私の全てをくれてやる。

 だから、ルチアの命はここにおいていけ。

 この娘を救うのは、お前なんかじゃない。

 この私、ヨハン=プレヴォストだ。


 人生は選択肢の連続だね。

 多分あの頃の私は大きな分岐点にいた。

 その先にどんな後悔が待ち受けていても、私は選んだ。

 ルチアの玉座に座る煌びやかな将来を奪った。

 戦場で英雄になる栄光の未来をこの手で踏みにじった。

 悪い男だ。

 それでも胸はスカッとしてたからね。

 だが私は迷わなかった。

 勿論、後悔はあったさ。

 心にもない言葉のナイフで純情なルチアの心を切り裂いたことは。

 嗚咽をしながら泣きじゃくる、涙で濡れたルチアの哀しい顔は今でも忘れない。


 だから、決めたんだ。

 何もかもを捨てようと。


 まぁ仕事なんて今日辞めます、明日から来ませんなんて簡単なものじゃない。

 司祭を辞める手続きにも、代わりの宣教師の手配もある。

 時間はあったんだ。

 その間、どうするのか脳みそを全力で回転させたよ。

 今振り返ると、人生で一番頭を使った時だったんじゃないかな。

 まぁ少なくとも戦場でおっ死ぬルチアの未来は回避できたんだ。


 落ち着いて、考え抜いたよ。

 そうそう、前にキルトコードの話をしたじゃないか。

 ルチアはそれをよく覚えていたよ。

 どうしてかって?

 ルチアは幽閉されたんだろって?

 うん、会うのは困難だったよ。

 せいぜい刺繍の入った衣服を渡すのが精一杯だったよ。

 それにしてもルチアの暴れっぷりは凄かったな。

 聞いた話だと幽閉先でもだいぶ荒れ狂ってたそうだよ。

 流石ティラノサウルスだ。

 それが夜になると悲しみに暮れるように、しおらしく泣き声が収監先の大聖堂に響き渡ったそうなんだ。

 けれど、彼女は私の裁縫の授業を覚えていた。

 私が教えたキルトコードの刺繍のサインに気付いてくれてたんだ。


 どんなサインだったかだって?


『明日の晩、大聖堂の女神像をぶち壊すから、迎えに行くよ』


 いやー爽快だったね。

 あの荘厳で馬鹿でかい女神像が魔法で派手に粉砕される光景は。

 何をしただって?

 ああ、ケルンの敵国の工作員に接触して、あの国で調べ上げたことを全部白状したんだよ。

 私の知っていることを全てね。

 気さくな奴らだったよ。

 ついでに私とルチア、二人も連れ出してくれって頼んだら、快諾してくれたね。


 お膳立ては済んだ。

 後は暴れ狂うティラノサウルスが大人しくついてきてくれるかだった。

 また殴られる覚悟はしていた。

 多分ボコボコにぶん殴られるだろうと。

 けどあの夜、質素なぼろぼろに着崩れたワンピースを着てたルチアの横顔はまた子供のように泣き喚いていたよ。

 そして私の胸に縋りつくように手を這わせた。

 そして濡れた真っ赤なダリアの瞳の中に私が映っていた。


「お待たせしました」

 そう言って私は彼女の震える小さな手を力強く引き寄せた。

 抵抗はされなかったよ。

 勿論、暴れたりもしなかった。

 迷子の子供が大人に手を引かれるように、私についてきてくれた。

 終始無言だったな。


 とにかく大人しくしてくれて助かったよ。

 おかげで、すんなり国から脱出できたんだから。

 道中の馬車でやっと口を開いてくれたな。


「……ヨハン、牢屋で頭ぐしゃぐしゃにして考えたら、お前が嘘ついてることに気づいた。そんで何度もぶちのめそうかとも思った……。……けどできなかったよ……。……なんでだろうな……」


 私はニコリと笑みを浮かべた。

「合格です。ルチア、やはりあなたは王の資質が備わっていた。今なら優しい女王陛下になれるでしょう。相手の心の真意を見抜く才をすでにお持ちだ」

「……馬鹿にしてんのか? 今さら王様になんてなれるかよ。見ろよ、くたびれた旅服を。お前こそいいのかよ? 司祭の仕事も、もう母国には帰れねーぞ」

「ちょっぴり後悔しています」

「……何を?」

「今のあなたが、戴冠している姿が少し見たかった。まぁ今さらですが」

「私にはもう何にもないんだぜ? いいのかよ?」

「何もいりませんよ。あなたただ女の子になったんですから」


 そう私が返すと、ルチアはバツの悪そうな顔をして馬車から見える高原を見ていた。

 私も見た。


 朝日に染まる黄金色の小麦畑を。

 麦の穂が光り輝いていた。

 広がる金塊のような眩しさに包まれていた。

 私達二人は。 

 母なる大地が新たな世界への門出を祝福してくれていた。

 私とルチアはこれでやっと、一人の男、一人の女として、新世界へと歩むことができたんだ。


 私は忘れない。

 ルチアの横顔を。


 あのダリアのように、情熱的な赤い瞳の奥を。


 今でも胸に刻まれてしまっている。


 そう、これが私の初恋だったんだよ。





 数多の季節と幾重の国を巡って、何の因果か。

 今の私は南国のバーテンでカクテルを作っている。


 どうですか?

 

 このコスモポリタンは?

 甘酸っぱくて、ほろ苦いでしょう。

 けど忘れられない味がしませんか?



 おや?

 お客さん、袖のボタンが外れてるよ。


 うちの嫁に縫ってもらうといい。

 大丈夫、腕は私のお墨付きさ。

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