第14話 流恋情花④
その村長が厄介だった。
なんとその村長の息子が先の倭寇退治で戦死したというのだ。
つまり村長の息子を殺したのはこの私だ。
村長は怨嗟の言葉を私にぶつけたよ。
「息子は将軍になる、お国の役に立って村に恩返しするんだって、兵役についたよ。可哀想にのう。あの子の亡骸は遠い海の底に沈んでる。せめて遺骨ぐらい、故郷のこの村で弔ってやりたかったのう……。あの子の魂は故郷で安らぐことも出来ず、墓の中には何も入れてやれなかった……。無念じゃ……。儂は憎い。あの子を奪ったこの国を、あの子を殺したあの太守を……。七代まで祟ってやる……」
シュエは、お前何しでかしたんだよって顔して、私を見てたな。
私は白状した。
「その太守は我だ。我の命令で其方の息子は戦で命を落とした。これは嘘でも偽りでもない」
村長がギョロっとした目で私を睨みつけたな。
「何故儂の息子は死ぬ羽目になったんじゃのだ……」
臆することなく私は毅然として答えた。
「力無き故、戦に命を落とすは必定である、村長よ」
シュエは顔を顰めた。
まるで、言葉を選んでくれと言わんばかりだったな。
私の答えが気に食わなかったのか、村長は激昂した。
「帰れ! 貴様の顔なぞ見たくもない!!」
私はしょぼくれた村長の姿に無性に腹が立った。
勿論、門前払いを食らったが、村長の屋敷の門の前で腰を落とし、座した。
シュエが諦めて帰ろうと促しても、厳としてそこから離れなかった。
シュエは一人、屋敷に帰っていった。
日が暮れて夜が来ても、その夜が明けて朝日が登っても、そこから離れなかった。
ずっと居座ってやった。
どんなに冷たい風が吹いても、大粒の雨が降っても、私は動かなかった。
すぐに諦めるだろうとたかを括ったシュエは離れた位置で私を見ていた。
それが三日経って、呆れたシュエが尋ねた。
「そんなに村長に認められて、主様はこの里に住みたいのですか? いい加減諦めて下さい。お身体を壊しますよ」
「左様なことではないわ! これは意地じゃ!」
「何の意地です?」
「一人の武人としての誇りじゃ!」
「……理解できません。せめて水を飲んで下さい」
「不要! 昨晩の雨水で充分じゃ!」
シュエは私の態度に疑問を持った。
村長を怒らせた主様が何故怒る?
ここはひたすら謝罪するのが筋なのでは?
シュエが何度も説得したが、私は応じず、門から離れなかった。
七日過ぎた時にはシュエは、流石に死ぬから諦めてくれと懇願したが、私は毅然と座した。
村長が頭のおかしい輩に絡まれてると里では噂になっていた。
十日過ぎた頃に、里の連中も遠巻きで私の姿を眺めていた。
流石の騒ぎに、村長は門の戸を開けて、私に対面し、疑問の言葉を投げかけた。
「何故そこまでするんじゃ……。まぁ、あんたなりの謝罪って訳か……。まぁこれぐらいするんだから里に住まわせてやっても……」
「勘違いするな! ボケ老人が!! そんなことのためではないわ!!!」
私の怒号の言葉に村長は口をポカンとさせて、愕然とした。
私は続けた。
「兵の死は将の責! どんな咎も受けよう! だがな、なんじゃあの口ぶりは! まるで我が将兵が無駄死にしたような怨嗟の言葉は! 遠き地で眠る息子が報われぬではないか!! 武人とはいかに生きるかではない、いかな最期を遂げるかが本懐なのだ!!!」
私は村長だけでなく、周囲の村人、その中にいるシュエにも呼びかけた。
「この中で見知らぬ誰かを救うために命を天秤に賭けようと思う奴はいるか!? 割りに合わぬことに命を投げ出す者はいるか!?」
皆が沈黙する。
「武人とは割りに合わぬ、だがそのために命がけで勤める者なのだ! この庭先に咲く桃の花を見よ!」
村長の家には桃の木が淡い紅のような花弁を咲かしていた。
「あの桃の花のように満開に咲き、散っていく徒花なのだ! だが桃は実となり、種となって木々になっていく! 確かに村長の息子は戦で散った! だがそれで幾百幾千の民草が救われたのだぞ! 何故褒めてやらん! 親の其方が息子の武功を誉めてやらねば、遠き地で眠る我が将兵の英霊の魂も報われぬわ!」
村長を身体を震わせながら、庭先に咲く桃の花弁を見つめ、涙を溢した。
「ああ……チェン……。お前は桃の実が好きだったなぁ……。……お前の最期はこんなに美しかったのか……」
「村長よ、受け取れ。将としての責を果たす」
私は髪の束を村長の皺くちゃな手に授けた。
その髪束を見て、村長はハッとなり、私を見つめた。
「息子の形見だ。丁重に弔ってやれ。すまぬ、故郷で眠らせてやれず。だが来世でも其方の息子である。万里の川の果てにまた再会できようぞ」
村長は泣き崩れた。
私はそこでやっと立ち上がり、深々と頭を下げた。
許しを乞う為ではない、英霊への精一杯の誠意であった。
周囲の村人達も涙ぐむ者がいた。
シュエも目を真っ赤にさせて、私に近づき、袖を引っ張る。
「何をする!? まだ村長に許された訳ではないぞ!?」
だが、シュエは私を引っ張り、そこから連れ出す。
「充分ですよ……。……主様、充分なんです……。……今はそっとしておくものなんです。本当に主様は不器用な人なんですから……」
シュエと共に歩み始めた時、桃の淡い朱の花弁を小鳥が咥えていた。
そして遠い空の彼方へと飛び去った。
夕暮れの向こう側へと。




