幸せの余韻。
「ああ、今やっとわかったよ」
昼休みに屋上に呼び出されて。
拓真はそう、真剣な顔をして、いった。
「話がある」と、彼がそう話しかけてきた時。僕の心は張り裂けそうになって。
もしかして。
僕の事、誰かに聞いたのかな?
騙してたって、そう思われているのかな?
それと。
もう、悠希とは呼んでくれないのかな? それが、悲しい。
騙そうとか思ったわけじゃない。
逆に、本当の自分を見せたかっただけ。
その結果、拓真が僕の側から離れて行ってしまうなら、それはもうしょうがないのかな、って。
ただ。
もし、拓真が真実を知って怒ってきたら?
もし、怒りのあまり怒鳴ったりされたら? 罵られたりしたら?
僕の心は耐えられないかもしれない。
それだけは勘弁だ。お願いします神様。そんな事にどうかなりませんように。
お願いします……。
祈るような気持ちで彼の言葉の続きを待つ。
少しの沈黙の後。
「確かにお前は恐ろしいよ。宮本」
あう。
「宮本、いや、宮本さん。ってううん! 悠希! 俺、君が好きだ!」
え?
「嫌われたら、とか、恋愛対象じゃない、とか言われたらどうしよう。そんなことばっかり考えちゃって恐ろしくなっちまってたけど、でも」
一度深呼吸する拓真。
「どうしても言わずに居られなかった。俺、悠希が好きだ! ずっと一緒に居たい!」
ああ。
「僕、先週まで男子生徒だったんだよ……」
「ああ、わかってる」
「実はまだ戸籍だって男、なんだよ……」
「問題ないさ」
「それに……。拓真が他の女子好きになったらとおもうと……、我慢ができなくなるくらい、わがままなんだよ……」
「ああ、俺だって、そうさ」
拓真、ちょっと鼻の頭を掻いて。
「みんなが言ってたことがやっとわかったよ。おまえの魔性の魅力に、メロメロになっちまうのが怖いんだ。自分を抑えられなくなるのが恐ろしいってなんだよ。それって結局みんなおまえのことが大好きって事じゃないか!」
「だから。他の誰にも取られたくない! 俺がおまえを一番好きだから!」
いつのまにか。
僕の瞼から涙が溢れ出てきていた。
泣いてるのに、たぶん、僕は今笑ってる。
もう、ほんと、拓真、大好きだ。
「僕でいいの……?」
「ああ、何度も言わせないでくれ。俺は、おまえが、悠希がいいんだ」
もう我慢が出来なくて、僕はそのまま拓真に抱きついた。
しばらく涙が止まらなくて。
嬉しくて嬉しくて、嬉しい時の涙って、気持ちよくて。
そのまま、幸せの余韻に浸って。
§
僕は、普通になりたかったんだ。
ほんとただただ普通に生きたかった。
その僕にとっての普通っていうのが、男性としての性では無かったってだけで。
どうしても違和感が拭えなくて。
辛かった。
実は僕は心の性別なんてものは信じちゃ居ない。だって、ほんとの女子はきっと僕なんかより強い。
いや、心なんてものはグラデーションで、男っぽい人も女っぽい人も普通に居るんだろうなって、そうも思ってる。
自分の事を女っぽいとかもあんまり思えない。けど。
どうしても男性として生きるって選択肢が許容できない。自分の身体が男性化することに対する嫌悪感に耐えられなかったのだ。
よくさ、男女問わず異性化して喜んでいるようなマンガとかもあるけど、そういうのも嫌。
もし僕が生まれながらの女性だったとしても、絶対に男性化なんかしたくない、そう思っちゃうんだ。
これがきっとほんとの女性と僕との差、かもしれない。
なんて、ね。
きっと、一生自分は一人なんだって、そう覚悟してた。
普通になりたかったけど。偽物だから、って自分を卑下して。
でも。
拓真が居てくれた。
僕でいい、ううん、僕がいいって言ってくれた。
それだけで。
今はそれだけで満足、かな。
泣き止んだ僕は拓真の手を握って。そして、一言呟いた。
「ありがとう」って。
彼は、俯き加減でそういう僕の頭を優しく撫でてくれて。
「ありがとな」って言ったのだ。
空の蒼さが眩しくて、僕はそのまま俯いたまま、彼の肩にそっと頬を寄せた。
そのまま、彼がそっと僕の額に口づけをくれて。
ちょっと恥ずかしかったけどそれでもすごく嬉しくて。
幸せな気分に満たされた。
☆☆☆☆☆
そして僕らは歩いていくのだ。
道は平坦じゃないかもしれないけど。
この蒼いそらの下を。
二人で手を繋いで。
Fin