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勇者は眠る  作者: 冲田
第ニ章
12/88

12 刻印

 扉をあけて、今にもこそっと退出しようとしたところで、フィードが俺を呼びとめた。


「ショウ、出て行く必要はないですよ。もう終わりましたから」


 彼がそう言うと同時にニーナとニルスの(ふう)じられていた動きは()かれ、二人は呆然(ぼうぜん)としながら、それを確認するように手足を動かした。しかしその直後、急に二人は口を手で(おお)ってうずくまった。

顔に苦悶(くもん)と恐怖の色を浮かべて床をのたうち回り、何か言おうとしているが、(うめ)き声をあげるばかりで言葉にならない。それはおそらく、ほんの数十秒のことだったが、とても長い時間に感じた。俺は人が苦しんでいる姿を見ていられなくて、その数十秒、今度は完全に目を(そむ)けた。


 悲鳴(ひめい)()じりの呻き声は次第(しだい)に小さくなり、苦痛に(あえ)いだ呼吸にかわる。おそるおそるニーナとニルスを見ると、(あら)い息をはきながら、涙目で顔を見合わせていた。


「ねえ、私の(した)、何かなってる? 焼けるみたいに痛かったわ!」


「俺もや! なんや、あのキスは! なんかの(じゅつ)やったんか?」


 ニーナが出して見せた舌には、魔法陣(まほうじん)のような刻印(こくいん)があり、ニルスの舌にも同じものが(きざ)まれていた。生々(なまなま)しい傷跡(きずあと)(えが)かれた刻印は、直視(ちょくし)するには勇気が必要だった。俺と吟遊詩人の二人は説明を求めて、フィードを見た。彼は冷たい目で二人を見据(みす)えている。


「“口封(くちふう)じ“の術です。あなたたちは今日の(けん)を誰かにしゃべることはできない」


 語気(ごき)(するど)く言い(はな)たれたフィードの言葉に、ニーナとニルスの顔がさっと青ざめた。


「口封じって……呪術(じゅじゅつ)やんか! (のろ)いは暗黒が(あつか)うもので、暗黒に()ちてない普通の魔道士が使えるもんやない! お前、ほんまは暗黒の手の者と(ちゃ)うんか⁉︎」


「さればこその、赤金糸なのですよ。“普通の魔道士”ではないのです。

 ああ、暗黒に堕ちてもいませんよ。手の者とは心外(しんがい)な。」


 ニーナがおそるおそると、たずねた。


「あの、もし、誰かにしゃべっちゃったら……。私は、どうなってしまうんでしょうか……?」


「どうもなりませんよ? ここにいる私達以外には“しゃべることができない”だけです。(うそ)つきに(くだ)(ばつ)にしては(やさ)しいでしょ?

  ただ、刻んだ(いん)は消えませんし、さらに私を裏切る(よう)でしたら、そこから呪い殺すことも可能ですので、()しからず」


 床に座り込んだままのニーナとニルスの全身から、絶望が(ただよ)っている。彼らのフィードに向ける視線は、まるで悪魔でも()()たりにしたかのようだった。



 フィードは冷たい表情を(くず)して、(ひと)仕事終えたと言わんばかりに晴れやかに伸びをした。そして赤ローブを脱いだ彼は、もとの温和(おんわ)雰囲気(ふんいき)に戻る。

 部屋に()ちた恐怖を(はら)うかの(よう)に、フィードはパンと(ひと)拍子(ひょうし)()った。


「はい、私を(こわ)がるのはおしまい! どうぞ、みんなソファに()けて。これからの話をしましょう」


 怖がらせている自覚は、さすがにあったらしい。ニーナとニルスはまだ恐怖に支配されながら、フィードの言葉に(したが)った。俺は魔法事情(じじょう)をよく知らないので、フィードのやったことが、どれ(ほど)のことなのか、正直よくわからない。しかし、二人はまだガタガタと(ふる)えていて、簡単に気持ちを切り()えることはできないようだった。


 ニルスが意を決したように、しかしおずおずと、口を開いた。


「あの……貴重(きちょう)なお話を聞かせて(いただ)いておいて、大変、いまさらなのですが……正直申しますと、フィード様にお支払いできるほどの金品(きんぴん)()()わせておらず……」


「そんなことは、はじめからわかってます。口外(こうがい)しないという約束も、職業(がら)守られないでしょう。しかし、ディングランが力を失っている今、なるべく隠密(おんみつ)(こと)を進めたい。

 ですから私も、あなた方が逃げようが(とど)まろうが、どのみち“口封じ“をするつもりでした。お互い様なので、報酬(ほうしゅう)は結構ですよ」


「しかし、それでは……」


()()けたのはあきらめてもらうためで、(はな)っからお金(もら)おうなんて思ってませんから。困ってませんし」


「では、女の子を()()しましょうか?」


「興味ないです」


「え? じゃあ男……」


「そういう意味ではなくて‼︎

 私もあなた方に(ひど)い事をしたんですから、何もいらないと言ってるんです‼︎」


「しかし、それでは……」



 このフィードとニルスの不毛(ふもう)なやりとりはしばらく続いた。二人が言い合っている中、ニーナが俺の(となり)(すわ)り、こそっと話しかけてきた。


「ねえ、あなたのこと、なんてお呼びしたらいいかしら? “ディングラン様“? それとも、フィード様のように、“ショウ様“とお呼びする?」


 あらためて間近(まぢか)で見ると、ニーナは、絶世の、とも形容できそうなほど、ものすごい美人だった。化粧は少し濃いめだが、()りが深くはっきりした目鼻立(めはなだ)ちで、健康的な褐色(かっしょく)の肌。彼女もニルスも中東系の美形といった雰囲気。スレンダータイプで胸は控え目だ。そして、こんなに綺麗な女の子が密着するほど近くに座るというこの状況は、少なからずドキドキした。それでも、それは(さと)られまいと精一杯(せいいっぱい)平静(へいせい)(よそお)う。


「ショウでいいよ。様はいらない。俺は何にも(えら)くないから」


「では、ショウさん。

 本当に、まったく何も、覚えていらっしゃらないの?」


「申し訳ないけど、本当にまったく、何も」


「私たち、ディングランの伝説もたくさん歌にして演奏してきたわ。一人で行動することが多い(かた)だったらしいから、言い伝えられている話がどこまでが事実で、どこまでが誇張(こちょう)かわからないんだけどね。

 いつかお会いできる幸運があれば、暗黒を(ふう)じた偉業(いぎょう)のこととか、お聞きしたいことが、いっぱいあったの」


「ごめん。俺は“ショウ“でしかなくて。ガッカリさせてしまうけど……」


 俺はなんだか、ここにいることすら申し訳なく思えてきて、モゴモゴと言った。自分が、(みな)に求められている人物ではないというのは、どうにも居心地が悪い。


「あ、あの、落ち込ませるつもりじゃ! 配慮(はいりょ)が足りなくてごめんなさい」


 ニーナがなぐさめるように俺の(ほお)に手を当てながら上目遣いをしてきたので、気恥ずかしさに身体が動かなくなる。そのままうっかり、彼女に見惚(みと)れていると


「おいおい、ええ感じの雰囲気作りなさんな」


 と、ニルスが割り込んできた。いつの間にかフィードとの決着がついたのだろうか? 慌ててニーナと距離を置いてから、結局どうなったのかを聞くと、フィードが教えてくれた。


「明日、今ダンゲで話題の、行列が出来るカフェのスイーツを(おご)ってもらうことになりました」


 何がどうなって、裏切りと呪いの話が女子のちょっとしたお()びレベルの話に落ち着いたのかわからないが、ついさっきまで恐怖の対象と小動物くらいの関係性だったのに、なんだかいつの間にか()()けている。



 さあこれで、とりあえず今日は円満に解散、というところで、ニルスが言いにくそうに切り出した。


「ところで……。実は今夜の宿がまだ見つかってなくて……。そこの(あま)ってる寝室、()していただけないでしょうか?」


厚顔無恥(こうがんむち)とはあなたのことを指す言葉だったんですね。いっそ清々(すがすが)しいです」


 フィードはグサリと言ったが、冷たさはなく「しょうがないなぁ」くらいのニュアンスに感じた。どのみち部屋は()いているし、俺たちはニーナとニルスに使ってもらうことにした。

2020/05/13 改稿しました

2020/05/14 改稿しました

2020/06/13 改稿しました

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