13 カフェ
ニーナとニルスは、とりあえずこの宿に預けていたという大荷物を、部屋に持ち込んだ。身の回りの品に加えて、いくつもの楽器や衣装、装飾品などの商売道具もあり、これに旅の食料も加わるとなると、到底二人で手持ちできる量ではなかった。実際、移動するときは荷馬車を利用していたらしい。
荷物を自分たちの寝室に置いたニーナは、小さい子供のように部屋を探検し始めた。
「わあ、すごい! お風呂がついてるお部屋に泊まるなんて久しぶり!
あ、こっちがあなた達の寝室ね! え、荷物少な!
この壺高そう……壊さないように気をつけなきゃ」
ニーナがくるくると部屋中を動き回る一方、ニルスは荷物の整理をしている。フィードは小腹が空いたからと、ソファに座って昼間に買ったお菓子を食べ始めた。こうやって銘々 が自由に過ごしていたその時の俺はというと、どっと疲れて、ものすごく眠たくなっていた。
「先に寝るよ」と、皆に一言断って寝室に引っ込み、ベッドに倒れこんだ。
次に目が覚めた時、起き上がって窓の外を見ると、もう太陽がだいぶ高く昇っていた。隣のベッドは使われた形跡はあるものの空っぽで、着替えを済ませてリビングスペースに出てみたが、誰もいなかった。
まさか、ぐーぐー寝ている俺は置いて、みんな出かけてしまったのかな? ちょっと寂しい気持ちになりながら顔を洗っていると、鍵があき、扉が開く音がした。
「あ、おはようございます、ショウ。よく眠れたようですね」
フィードが、外から戻ってきたようだ。彼は抱えていた紙袋を食卓に置くと、その中からカスクートっぽいパンをわたしてくれた。
「すみません、お昼ご飯、食べてきちゃいました。ショウの分は、持って帰ってきましたよ」
「ありがとう。
でも、お昼って……今、何時? あ、時間の数え方は一緒なのかな?」
「六十分法で、一日は二十四時間。で、今は十三時です。……これで伝わります?」
フィードは壁を指差しながら言った。気づいていなかったけれど時計はちゃんとあって、よく知る形をしていた。
「うん、俺が知ってるのと同じだから、わかりやすい」
「一秒の長さの定義が同じとは限らないので、実際に体感する一時間がショウの世界と同じ一時間ではないかもしれませんけどね」
一度も目覚めないまま十三時とは、随分よく眠ったものだ。起こしてくれてもよかったのに。
お茶を淹れ、食卓についてパンを食べていると、フィードも向かいで同じものを食べ始めた。……今、お昼食べてきたって言わなかったっけ?
「ニルスとニーナは?」
「広場で歌っていましたよ。相変わらず盛況で。ショウの準備ができ次第、約束のお店に行くことになっていて、二人とは現地で待ち合わせです」
「お待たせしてたみたいで、ごめん」
「どのみちやる事があったので、大丈夫ですよ」
フィードは紙袋からもう一つパンを取り出しながら言った。……これから、何か食べに行くんじゃなかったっけ?
宿屋を出て広場に向かうと、ニルスの楽器の音と、ニーナの歌声が聴こえてきた。二人を囲む輪の少し後ろから見ていると、ニーナと目が合い、彼女は歌いながらこちらに笑いかけて、軽く手を降ってくれた。不覚にも心臓を打ち抜かれ、アイドルを夢中で追いかける人たちの気持ちが、今、心の底から分かった。
目的の店は広場に面していて、評判通り行列ができていたので、すぐにわかった。俺とフィードは先に並んでおく事にして、ニーナとニルスも一曲終えて挨拶を済ませると、店仕舞をした。彼らがきらびやかな衣装の上から地味なコートを羽織り、楽器を抱えて列に合流する頃、俺たちは席に案内された。
列に並んでいるときにも思ったが、店内は女性が多い。主に女性がカフェや甘味を好むという傾向は、世界を超えても一緒のようだ。
出てきたスイーツはいわゆるパンケーキだった。クリームがこんもりのって、フルーツが添えられて、とろりとした蜜がたっぷりかけられている。一時期日本で流行った、ハワイアンパンケーキとそっくりだ。食べてみると味はちょっと違った。香辛料の風味もよく効いていたが、大きくは原材料の差異にるものだろう。向かいに座るニーナは幸せそうな笑顔でパンケーキを頬張っている。口元にはクリームをつけて。……すごく、可愛い。
そういえば、フィードにつけられた呪いの刻印は、何か食べるのに問題ないのだろうか。俺はニーナとニルスに聞いてみた。
「もう、舌は痛くないの?」
「全然痛くないわ。はじめの、舌が焼け落ちてるんじゃって痛みが終わったら、あとは拍子抜けするくらい何もないかな。味もちゃんとするし」
「ま、考えようによっては、舌にこんなイカした彫りが入っとんのも、色っぽくてええかもな」
ニルスが舌を出して見せた魔法陣は、もう痛々しさはなく、確かにタトゥーのようにも見えた。舌を出す仕草をしたのが彼だからかもしれないが、そう言われると、なんだかとてもカッコよくてセクシーなものにも見えてきた。
「大変前向きに捉えてもらってありがたいんですが、ここでは大きな声では……私たちが公共の場で昨日の事を喋っていては、意味ないじゃないですか」
フィードは呆れた目で、話題を振った俺を見た。いや、これはちょっと怒っているかもしれない。
「すみません」
俺は小さくなって素直に謝る。話題選びには気をつけないと、俺にもいつ、ものすごく痛いという口封じの呪いをかけられてしまうともしれない。
ふと視線を感じて、隣の席の、派手でどこかお金持ちそうな女性たちが、俺たちの席の方をちらちら見ているのに気づいた。そして、なにかヒソヒソ話をしては笑い合っている。彼女らの視線の先はおそらくニルスで、ヒソヒソ話は彼が噂されているのだろう。
女性たちが離席する時、その中の一人がニルスに話しかけてきた。
「ねえ、広場にいた吟遊詩人のお兄さんでしょ? お兄さんに曲を作ってもらえるって本当? 私に一曲作ってくれないかしら?」
女性の言葉を受けて、ニルスとニーナは目配せをかわした。ニーナが軽く頷いたのを確認して、ニルスが答えた。
「本当ですよ。二曲までどうぞ。何分の曲にします?」
「一曲でお願い。二分くらいかな」
「わかりました。じゃあ、後で打ち合わせしましょう。時間と場所は……」
と、ここで、フィードがぐいっとニルスを引っ張り、席から引きずって離れた。今度はフィードとニルスがヒソヒソ話をしている。二人が席に戻ると、ニルスは作曲を依頼した女性に言った。
「すみません。打ち合わせ場所、心当たりあります? 時間はこの後いつでもいいですよ」
「じゃあ、ココで」
女性はコースターにサラサラと何か書くと、そのメモをニルスに渡し、連れ合いの女性たちと一緒に店を出て行った。
俺たちも食べ終わると、約束通りにニルスが支払いをして店を出る。ただし俺は、大量のクリームにだんだん胃もたれしてきて半分も食べられず、「食べないならちょうだい!」と言ったニーナに残りを食べてもらった。
2020/06/04 改稿しました




