77=〈各々の会話〉 (1)
少し長文です。
☆★☆『シンシア様とバルソン様』(43)
「バルソン、マーリストン様は王子として認めてもらえたから安心はしているけど、王子様の祝賀会にバルソンの息子として、バルカンとバルミンを参加させてもらえませんか。私はバルミンに会ってみたいのよ。顔を見るだけで何も話しかけないから……今回はいい機会だと思います」
シンシア様は自分の庭にバルソンを呼びだしにそう尋ねる。前にもバルソンに会いたいと話したことがあったが、バルミンが城に来る機会がないようで、お忍びで市場に出かけてもバルソンは会わせてくれないし、顔を見せてもくれないと思っている。
彼女も会わない方がいいとは思っているが、マーリストン様を身近で見ることができてから、その思いがよりいっそう彼女の心に募り、自分の胸の中にのし掛かっている。
「バルミンは二年ほど前から剣の修行に出しているので、後一年ほど帰ってきません。旅に出ているみたいで連絡も取れません。バルカンだけでもよろしいですか」
バルソンはシンシア様にバルミンを合わせられない。彼はマーリストン様の立ち位置を心配している。二人が争うようなことになることを懸念しているのだ。そのことがバルソンの心を痛めている。
「そうなの? 私はマーリストン様のそばにいるシューマンに何か感じるものがあるのだけど、シューマンはどこの屋敷の者なの?」
「……アートクの市場の西側にあるステッチンの市場の近くに住んでいたそうです。名目上はこちらの知り合いの家に滞在し、今回の剣の勝ち抜き戦に参加したことになっています。私はラデンに確認させました。サーガンの屋敷の次男だそうです」
「バルミンを私の屋敷に戻せないかしら?」
「バルミンは私の息子です。それは無理のようです」
「やはり無理ですね……」
「それでしたら、マーリストン様のそばにいるシューマンはいかがですか。私の配下として育てて行きたいと思います。マーリストン様もシンシア様のことも知っています。私がサーガンの屋敷に連絡してもいいです。長男は家を継ぎますが次男は家を出てもいいと思います。私が金貨を渡しシンシア様の屋敷に入れるように手はずをしましょうか」
バルソンはシンシア様が一人娘であり、彼女の屋敷の跡継ぎがいないことを気に病んでいたので、何とかしたいと考えていたが、今までそのことを言い出しきれなかった。
「……それもいい考えね。話しだけは進めてもらい、将来的に考えてみましょう。その金貨は私が出します。マーリストン様とは気が合いそうだから父と母に伝えましょう。そのように話しを進めてもらえませんか」
バルソンはシンシア様がこの話しに意識を向けていることに胸を撫で下ろし、問題が一つ解決できそうな雰囲気に喜びを隠しきれない。今の段階では同人物だと話せないが、マーリストン様が王になれば彼女に真実を話そうと思っている。
「……分かりました。ラデンが忙しくてそばにいなくても、シューマンがそばにいるから私も安心しています。今度から編み紐も取らせましょう。バミスは今度の祝賀会で私の配下としてマーリストン様に付けます。さっそくバミスに連絡をさせましょう」
「ありがとうございます。バミスとラデンがそばにいれば安心ですね。祝賀会にはマーリストン様の仲間の方たちは、何人ほどいらっしゃる予定なの?」
「まだはっきり確認が取れていません。私も準備がありますから、確実に来られる人数を知りたいのですが、ゴードン様と今夜会うことになっています」
バルソンはバルミンのことから祝賀会の話題に移ったことに安堵を抱き、彼女の視線から自分の気持ちを悟られないようにと、内心は冷や冷やしている。
「ゴードン様も一緒に出席してもらわなくては、その方たちのことは分かりませんね。マーリストン様やリリアが会ったことのある人がいいでしょう。城内ではそういう流れでゴードン様にも出席していただきましょう」
シンシア様はリリアから聞いた、マーリストン様の仲間の存在だけしか情報を持っておらず、直に会ったことのある二人のことを考えそう言うことにしたのだ。
「分かりました。ゴードン様に二人が会ったことのある人を選んでもらいましょう。五月一日は賑やかになりますね。城の者たちにマーリストン様の仲間を一気に紹介できます。マーリストン様の力を見せつけましょう。ゴードン様がすべてを知っていますので、ゴードン様は王様にもお会いしたいと言っていました」
バルソンはゴードン様が王様に伝えるべき内容を大方知っているが、何処まで本気であるのか理解できないので、内容までシンシア様に話さない。二人が合う状況を作り出せればいいと考えている。
「私が今度王様に会えたときに、彼のことを話しましょう」
バルソンもそのことを王様に伝えるつもりだが、二人で話すことができれば、ゴードン様に対する感謝の気持ちが増すと考えている。
☆★☆『リリアとラデン様』(44)
「ラデン様、やっとお話しができましたね」
私はシンシア様の庭を借りて、彼と二人で話す機会が訪れる。
「はい。バルソン様からこの城に戻していただけました。私は緑の編み紐になり、アートクの市場は青の編み紐のフィードが引き継ぎました。フィードは私のそばにいつもいましたから、私がバルソン様にお願いしました。あの時の金貨はありがとうございました」
ラデン様がそう説明してくれる。私が渡した二枚の金貨のお礼をまた言われた。よほどインパクトが強かったのだろうか。でも一回きりよ。
「私たちが出会ってから、次の剣の勝ち抜き戦でこの城に入ろうと思っていましたが、色んな事情で私たちも遅くなり、大変お待たせしました」
私はそう言ったけど、リストン様が城に入るまでは詳しい内容を彼には話せない。いつかはばれるかもしれないけど、がっちりと彼をこちら側に取りこみたい。バルソン様を尊敬している彼だから、大丈夫だとは思うけど確信が持てない。
「お互いに色んな事情がありますから、私はバルソン様のことを尊敬して信じていました。アートクの市場は私にとっては住みやすかったです」
「私たちはマーリストン様のことを隠していましたから、ラデン様には詳しく話せませんでした。今後はマーリストン様のことをよろしくお願いします」
「はい。王子様は私の命をかけてお守りします」
「バミス様が色んなことを教えたとは思いますが、言葉だけでは理解できないこともあります。実際にその状況にならなくては理解できないこともあります。どちらかが必ずそばにいてくれると、シューマンはずっとそばにいてもらいますから安心できますね」
「私は詳しくは分かりませんでした。リリア様とのつながりも分かりませんでしたが、ケルトン様がいなくなったマーリストン様ではないかと考えました」
彼からそう言われてしまったから、やはりあの時に気付いていたのだ。でも、彼はそのことを大事に守りほかの人には言わなかった。あの金貨が少しは役に立ったのだろうか。
「やはりそうでしたか。バルソン様が南の城とトントン屋敷の中間地点ある、アートクの市場をラデン様に守らせたと思います。いずれ私たちがアートクの市場を利用したときに、紫の編み紐を持っている私たちの存在を見つければ、助けてもらうために前もって手配したのですね。私はそう考えました。さすがバルソン様です」
私はバルソン様からその話しを聞いた訳ではないが、そう信じていたから彼に話しただけで、長きに渡ってアートクの市場を警護してくれた、彼の心情も考えてからの言葉である。
「……なるほど。私はそのようなことは知りませんでした。私も王子様を影ながら助けていたのですね。私のことを信じていただいてバルソン様に感謝します。ところでリリア様はシューマンのことはご存じですか」
「えっ、シューマンは前の剣の勝ち抜き戦で、マーリストン様と戦った相手ですよ。私もその場で会って話して気に入りました。私からマーリストン様の友達になってもらおうと思い、私がバルソン様にお願いして捜して出してもらいました」
「シューマンは何か言っていましたか」
「えっ、何も聞いていません。でも、王様をお守りしたいので剣が強くなりたいと話した、とマーリストン様から聞きましたけど、シューマンはバルソン様が捜し出してくれました。私が会ったシューマンと同じ人物ですよ。名前が違うことは考えられますが、ひょっとして名前が違うのですか」
「私ははっきりとは分かりませんが、シューマンはバルソン様の次男であるバルミン様に似ていると思います」
「えっ、バルソン様の子供が剣の勝ち抜き戦に出たのですか」
私は驚いて彼にそう尋ねたけど、バミス様から何も聞いてないけどほんとうなのだろうか。
「私もその意味は分かりません。でも似ています。私は小さい頃に拝見しただけですが、間違いないと思います。マーリストン様はご存じなのでしょうか」
「私が聞きますからこのことは内密にお願いします。ブレスと同じだと思ってください。私はラデン様のことはこの前と同じに信じていますよ」
そう言って彼に口止めしたつもりだが、ほんとうにどうなっているのだろうか。何か理由がなければ隠すようなことはしないと思うが、私に知られたくないことだろうか。
「はい。承知しました」
「バルソン様が何か考えているかもしれません。マーリストン様を親子で守ろうとしているかもしれません。そのことは私が考えますので、今後ともよろしくお願いします」
「はい。私は何も考えずにマーリストン様をお守りします」
「よろしくお願いします」
☆ ★ ☆
『ソーシャル、どういうことなの?』
『分かりません。トントンに聞いてみましょう。お待ちください』
『分かりました』
『間違いありません。バルミン様です。剣の勝ち抜き戦後に名前を教えたそうです。でもある人から王様を守れと言われた、と話したそうです』
『そのある人はバルソン様なのかしら?』
『バルソン様は王様を守る前に、王子様を守れとは言えなかったと思います』
『確かにそれは考えられるわね。バミス様はそのことを知っていたのでしょうね』
『私もそう思います。しかし、今までリリアに何も話してないし、何か理由があるとは思いますが……詮索はしない方がいいと思います』
『ソーシャルは何か知っているのね?』
『ほんとうに私は何も知りません。ずっとシューマンだと思っていました。リリアとケルトンとゴードンの会話は分かりますが、ほかの人は何を話しているのか分かりません。必要以外はリリアに話しませんし』
ソーシャルがそう言ったけど、言葉的に何が必要なのかは私に負担がかからないようにソーシャルが考えるのよね。知らなくていいようなことまで私が知ってしまうと、自分で墓穴を掘ってしまうかもしれない。
私が何でもかんでも知っていると、私の頭の中が小刻みなストレスで充満されて溢れるようになってはいけない。情報は欲しいけどどこまで正確なのかは分からない。口に出した情報と頭の中で考えている言葉が一緒だとは限らない。マーリストン様にも話したけど自分で考えることがいちばんなのだ。
『そうよね。私があまりにも色んなことを知っていると変に思われるからね。不思議だけでは済まされなくなると大変だしね。ソーシャルもそれを考えて私に話していると思っているから、ソーシャルの言葉は信じています。向こうが話すまでは待っているわね。今まで知らなくても何も起こらないし、これからもよろしくお願いします』
私はそう言ったけど、ソーシャルは何か知っているような気がする。
『ありがとうございます。私も何か分かったらお知らせます』
『バミス様は今日ゴードン様の屋敷に戻るのかしら?』
『アーサに確認してみます』
『夕方までに戻れば屋敷に帰り久々に会いたいな。この話しはしないからね。私が考えた子供の話しを早く伝えたいのよ』
『……分かりました』
ソーシャルのそう言った声の響きは、どことなくいつもとは違って聞こえた。
☆★☆『バルソン様とバミス様』(45)
「バミス、長い間ご苦労だった。やっと王子様が戻られた。私が前に話したことはリストン様の誕生で考えられなくなったが、祝賀会でバミスをマーリストン様に付けるから、ラデンと二人で頼んだぞ」
バルソンはシーダラスの屋敷の一室で、バミスに自分の考えを話す。
「はい。ありがとうございます」
「それから、シンシア様にシューマンの話しをする機会があり、彼がシンシア様の屋敷を継いでもらう話しに持ち込めた。彼女はバルミンの顔を知らないから頼んだぞ」
「承知しました。バルソン様はそのようなことを考えていたのですか」
「あの時点では考えてなかったが、シンシア様の屋敷は跡取りがいない。そう思いシューマンが屋敷に入ることを進めた。お互いに穏便に考えたからな。二人とも大人になったしな」
「はい。承知しました」
「シューマンはアートクの市場の西側にあるステッチンの市場の近くに住んでいたと話したからな。ラデンに確認させサーガンの屋敷の次男だと説明した。忘れるなよ。サーガンの屋敷の次男だぞ。剣の勝ち抜き戦に参加するために、こちらの知り合いの屋敷に来たことにした。ラデンにもその話しだけはするから頼んだぞ」
「はい。承知しました」
「シンシア様は祝賀会が終わればバミスに確認すると思う。頼んだぞ」
「はい。承知しました」
「リストン様が五歳になり城に入られたら、リストン様の教育係りとなる。私と同じ立場になるな。それまではマーリストン様のことを頼んだぞ」
「はい。王子様は私の命をかけてお守りします」
「私の場合はリリア様がほとんどその仕事をしてくれたからな」
その拘束された時間に解放されたから、ゴードン様と一緒に仕事ができたし、城の外で動ける時間が増えたのだ。
「それまでのバルソン様の教えがよかった、とリリア様から伺いました。私もそう言われるように頑張りたいと思います」
「私の真似はしなくてもいいが、やんわりとリリア様の考え方を真似してほしいような気がする。自分の考えたとおりに導けばいいことだ。大きくなると自分で考えられるようになるからな」
バミスに自分の考えで動くことを話したが、性格的にバミスは何ごともリリア様に相談するような気がする。
「リリア様に早い内から打ち合わせをしいたいと思います」
「私もリリア様に少し話しがあるので予定を聞いて会えるようにしよう。二人でゆっくり今後のことを話し合うといい。彼女もバミスに話しがあると言っていたぞ」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
「話しは変わるが、この城では『黒い帝国』を一気にたたきつぶす話しが出ているが、なかなか話しが進展しない。今度は王子様にも参加してもらう。ラデンもその話しは詳しくは知らない。バミスもそのつもりでいてくれ。私はリリア様とバミスにはほんとうに感謝している。これからはバミスの立場もよくなる。今までほんとうにご苦労だったな」
「いえ、バルソン様からそう言っていただき光栄です。ありがとうございます」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




