62=〈時の流れ〉 (2)
少し長文です。
私は自分の部屋に戻ってから自分の心を落ち着かせ、ブレスを二度触れ合わせた。
『ソーシャル、明日から子供たちをよろしくね。もう一年ほど一緒にいたかったけど、お互いにしっかりと会話ができる前に離れた方がいいと思った。私のせいでシンシア様に彼を帰すのが遅くなったからね。子供たちには悪いけど、大きくなったらその意味が理解できるよね』
『リリアが話せなくても私がしっかり教えます。母親と父親の存在も年齢に合わせ、リリアみたいにはっきりバシッと教えるように伝えます。私はリリアの真似は上手ですからね』
ソーシャルは私の気持ちを考えてそう言ってくれたのか分からないけど、その言葉を信じてありがたく思ってしまう。
『ありがとうございます。彼も私の真似が上手だったわね』
『そのようですね。すべてはリリアの正しい心が招いていたのです。私は何度も同じことを言っていますが、私を大いに利用してください。この言葉は永久に変わりません』
『……ありがとうございます。大いに利用しさせてもらいます。昼間は来られなくても……寝顔だけでも見られると幸せを感じますね』
『これから南の城は変わって行きます。剣の強者揃いが変えて行くのです。リストン様もそのひとりです。三人のソードは永久に南の城に存在します』
ソーシャルがそう言ったから、意味不明の言葉だと思ってしまう。
『リストン様だけではなくて、リンリンやコーミンもこの城を変えられますね。女の方が立場的に強いのかもね』
私はやんわりとリンリンやコーリンの話題も持ち出し、将来的に女性の立場が強いかもしれないと想像してしまう。
『シンシア様とリリアは感じることが同じなのですね。それをマーリストン様が理解しているのです。私はマーリストン様が王になれば、リリアは側室の立場になりコーミンは正室の立場になることを望みます。覚えておいてください』
彼女がはっきりと断言するかのごとく、正室と側室の言葉を口にしたから驚いたが、ソーシャルから今まで一度も聞いたことのない言葉であり、先ほどの三人のソードが永久に存在するという言葉も理解しがたいけど、これはソーシャルから私に対する、明日の剣の勝ち抜き戦に望むための餞の言葉なのだろうか。
『……そうね、その方がいいわね。コーミンはゴードン様の娘だから、誰にも文句は言わせないわよ。ゴードン様の過去も皆に話して必ず正室にさせます』
『ありがとうございます。この時代でも王家の正室は未来につながります。根深い因習の一つですがこれは大事なことだと思います』
『分かっているわよ。コーミンに王子が産まれたらまた考えればいいことよ。でも、リストンも王子様と呼ばれるからね。マーリストン様が私のことをいちばんよく知っている。リストンは自由に外の世界に飛び出すこともできる。外からこの城を変えていくこともできる。シンシア様みたいに寛大な心でいなくてはね』
私はそう言ったけど、自分以外の人間が何を考えているかなんて分からない。いい意味でも悪い意味でも、偶然の出会いや必然的な出会いが重なり、私たちのように変わって行くかもしれない。未来のことを考えても分からない。考えられることはいつの時代でもどこに住んでいても、危険が差迫ったり予測のできないシチュエーションが伴うということだ。
『リリアにまた子供が産まれるかもしれないです。誰の子供にせよリリアから生まれれば、皆が王子様や姫様になると思いますよ』
『……そうね。ソーシャルはもの分かりがいいですね』
『私を大いに利用してください。トントンにも言いましたが、今夜と明日の朝はソードを出して握りしめてください。剣の勝ち抜き戦ではそのパワーが発揮できると思います。私を大いに利用してください』
『……分かりました。今からやってみます。私がこのソードのパワーを必ず受け継ぎます』
シンシア様が直接言えなかったことを、立場の違う私がマーリストン様に伝えたから、ソーシャルはすべて聞いていると思う。ソーシャルが私たちの子供にも同じことを言ってくれると思う。子供たちのソードは名前が違ってもソーシャルなのだと思ってしまった。
子供は時が経てば成長する。
ゴードン様の家族が大事に育ててくれる。
暗くなればここに会いに来られる。
彼はすでに三人の子供の父親になったのだ。
ケルトンに今からソードを出して柄を握りしめる、と直接話しをすると、彼もトントンから話しを聞いたみたいで、今から自分もやってみると言ったので、私たちは外の入り口の引き戸のカギを閉め、自分の部屋で柄を握りしめることにした。
私は三回触れ合わせてソード出し左手で鞘を持ち、すぐ柄を右手で受け取り両手で持ち直し、剣道の中段のような構えでじっと立ちすくみ、手元から刃の先端までゆっくりと視線を動かした。
私の視線は刃の先端で止まったけど、私の前頭葉の反応はその奥にある空間を見つめているようで、その場所から遮断されたような感覚で手元まで視線を戻すと、気の流れを感じたような気分になり、少々頭の中が空白になったみたいだ。
視覚としての意識とは別に、次第にアートクの市場で実感した力強さが思い出され、私の体の周りを取り囲んでいる空気中の成分が分解されたみたいで、私が必要としている何かを吸収しているみたいな感覚を意識づけることができた。
何かを受け取ったのか。
この意識は何だろうか。
気持ちの問題だろうか。
自意識の目覚めだろうか。
☆ ★ ☆
私はソーシャルと話して自分の心構えと集中が終わったので、ケルトンと話しをするために隣の引き戸をたたくと返事が返ってきて、自分の椅子を持って彼の部屋の中に入る。
「ケルトン、今夜でこの名前は最後になったのね。明日からはマーリストン様です。今まで長くお待たせしました。今はどんな気持ちですか」
私たちはゴードン様から作ってもらったテーブルをずらし、対面同士で座ってからそう尋ねてみる。
「私はこのソードを持ってからすでに王子のマーリストンになりました。私を導いてくれただけではなく、私に王子と姫を授けてくれたリリア様には感謝以外の言葉はありません。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
彼は私に対してそう言ったので、私は何も言えずに彼の瞳を見続けてしまい、自分の頭の中も体の中も爆発したように熱を持ち、次の言葉が煮え切ってしまったように思いつかない。
「……急にそのようなことを言われると返す言葉がない。私たちはこうなる運命だったと思う」
私は運命という言葉しか思いつかない。
「……運命ですか……私がシンシア様から産まれたのも運命ですね」
マーリストン様は呟くように小さな声でそう言う。
「話しは変わるけど、私のほんとうの名前を知りたいと思わない?」
私は運命に潰されないように、先ほどと同じように真っ直ぐに彼を見つめ、自分のほんとうに名前を彼に教えようと思う。
「えっ、思い出したのですか」
「内緒にしていたけどずいぶん前にね。明日の餞に教えましょうか」
「はい。お願いします。私にも名前が二つあります。リリア様と同じですね」
彼が少し笑みを浮かべてそう言ったから、
「私の名前は『ま・ゆ・み』というのよ」
私はその言葉をゆっくりと発音する。
「ほんとうの名前が『まゆみ』……素敵な響きですね。私は死ぬまで一生涯忘れませんし誰にも教えません」
「ありがとうございます。マーリストン様はコーミンのことが好きなのでしょう?」
「はい。リリア様が俺から離れて行くと思い、この屋敷に戻ってからコーミンはリリア様みたいだと気づきました。コーミンは俺の立場を知らないので、リリア様みたいに素直に率直に話しをしてくれるし、俺の話しもよく聞いてくれました」
マーリストン様は嬉しそうにそう言うのだ。
「バミス様も最初にそう言ったのよね。私はバルソン様も含めて三人の中では彼がいちばん好きなのよ……これはよく覚えておいてね」
「……分かりました。でも、俺もリリア様のことが好きです。シンシア様も好きです。好きだと思う気持ちが三人とも違います」
「……それでいいのよ。三人とも同じ気持ちで好きということはあり得ない。マーリストン様がコーミンをいちばん好きだと思えば、私はバミス様のことがいちばん好きなのよ。私は彼の子供がほしい。この意味が理解できるの?」
「……分かりません」
「ゴードン様は年寄りでしょう。ミーネ様がそばにいるから幸せなのよ。バミス様も歳を取れば誰かそばにいないと寂しくなると思う。でも、彼はあの性格だから分からないけど、私以外は考えないと思うので子供がそばにいてほしいのよ。この意味が理解できるの?」
「……何となくは」
「私が城に入って落ち着けばバミス様の子供を産みたい。マーリストン様はすぐ私を側室にしないでほしい。彼の子供をゴードン様の屋敷で産むから、そうすれば、私はマーリストン様の側室になってもいいからね。私は正室にはなりたくない。正室はコーミンにしなさい。これから南の城のために正室と側室がとても仲がいいとほかの人に知らせたいのよ。この意味は理解できるでしょう?」
「はい。その意味は分かります」
「バミス様の子供が産まれるまで私を側室にしないでください。約束できますか」
「……分かりました。リリア様とバミスにはとても感謝していますので約束します」
「必ず守ってね」
「はい。私はリリア様を正室にしてはいけないのですね」
彼が少し寂しそうにそう言ったから、
「そうです。正室になるには決まり事があるのよ。私は当てはまらない。その代わりにコーミンを正室にするなら、私の不思議を使ってでも必ずコーミンを正室にしてみせます。私はマーリストン様に約束します」
私が力強くそう言うと、
「はい。私はコーミンが好きだから正室にします。そのことを覚えておいてください。私はリリア様を側室にします。シンシア様は禁止しましたが、リリア様がそれでいいと言ったことをシンシア様に話します。バミスの子供が産まれたら必ず私が話します」
彼はそのように言い切ってくれたので、私は彼の言葉を信じたいと思う。
私たちの愛情は違う人に向いていることがお互いに確認が取れたけど、子供のことを考えるとそうならなくてはいけないことであり、二人の考えであり三人の気持ちでもあり、シンシア様がマーリストン様に側室の話しをした後から彼が口にした言葉であり、私たちにはどうしようもないことが、ここでも同じことが言える、と思ってしまった。
「……マーリストン様はほんとうに大人になったのね。コーミンが正室になるときにリンリンとコーリンも一緒に城に入れてください。コーミンのそばで姉と妹として育ててください。シンシア様がマーリストン様のことだけを考えていたように、私はリストン様のことだけを考えますので、それでよろしいですか」
私が子供たちに対して考えていたことを正直に話す。
「分かりました。子供たちの将来も考えていただき、ほんとうにありがとうございます」
「すごい。そのような言葉がケルトンの口から出るとは、私はビックリした」
「リリア、俺はまだケルトンだけど三人の父親ですよ」
「すごい。マーリストン様は男ですね。今度は王様ですね。二人で一緒に頑張ろうね」
と、私がそう立て続けに言うと、
「俺はこの言葉は大好きです。いつもありがとうございます」
彼からそのようなことを言われしまう。
「もうこのような会話はできないのね。明日から寂しくなるわね」
「それは言わないでください。フォールがありますからいつでも話せるし会うことができます。リリアがいつも俺に使っていた言葉ですよ」
彼が力強くそう言ってくれたから、
「マーリストン様は心身ともにたくましくなったのね。リストン様もこうなるかしら?」
私はふと彼の顔が目の前に現れてそう思い言ってしまう。
少々のほほんとした彼の顔が、だんだんと私の脳裏に写真のごとくしっかりと浮かび上がり、二人を比較してはいけないけど、あまりにもリンリンが元気すぎて、リストンはリンリンよりもコーリンと気が合うみたいだ。
「リリアの大好きなバミスがたくましく導いてくれますよ。俺は信じていますからね」
彼がそう言ってから、私が椅子から立ちあがると彼も立ちあがり、私が彼の顔を見上げてそばまでいくと、彼は私の背中に両手を回して抱きしめてくれ、私も彼の腰に私の両手を運び、バミス様が私を力強く抱きしめてくれたように、彼も私を抱きしめてくれた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




