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☆★ リリアと『ソードの伝承』 ★☆  作者: Jupi・mama
第六章 『シーダラスの屋敷』
136/165

136=〈三人目の手合わせ〉

やや長文です。

     ☆ ★ ☆ (15)


 バルソン様はずっと訓練している人たちの合間を移動しながら言葉をかけているが、ここにいる人たちの顔と名前を全員覚えているのだろうか。


 彼らの組織的な段階があると思うけどはっきりとは分からない。バミス様は赤の編み紐でずっとここで指導しているようで、私たちがトントン屋敷にいるときはマーリストン様のそばにいたけど、寒くなり赤い実の時期に私たちがゴードン様の屋敷に戻ってくると、夕方戻ってきてはその日にいなくなることもあった。ここと屋敷を行ったり来たりしながら私たちに剣の指導をしてくれていたのだ。


 前にも思ったけどここの人たちは腕っ節が強そうで、この時間帯の訓練では何色の人たちかもはっきりとは分からず、色別にその仲間同士の中から抜きん出てくるのは大変よね、と思ってしまう。編み紐の制度があるとしても、バルソン様の目に叶う人材でなくてはいけないと思う。市場に派遣される青色の人たちは長い目で見たら出世頭よね。


 要するにここは南の城に対しての士官学校みたいな場所で、ここからあちこちの市場や城の中に巣立っていくような気がするけどな、と私はソーシャルと話し終え、頭の中ではいろいろ考えながらも視線はバルソン様と同じ人たちを順番に見ている。


「バルソン様、マーリストン様は強くなりましたね。もう私の出る幕はないですね。私も安心しました。いずれバミス様に勝てると思いますか」

 私は前から思っていたことを聞いてみる。


 マーリストン様が彼に正式に勝つには『男女統合訓練』の手合わせでしか認められそうにないし、どちらが強いとかは心の中だけの問題になるのだろうか。バミス様がリストン様のそばに付くようになるのは決定事項だけど、ここで指導するのとどちらが立場的に上になるのかしら、とも思ってしまう。


「今は手合わせですが、これが本番になれば可能性はなきにしもあらずです。マーリストン様の赤の編み紐の相手はバミスではなく、私はデザーイスにしようと思います。バミスもドーランもマーリストン様の近くにいます。デザーイスはマーリストン様のことを近くで見ていません。その方がお互いによろしいかと思います」


 彼の視線は私を見たり前方を見たりしながらそう説明してくれ、私にデザーイス様の名前を教えてくれたけど、どういう人物か情報がない。バミス様やドーラン様よりも強いのかしら?


「……なるほど。緑の編み紐のときはどなたになるのですか」

「それは明後日ですのでお話しできません。相手も知らないことです。それで勝ち残ればマーリストン様は緑色になります」

「それはバルソン様がお決めになることなのですね」


 私はそう言いながらも彼の横顔を見たり、目の前で訓練をしている二人も見たりして、私の視線が頭の中で考えていることと比例しているかのごとく、目まぐるしく動いている。


「私の判断で対戦相手を決めます。私を含めて赤の編み紐は人数が少ないです。リリア様もそういうことまで考えなくてはいけません。女の場合はそこまでの対戦には至らないかもしれませんが、もう書庫には行かれたのですか」


 バルソン様が書庫の話題を口にしたので、対戦相手の話しは切り上げてほしい、と思っているような気がする。


「シンシア様には話しましたが、忙しくてまだ行っていません」

「分かりました。私はまだここにいます。リリア様も誰かと手合わせをされますか」

「えっ、それでは……エンタート様でお願いできますか。私はその方しか名前を知りません」


 私は咄嗟に彼の名前を言ったけど、彼は目の前で戦っている人たちには声をかけないようだ。


「分かりました。私が拝見しましょう。ゲットー、エンタートを呼んでこい」

 彼がそう言うと『かしこまりました』とゲットーがそう言ってバルソン様のそばを離れる。


「ゲットーは青の編み紐です。この城の周りの市場は青色を持つ者たちに管理させています。今度はクーリスにカーサンドラの市場に出向かせようと考えています。その次はエンタートも行かせます。そこで何年か仕事をしている間に次の緑の編み紐を取らせます」


 彼がそう説明してくれたので、それでクーリスは慌ててマーヤに話したのだ。


 クーリスもエンタートもバルソン様がそうやって口にしているので、意味深く重要なポストに従事させるだけの素質を持ち合わせているのだろうと思ってしまう。


 クーリスと私が出会って八年ほどの歳月が経ち、あの当時は剣の勝ち抜き戦の直後だったのかしら? 彼はたまに会うたびに、精悍(せいかん)な顔立ちになっていくように見える。


「その順番があるのですね。男の方は市場での仕事もあるので、女の場合は城の中での仕事になりますね。そのことを考えなくてはいけないのですね。私は城の中の仕事には詳しくないので、シンシア様によく伺ってしっかり考えます」


 私はそう言葉にしたけど、その人の性格とか考え方とかの素行を見極めるのは大変なことだよな、とか思ってしまう。


 バルソン様は市場の状況を編み紐の制度で手に入れているような気がする。私も何かで情報網を作らなくてはいけないのかしらね。今の私はソーシャルを利用するしか手がないけどな。ソーシャルにがっつりと調べてもらうように話した方がいいのかしらね。どこでその情報を手に入れたとシンシア様やバルソン様に聞かれても困るのよね。


「シンシア様は男の仕事については詳しくないと思います。二人で話し合いリリア様が自分で考えください。色別の立場の違いについてもです。何かあれば相談にのりますので連絡してください」


 彼はそう言ったけど、ここでは口にできる言葉は限られているような気がする。シンシア様は知らないとか言っているけど、こうやってここでバルソン様と話しができても、お互いに周りの眼も考えなくてはいけないからな。


「そういうことを考えるとだまだ先の話しになりますね。考えなくてはいけないことがたくさんあり準備が大変そうですね」

「緊急を要することではないので、少しずつ考えて実行すればよろしいかと思います」

「今度の話し合いから始まることですからね。それもどうなるか分かりませんしね」


 私は彼の言葉に対してその意味は理解しています、という視線を投げかけたけど、たぶん彼は分かっているよな。


「バルソン様、お呼びでしょうか」

「エンタート、リリア様が手合わせをしたいとおっしゃった。よろしく頼む」

「かしこまりました。リリア様、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 私は自分の棒をいつものように構える。

 私はエンタートの力が分からない。

 バミス様やマーリストン様みたいなパワーを感じない。

 どうしたのだろうか。


「始め」 と、バルソン様の声が聞こえる。


 最初は受けだけに集中したけど私も反撃に出る。


 ここで負けられない。


 あちこちからと攻撃をかわし打ち込んでいると、ルーシーの言葉が蘇る。


 声を出そう。


 私は面、胴、小手と順番をかえて声を出して連続で打ち込む。


 その声に彼は少し(ひる)んだみたいで、私は前へ前へと飛び出す。


 彼は受ける方が多くなり、しかし止まることもなく、一瞬彼の両手が胸の前辺りに構えて止まったのを見届け、小手と叫びながら棒の(つば)の辺りを右側から左斜め上にたたき上げると、その勢いで彼の棒が手から外れたのだ。びっくりしたよ。


「そこまで」


 バルソン様の声が聞こえたけど、彼の棒が自分の手から飛び去るとは、私が彼を見ると目を見開いて唖然としていた。私の顔も驚きのあまりにあんぐりとしていたかもしれない。


「ありがとうございました」

 私がエンタートを見ながらそう言うと、

「ありがとうございました。私の負けです」

 エンタートは潔くそう言って自分の棒を拾いにいく。


「二人とも動きが速くて素晴らしかった。エンタート、勉強になったな。相手の力強い声も体で覚えるように、一瞬のためらいが命取りになる。分かったな」

「はい。言葉の意味が分からなくて一瞬たじろぎました」

「この言葉はリリア様が剣の勝ち抜き戦で使った言葉だ。私は説明を聞いたがよく分からなかった」


 彼がそう言ったので、そう言えば王様に説明したことを思い出したけど、体の部位を言ったけどバルソン様が分からなければ、王様もその意味は分かってないよね。


「このような言葉を使って申し訳ありません。ここでは負けられないと思い剣の勝ち抜き戦が蘇ってきました」

「それは気にしなくていいと思います。それはリリア様の作戦だったと考えればエンタートの気持ちの問題です。いつ何が起こるか分からないからです」


 バルソン様は私に言っているのか彼にそう伝えているのか、私は理解に苦しむけどな。


「私もそう思います。リリア様、ありがとうございました」

 彼はバルソン様から視線を私に移して軽く頭を下げたのだ。


「エンタート、私もあの声を聞いたら怯んだかもしれない。お互いにいい手合わせだった。私は初めて聞いたがリリア様の声はいつもと違っていた。ここで聞いていても力強さを感じた。いい手合わせだ」


 私はバミス様の言葉を聞いて、彼もこういう解説ができるのだと思い、彼よりも私に対して発言しているようにも聞こえてしまう。


「バミス様、ありがとうございました」

 彼はそう言って軽く頭を下げてこの場を去っていく。


「リリア様、他にも誰かと手合わせを望まれますか」

「たくさんの人と手合わせすれば、思い出すことも考えることもできなくなります」


 私はそう言って断ったつもりだけど、今日は朝から頭と体力を使いすぎて、精神的にもグロッキー気味なんですけどとは言えなくて、心の中で呟いてしまう。


「分かりました。三人の手合わせを振り返ることも大事だと思います」

「はい。そのことをよく考えフォーネス様に望みたいと思います」

「私はもう少し他の者を見ますから後は自由にしてください」

「ありがとうございます。先ほどの手合わせのことをルーシーとマーヤに聞きたいと思います。向こうの部屋をお借りしてもよろしいですか」


 私はクーリスのことも気になりそう言って部屋を借りることにする。マーリストン様とバミス様は私たちの手合わせを途中から気づき、自分たちの手合わせを止めて見ていたそうで、ラデン様とルーシーも見ていたと聞いたが、マーヤを見かけないのだ


「リリア様、さきほどの言葉ですが何と言われたのですか」


 マーリストン様から質問されたけど、私の剣の勝ち抜き戦は自分が本番であり観戦してないのよね。


 王様が私の声の響きに気合いが入っているといいそれで拍手をしてくれ、必死で声を出していたので自分の声は聞こえてなかったような気がして、今回も自分の声の変化には気付かなかった。


「それは内緒です。バルソン様も言われたけど、作戦とまでは言いませんがあの言葉が閃きました。今度はフォーネス様にも使おうかしらね。ここで使ったので誰かが報告するかもしれませんね」

「それは考えられますね。私は言葉の意味が分かりません。報告する人も困ると思いますよ」


 彼は先ほどと違いやや大きな声でそう言ったので、私の言葉は(あなが)ち間違った言葉ではないような気がする。


「私が気合の入った言葉を何か使うことが伝わりますね。そこまで考えてなかったです。ここでは負けられない、としか思わなかったけど失敗だったのかしらね」

「エンタートは青色ですよ。私と同じで緑色を目指しています。やはりリリア様はすごいですね」


 彼からまたすごいという言葉を使ってもらったけど、頭の中が空白になることもなく、最後は私の手が勝手に動いたみたいなのよね。


「当然ですが私はマーリストン様に負けましたよ」

「剣の勝ち抜き戦ではクーリスに勝ちましたが、師匠のバミスの教え方がよかったからです。基本はリリア様の考え出した方法ですよ。あれが私の頭の中にこびり付いていますからね」


 彼はにこやかに笑ってそう言ってくれ、私が負けてしまったことには言及をせずに、ゴードン様も知っているので子供たちには利用してもらいたいけど、あの竹を使った基本動作は私の頭の中にも蔓延っているし、二人で苦しみながらも楽しかった思い出よね、とか思ってしまう。


「ほんとうですね。私も誰かに教えていただきたいですね」

「男と女では違います。リリア様は教えてもらうよりも自分の技術を他の人に教えてください」


 彼は先ほどと違い真剣な眼差しでそう言うので、これはバルソン様から聞いた話しなのだろうか。


「フォーネス様がいらっしゃるから女の編み紐は作れますね」

「私もそう思います。シンシア様もいらっしゃいます。リリア様の周りにはバルソンみたいに人が集まると思いますよ」


 彼は笑みを含めてそう言う。彼にそう言ってもらえると嬉しいよね。


「ありがとうございます。王子様からこのような言葉をいただいたので頑張るしかありません。ここは外ですからね」


 私はそう言って話しの内容を少し注意するように促したけど、それくらいは彼も気付いているよね。


「バミスも何か話したらどうですか」

「私の思ったことをマーリストン様がおっしゃったので何もありません。私たちの手合わせのことをよく考えて戦われたと思います」

「それが何も考えてなかったのよ。ここでは負けられない、と思ったことは事実ですけどね」

「何も考えずにあそこまで戦えれば次回も大丈夫ですよ」


 バミス様が口もとを緩めてそう言ってくれ、何だかこちらも嬉しい言葉だ。


「結果的には勝ってしまいましたがこれは(まぐ)れです。二人に負けたことはさすが衝撃が強かったですからね」

「そういう素振りには見えませんでしたよ」

「すぐマーリストン様と手合わせをして考える余裕がなかったです。それにすぐバルソン様から言葉をいただいたし、私は落ち込んでいる余裕もなかったです。後からルーシーとマーヤにその状況を聞いて、今夜はゆっくりと考えたいと思います」

「私はもう少しバミスに手合わせをお願いします」

「頑張ってください。また後から話しましょう。私は向こうの部屋に行きますね」


 私は二人の対戦は見たかったけど、ここの人たちの戦いぶりもしっかり目に焼き付けたので、クーリスのことも気になったし自分の対戦内容を考察したい。ルーシーの意見も早く聞きたいと思ったからだ。



     ☆ ★ ☆ (16)


『ルーシー、私の手合わせのことは後から聞くけどマーヤはどうしたの?』


『リリア様、分かりません。捜しましょうか』


『ルーシー、お願いします。さっきの部屋にいるからラデン様にも捜してもらってね』


『リリア様、分かりました』


『ソーシャル、クーリスはカーサンドラの市場に行くことになったので慌ててマーヤに話したのね。向こうに行けば何年か戻って来られないと思ったのね。バルソン様の話しを聞いてそう思ったのよ』


 私は先ほどの部屋へ向かいながらソーシャルに話しかける。


『それだけマーヤのことが気になっていたのですね』

『私もそう思うけど、もう少し早く話してくれればよかったのにね。私にも責任があるような気がして心が痛むよ』

『私は人間が頭の中で考えていることは理解できないし、顔の表情でも確認できません。音声のみです。この前も話しましたが、トーンやイントネーションやアクセントで判断してます。人間の細かい感情は理解しがたいです』


 彼女はそう説明してくれたが、私のそばにいる相手の顔の表情は読み取れないので、手合わせみたいな激しい対戦では、お互いの呼吸とか叫び声とかで判断するのだろうか。


『男女の関係は視覚があっても難しい。二人で話し合って二人で理解すればいいと前から話しているでしょう。自分のことをいちばんに考えた方がいいと思うのね』

『リリアも自分のことをいちばんに考えてください。それが子供たちや周りの人たちに影響を及ぼします。それがいいのか悪いのかは、周りの人たちが考えたり感じ取ったりすればいいことです』


 彼女がそう言ってくれたけど、何ごとにも相手の心を感じ取るのがいちばん難しいのよね。


『何だかね。この城に入ったら人間関係がこんなに複雑になるとは思いもよらなかった。それだけここには人間の数が多いということね。日本でもこっちでも人付き合いは大変なのね』

『今までは二人の周りには限られた人間のしかいませんでした。これからはもっと増えますよ』


 彼女にそう言われてしまった。確かに今までは隠れ潜んでいたが、個人的に話した人間は限られていたけど、そのわずかな出会いが今後も続いていく、と私はそう信じている。


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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