107=〈お揃いのワンポイントとルーシーの決意〉
〈 〉の中の言葉は、ルーシーの心情です。
回が進むにつれて、他の登場人物の〈 〉の存在が出てきます。
☆ ★ ☆ (5)
「リリア様、この店に入ってもよろしいですか」
マーヤが指定した店は、シンシア様と最初に出会ったような布がたくさん売られて、洋服売り場みたいに古着屋というよりも、既製の服が表に飾られている。
「いいわよ。ルーシー、私たちも中に入ろうね」
「はい」
『マーヤが見ている間に私の話しを聞いてくれる? ルーシーが今まで考えたことで、シンシア様やマーシーに伝えたいことがあれば二人に話すけど、私に話してくれたらしっかり相手に伝えてあげるからね。今まで色んなことを考えたでしょう? 相手に伝えきれなかったことがたくさんあったと思うのよ』
向こうにいてもなかなか突っ込んだ話しが聞けないと思い、本格的に彼女の気持ちをこの場で聞いてみる。城では私はおしゃべりなので、周りの状況も考えてルーシーばかりに意識を持たずに、自分でも考えることが山のようにあり、頭の中が三つも四つも考えられなかったのだ。
『ありましたがもう済んだことです。これからはリリア様に話します』
〈私はそう応えてしまい、私が悔しいと言ってしまった言葉から、リリア様の話し方が少し変わったような気がするのだ。ほかの人に自分の感情が話せないことは今さら始まったことではない。無性に口惜しい言葉を聞くこともあったけど、私に話しかけるのはシンシア様やリリア様、マーシーやマーヤしかいないので、ほかの人は話せないことを知っているし、相手が無視しているわけでもない。自分から話せないことに慣れたとは言え、辛い気持ちはずっと味わっていた〉
『私に話すときに、前にはこういう考えだと言ってくれれば必ず伝えるからね』
『ありがとうございます』
『私だって人に話せないことがたくさんある。会話のことでは私を大いに利用してください。その代わり、私のことはラデン様にも秘密でお願いします』
『はい。分かっています』
『話しは変わるけど、ルーシーは赤い実のリズのことをカーラに聞いたことがありますか。友達のカーラはリズのことをよく知っているけど……』
私は彼女にリズのことが聞きたくて、話しの流れとして、彼女の気持ちを代弁する言葉として最初に話すのだ。
『その名前をリリア様もご存じなのですか』
〈私はそう言ってしまったけど、今までカーラがどこでその情報を手に入れていたのか、とても不思議だったのだ。カーラがリリア様を知ってから私に話してくれた内容は、以前と少し話し方が違うことに気付いたけど、今まではリズの言葉を信じて私に話していたのかと思うと、リズの存在は確かにあったのだ、と確信できた〉
『やはり知っているのね。どれだけリズのことを知っているのか聞かないけど、今夜はトントン屋敷経由でリズとも話してこようと思います。南の城からでは遠くてなかなか行けないのよ。それで三日もここに泊まることにしたのね』
こちらが本筋だと思い私はそう言ったけど、相手によって説明の仕方が違うし、そう思うと隠し事ばかりだよね……参るよね。
『大きな樹がお互いに話しができるなんて、今もって信じられません。でもほんとうの話しなのですね』
ルーシーは断定的にそう言ったけど、彼女は少なからずカーラからリズの話しは聞いていたのだ。話す機会がなくて、カーラがゴードン様と話しができることは確認してないけど、マークと話せるから会話はできると思うので、ルーシーはその手の情報も知っているかもしれない。
『私と同じで大きな樹にも不思議があるのよ。お互いに大きな樹は話せます。『南の森』ではリズがいちばん大きな樹です。私とケルトンはリズの樹の前でゴードン様と出会ったのよ』
私は初めて三人のつながりをルーシーに説明する。カーラの存在があるからこそ、こういう説明にもルーシーは対応できるけど、今まで彼女を悩ませないために話してない。
『私にそのようなことを話してもよろしいのですか』
『ケルトンも王子様と認められたからいいのよ。ルーシーが話せるとしたらラデン様だけでしょう。彼に話しても意味が理解できないのであなたは話さないでしょう。シンシア様に話しても意味が理解できないのよ。彼女は何も知らない。でも……ゴードン様はご存じなのよ。彼は私たち以上に古くからリズとは友達です。彼が話した内容をリズは理解しているのよ』
『……信じられません……そういうことができるなんて』
〈リリア様が心の言葉と名付けてくれたこの話し方は、リリア様とカーラとラデン様だけだと思っていた。大きな樹が話せるとすると、私もリズと話しをすることができることをリリア様は説明しているのだと思う。この城の中にいればその機会は少ないけど、カーラ以外の大きな樹にも私の意志が伝えることができるなんて信じられない。
カーラと出会い、リリア様に出会ったからこそなし得たことだろうし、マーシーといずれ離ればなれになることは覚悟していた。自分の将来に不安があったことも隠しきれない。この歳になりこういう展開になるとは考えてもなくて、リリア様には感謝以外の言葉はない。これからシンシア様はマーシーに頼むことにして、私はリリア様一筋にお仕えしようと思う〉
ルーシーの声の響きは信じられないような、落ち込んだような雰囲気だけど、カーラの言葉は間違いないと信じてもらえたかな。この話しをするとまたルーシーに負担がかかってしまうことは申し訳ないけど、私が夜中にいなくなることを説明しなくてはいけないので、何か起これば助けてもらわなくてはいけない。
『……お互いに話せるから友達なのでしょう? ゴードン様はカーラとも話せると思う。でも城には入れないから話す機会はなかったけど、西の門の市場の奥の方に大きな樹があり、私がマークと名付けました。ゴードン様がリズに話しがあればマークから伝えてもらいます。大きな樹は『風の音』で話しができるのよ』
会話の内容が心の言葉みたいに『風の音』と呼ばれていることも教えてあげたけど、リズが人間みたいに口から言葉を出さないことを説明する。
『その『風の音』の言葉は知りませんでした。そう呼ばれているのですか』
『リズがそう話したから間違いないと思います。私がルーシーとの会話を『心の言葉』と名付けたのと同じだと思います。ルーシーもリズとは話せると思うよ』
機会があればリズと話しをさせてあげたいと思い、私はそう言ってしまう。
〈リリア様が話した『風の音』という言葉は初めて聞く言葉だけど、カーラと話していると、彼女の感情的な言葉も聞くことができた。カーラは話してはいけないことも理解しているし、大きな樹には意志があるのだ、と私ははっきりと自覚することができた〉
『分かりました。私がカーラと話せることは慣れてしまい不思議だとは思いませんが、大きな樹がお互いに話せるなんて信じられませんね』
彼女はまたまたそういう言葉を使うのだ。
ここまでカーラとゴードン様のことをルーシーに話したので、彼女はカーラの言葉と私の言葉を合わせ色んなことを考えられる思い、彼女の負担がどんどん大きくなっていくような気がして、頭の中がパニック状態にならないことを願うのみである。
『私たちも慣れてしまい、自分では不思議だとは思わないのよね。マークのことをルーシーに話そうとしたけど、思ったより城の外には出られないことが分かり教えなかったのよ。今度機会があったら話してみてね』
『私はカーラと話せるだけで十分です』
『二人には剣の勝ち抜き戦の前にソードを見せてとても驚かせたけど、ゴードン様と私たちは深いながりがあるのね。誰にも理解できないながりなのよ。そういう理由で、屋敷で子供を産みたいとマーシーと一緒に話せば、彼らは協力してくれると思います』
ゴードン様と私との関係を理解してもらいたくてそう説明する。
『ありがとうございます。そういうことがあったなんて……私には信じられません』
〈今日のリリア様の話しはいつもと違い、私のことを信じては話してくれているのだろうけど、マーリストン様が王子様だと認められ、今まで秘密にしていたことを話してくれているのだと思う。私も今まで言葉として話せないことで色んな状況が起こっていたけど、リリア様も話せないことが多くて辛かったのだろうなと思うと、私に話すことでその負担を軽減できるなら、何を聞いても自分の感情は抑えていくことにしようと思った〉
『他にも話せないことがあるけど、私はルーシーのことは信じているからね。今夜は……明日の朝は明るくなる前に戻ってくるから、私が先に声かけするまで、 マーヤにまだ眠いとか何か理由を考え朝はのんびりと起きてください。そのことを説明するためにリズのことを話したのよ』
『……分かりました』
彼女はそう言ってくれたからよかった。
〈リリア様から聞いた衝撃的な言葉は、私の心の中に閉じ込めていればいいことで、ほかにもたくさん内緒話がありそうだけど、私が普段通りに対応していれば済む話しである。マーシーとも相談できないし言葉も少ないし、私の頭の中だけしか判断できない。リリア様の不思議は言葉に表現すことのできない不思議だと思い、機会があれば他の言葉も話してくれるのだろうか〉
金貨の話しはマーリストン様と二人の隠し事だから、このことは死んでもルーシーには話せない。私の手持ちの金貨が少なくなっているので、補充するためにも『南の森』に行きたいのだ。
「あっ、リリア様、これを自分に買おうと思いますが、リリア様も何か買いますか」
「えっ、マーヤはこれが気に入ったの?」
「はい。リリア様が提げているのを見て、私もずっとほしいと思っていました」
「えっ、ほんとうに、どこにあったの?」
「向こうです」
「ルーシーも行ってみない?」
「はい」
「ルーシー、私が買ってあげるから好きな色を選びなさい。マーヤはその色でいいのね」
「はい。ほんとうに買っていただけるのですか」
「セミル様を守っている人たちにも買って行くからね。十枚まとめて買えばおまけしてくれるかしらね。ルーシーはマーシーが好きそうな色を選んでね」
「はい」
「これを結んだらお揃いになりますね。リリア様と同じになれて嬉しいです」
マーヤはにっこり笑ってそう言ってくれたけど、何となく気恥ずかしそうにしていたのが印象的だ。
マーリストン様ともお揃いだけどね、とは言わなかったけど、彼から買ってもらい腰紐にワンポイントがあり、年甲斐がないけどかわいいのよね。子供や若者がキャラクターグッズをカバンに提げているのと同じように、他の人も提げている人が多いから、ここでは手軽な人気商品なのだろうか。
「私もお揃いなって嬉しいよ。違う色を選ぶからほかの物を見ていてね」
「ありがとうございます。ルーシー様は何か決まりましたか」
「まだ」
ルーシーはそう言いながら、彼女は右手を振っている。
「私はほかの物を見てきます。さっきから迷いますが、見ていると楽しいですね」
マーヤはそう言って別の場所へ移動する。最初はいつものようにピッタリ私の後ろにへばり付いているかと思ったけど、私の後を着いて来られても迷惑なので、勝手に見て回ってくれた方が楽でいいのよね。
『これはマーシーにもあげるからね。マーシーは何色が好きなの?』
『マーシーは緑色が好きです』
『私も緑色は好きだよ。マーリストン様が王子様だと認められたので、ルーシーにリズのことを聞けてよかった。今まですべて隠すことばかりだったからね。この市場はケルトンと私にとっては思い出深い場所なのよ。ラデン様とルーシーにとっても私とルーシーにとっても……ここはとても大事な場所になるわね』
私はそう言ったけど、深い意味合いの言葉は使えずに申し訳ないけどな……ここはトントン屋敷とゴードン様の屋敷の中間地点になることは、すでにルーシーも知っている。
〈リリア様は大事な場所になると話してくれたけど、私がフィッシャーカーラントの市場以外に、こういう大きな市場を訪れたことは初めてのことであり、ずっとシンシア様のそばにいると、城から外に出るのは東西の門の市場くらいしかないので、マーシーには悪いけどリリア様のそばにいると、違った世の中を知ることができるようになるのだろうか〉
『……このような話しを伺い、大事な場所というよりも信じられない場所になりました』
『……確かにね。明日の夜も楽しみだけど、忘れられない場所にもなるのかもね』
私は追加でそう言ってしまう。
〈私にはフィッシャーカーラントの市場が忘れられない場所だけど、ここにはラデン様の子供たちも住んでいると思えば、彼のことを考えると意味深い場所にもなりそうで、これからの出会いによっては、深刻に陥ることを考えなくてはいけない場所にもなりそうだ〉
『サガート様はラデン様のことを大事に思っているのですね。私はそう受け止めました』
『サガート様も城と同じで、ここでの自分の位置づけが大事なのよ。ラデン様の位置づけが高くなれば、それだけここでの権力や支配力のような力が持てると思います。すべては自分のためであり家族のためだと思います。私も自分のことを考えると自分の位置づけが大事だからね。今の私はすべて子供たちのためですね。それに関してルーシーにも協力してもらいたいのよ』
仕事をするには見栄や外聞も気になるけど、最終的には家族が幸せでいてくれたらいいのかな、とそう思いルーシーにはそう言ったけどな、難しいよね。
『リリア様の考えはすごいですね。私にリズのことを聞いて説明してくれ、ラデン様に話せないこともすべて考えて、それで私に話してくれたのですね。他にもたくさん知らないことがあるとは思いますが、今後ともよろしくお願いします』
彼女がそう言ってくれたから安心したけど、これからの状況によっては色んなことを教えなくてはいけないのかな、ルーシーに教えて彼女の心が壊れないだろうか。
『ゴードン様とのながりのこともです。マーリストン様はすべて知っているけどね。私は王様が色んな仕事をしていることを知ったので、私が女の編み紐の制度を作り、少しでも仕事を減らしてあげたくてね。影ながら王様を応援してお守りしたいです。いずれマーリストン様が王になるかもしれない。それまでにこの制度をしっかり定着させることができると、マーリストン様にも役立つと思います。私の立場もバルソン様みたいに家臣に認められるようになることを願っているからね。ルーシーに協力してほしいのよ』
『今でもリリア様の立場はしっかりしていると思いますが……』
ルーシーからそう言われたけど、シンシア様がそばにいるからよ、とこの言葉をやんわりと説明してもいいのだろうか。
〈確かにリリア様の立場はシンシア様が存在することで保たれているとは思うけど、マーリストン様を助けてマーヤに打ち勝ち、私と同じ頂点に輝いたことは事実であり、それ以上のことを子供たちのために、王様のために成し遂げようとしていることまで私に話してくれ、私が協力しないはずがない〉
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




