105=〈ローゼス屋敷〉
タイトルは『ヨーチュリカ大陸』です。
主人公の名前は夏川燈花、二十八歳。隕石と遭遇する。
花火のような緑色の灯り、時空の狭間は、夕焼け空のような薄明かりだ。
燈花の名前の一文字を絡め、その隕石の名前を燈と呼ぶ。
魔法が飛び出す異世界で、燈花と燈の運命は……。
四年ぶりの新作小説です。よろしくお願いいたします。
☆ ★ ☆ (2)
私たちは先に部屋を確保してフィードのいるローゼス屋敷に出かけ、ラデン様から話しを聞いた限りでは、この屋敷は会社の寮みたいな感じだと思い、主に睡眠や食事をするための屋敷だそうで、あちこちの市場にこういう屋敷が存在していると説明を受けた。フィッシャーカーラントの市場でもそうなっているのだと思った。
私はラデン様からその意味と大方の場所を聞いていたけど、彼は忙しいからいないかもしれないとも聞いて、まったくの男所帯だとも話していたけど、食事は順番に作るそうで、ラデン様もたまに作っていたので、彼は簡単な食事が作れると言った。
入り口を入ったら左側に必ず人がいるので、そこで自分の名前とフィードの名前を言えば必ず会わせてくれると言われた。
「すみません。私はリリアと言いますが、ラデン様からここでフィード様に会うようにと言われて来ました。フィード様はいらっしゃいますか」
私は正門の左側に作られた門番小屋みたいな部屋の中にいた若者に声をかけると、彼は私に意識が向いてないようで急に立ちあがる。
「えっ、はい。名前をもう一度お願いします」
そう言った彼は茶色い瞳をしているが、くりっとした目が見開いている。
「リリアです。南の城から来ました」
「あっ、はい、しばらくお待ちください」
彼はそう言って奥の方に走っていく。
このローゼス屋敷はゴードン様の屋敷のように、かつて誰かが住んでいたような、外壁の土台部分がレンガみたいな石造りのようで、二メートルほどの高さだろうか。ドアは左側しか開けられてないが、正門から中を覗かれないようにその先には、板で作られた衝立みたいな遮断壁がある。
「いらっしゃるみたいね。よかったわね」
「リリア様、今の人は少し焦ってなかったですか」
「そうね。少しぼーとしてたのかしらね。ラデン様の名前を聞いて驚いたのかしら?」
「私は南の城と言ったからだと思います。リリア様の名前を知っているのかもしれませんね。リリア様はフィード様もご存じなのでしょう?」
「……知っているみたいな知らないみたいな、そういう感じの人よね。ラデン様には紹介はしてもらったけど、直接話したことはないからね」と、私が言った矢先に、
「リリア様、お久しぶりです」
フィードが意外な大きな声でこちらへ向かって挨拶をしてきたから、私は驚いてしまう。
「……お久しぶりです。お元気でしたか」
「はい。私は先ほど戻ってきました。ちょうどいてよかったです」
「ラデン様からいないかもしれないと言われ、先にフィットスの宿を頼んできました。そうすれば連絡がお願いできると思いました。彼女はルーシーでこちらがマーヤです」
私の左右にいる彼女たちをそう紹介すると、
「初めまして、私はフィードと申します」
「……はい」
ルーシーはそう言って頭を下げていたけど、二人の視線は合ったみたいだ。
「初めまして、マーヤです」
彼女はルーシーが返事をするまで待っていたようで、彼の視線はマーヤを見ていたけど、私を通り越してルーシーに移動したから、何かラデン様に聞いたのかな。
「こちらへどうぞお入りください」
彼はそう言って、私たちを奥の部屋に案内してくれる。
男所帯の屋敷だと聞いていてので、テーブルと椅子が六脚置かれただけのシンプルな部屋ではあるが、意外なことにテーブルの真ん中に、徳利のような紺色のストライプが描かれた一輪挿しのような花瓶に、ピンク色の花が二枝だけ挿してあり驚いてしまう。
ドアと反対側の正面には観音開きの窓があり外側に開き、外の様子が垣間見れるけど、中庭になっているのだろうか。
彼の正面に私が座り、私の右手にルーシー、左手にはマーヤが座ったが、ピンク色の花の奥には彼の顔があるので、私の視線の置き場所に困らないようだ。
「私は先月末に城に出向いたときに、ラデン様と二人で城の外で話しができました。お二人のことを聞いて、もう非常に驚き腰が抜けるところでした。今まで生きてきた中でいちばん驚きでした」
彼の視線が私からルーシーに一瞬動いてそう言う。
「今思うと、私たちの最初の出会いが出会いでしたからね」
私はそう言ってしまったけど、自分がルーシーの存在を知っていることを合わせて話しているのだな、とか思ったから、ラデン様の配下だけあり会話力が鋭いな、とか思ってしまう。
「いや参りました。私がラデン様から命令されたとは言え大変失礼しました。ラデン様もそのことを気にしておられ、私がリリア様に会う機会があれば、最初に謝ってほしいと言われました」
「えっ、そういう素振りには見えませんでしたよ」
「リリア様には直接言えなかったと思います。結構気にしていました。私はあの場面はよく覚えています。この顔は一生忘れられないでしょうね。こういう顔で申し訳ありません」
そう言った彼は、あの時は真ん中にいて、私に一礼して走り去ったのよね。
「私はすっかり忘れていたけど、ここで様の顔を見るとあの場面を思い出しました。フィード様はおもしろい人ですね」
「バミス様やラデン様よりは性格が少しひん曲がっているだけです」
「なるほど。確かにあの二人は性格が曲がってないようですね。バミス様の方がより性格が真っ直ぐです。私たちは剣を教えていただきましたからね」
私は彼のことをそう思い言ってしまう。
「ラデン様もバミス様のことをそうおっしゃっていました。今日はまたお忍びですか? それとも仕事でこちらにいらっしゃったのですか?」
「三人で今日はお忍びで来ました。ここで買い物を楽しみたいです」
「なるほど。仕事の意味合いが深いお忍びですか」
彼がそう言ったから、ありふれた会話でもなかなか突っ込みがうまいやつだ、とか思ってしまう。
「今回の私たちはまったくのお忍びですよ。三日間フィットスの宿に滞在しますのでよろしくお願いします」
「分かりました。三人ともに剣客でいらっしゃるとは思いますが、何かあれば私の名前を出してください。ここには手に負えない馬鹿どもがたまにいますから、気をつけてください」
彼が私を見ながらそう言ったので、半分は忠告してくれたのだろう。
「ありがとうございます。私がここに来られない場合はマーヤがここに来るかもしれません。最初にここに寄らせますから、今後ともよろしくお願いします」
私はそう言って、マーヤの存在を彼にも知らせなくてはいけないと思う。
「ここは女っ気がない場所ですから、女性の方は大歓迎ですよ。こちらこそよろしくお願いします」
「フィード様、今後ともよろしくお願いします」
マーヤは彼を見ながらそう言っている。
『リリア様、フィード様はおもしろそうな人ですね。ラデン様にも彼のことを話してみます』
急にルーシーが話しかけてきたから、私の視線が彼から逸れてしまう。
『ほんとうに陽気そうな人みたいね』
「分かりました。馬はどこかに預けてこられたのですか」
「いつも市場の南側に預ける場所がありますから、今日もそこに寄って来ました」
「このむさ苦しい場所を宿にしろとは言いませんが、今度は直接ここに来れば私どもがお預かります。そうしてください。必要なときは近くて便利だと思います」
「ありがとうございます。マーヤ、今度来たらそうしてくれる?」
「はい、承知しました。その時はよろしくお願いします」
マーヤの視線はフィードを見ているとは思うが、彼の視線は私に向けられている。
「分かりました。今日は三人でどこかへ行かれるのですか」
「今からサガート様の店に買い物に行こうと思います」
「ラデン様からお聞きになったのですか」
「装飾品のお店だそうですね。前に来たときはよく見ませんでした。ここから行く道を教えていただけますか」
「私はもう少しすると人と会いますので、私の手の者に案内させましょうか」
「それは助かります。それでは私たちの剣を預けてもよろしいですか」
「私が責任を持ってお預かりします。ここには暇なやつもいますから、女性を案内できると大喜びです。彼らにリリア様の説明をしますので少しお待ちください」
☆ ★ ☆
「私たちは旅人だからここで剣を預けましょう。短剣は持っているわよね。フィード様は陽気な人ね。最初に会ったときとはまるで雰囲気が違うような気がする。彼はラデン様の下にずっといて青の編み紐になり、ラデン様の推薦でここに残ることになったのよ。緑の編み紐を目指しそうな人ね。あんな話し方をする人だとは思わなかった。背も高くて素敵な人ね。マーヤ、今度ここに寄ったらゆっくり話してみたら?」
「えっ、私がですか」
「ルーシーには悪いけど私のそばにずっといるから、私が忙しくてここに来られなかったらマーヤが来ることになるでしょう? 今から会話の許可を出しとくからね」
「えっ、私がですか?」
「マーヤが手の者と一緒に来ないと、ここのことが分からなかったらフィード様に案内してもらってもいいのよ。そのために今日は二人に来てもらった。サガート様にも名前と顔を覚えていただきたいと思ったからよ」
「えっ、私がですか」
「私が動けるなら自分で来るけど、ルーシーには悪いけど会話が問題でしょう。私の使いとしてマーヤが責任を持ってサガート様には話してください」
「責任ですか。分かりました。ありがとうございます」
彼女はそう言ったけど、ルーシーと話した方が気が楽でいいと思い、彼女に対する言葉運びが難しい。
「今の状況を考えるとそうなるでしょう?」
私は彼女に対して、おまけの言葉も追加してそう言ってしまう。
☆ ★ ☆ (3)
『リリア様、今度はフィード様とマーヤを一緒にさせるつもりですか』
ルーシーが心の言葉でやや呆れたようにそう言った気がしたけど、気付いてくれたみたいね。
『いい考えでしょう。今日の私はフィードのことを気に入ったのよ。月に一度は南の城にも来るのよね。その時に会わせるようにラデン様にお願いできますか』
私はそう言ったけど、どうなるのかも分からないけどラデン様にも協力をしてもらいたい、と前もって考えておくだけのことはあるよね。
『分かりました。私がその話しをます。私のことはご存じのようですね』
ルーシーは彼の言葉を聞いて視線を感じてそう言ったのかな、とか思ったけど、お酒を飲んで男同士の話しには女の話しが付きものである、とか思ってしまう。
『私もそう思う。彼の目線は私よりもルーシーに向いているわね』
『そういうことまで見ているのですか』
『どんな時でも相手をよく観察することはいいことでしょう?』
『はい。私もよく覚えておきます』
ルーシーはやや照れながら、視線は一輪挿しのピンクの花を見ているようだ。
「リリア様、お待たせしました。この者はワイースでこの者はエポークです。二人にリリア様のことを少し説明しました。今日はお忍びということで説明しましたので、この滞在期間中は三人から離れて後から守れと命令しました。邪魔をするなときつく話しましたので、何も気にせずに無視して買い物でも何でもしてください」
彼はそう説明してくれ、シンシア様と四人で出かけたフィッシャーカーラントの市場にいたハーウィンと同じように、後ろから影ながらに私たちのことを見守ってくれるのだと思う。
「ありがとうございます。朝はのんびりと遅めに出かけますので、お二人を確認してから外出します。私たちが宿に戻ればもう出ないと思いますのでよろしくお願いします」
「かしこまりました」と、ワイースが返事をしてくれる。
「最後の夜は私が時間を作り挨拶に伺いたいですがよろしいでしょうか」
「分かりました。今度はいつお話しができるのか分かりませんね。城にお出かけの際には私にも知らせてください。ラデン様にも話してみます」
私はマーヤのことも考えてそう言ったつもりだ。
「今月は三十日に出かけます。月末に報告に行くようにラデン様に言われています」
「そうやって決まっているとお互いに予定が立てられますね。よく覚えておきます」
「ありがとうございます。向こうには知り合いが少ないですから、バルソン様が忙しくてお会いできない折にはラデン様に報告することになっています」
それから、私たちは離れてワイースの後を歩き、エポークは私たちの後ろを離れて歩くことになり、サガート様の店に案内してもらった。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




