けじめをつける日
ガラスに映った自分の姿に思わず苦笑した。もうこれで何度目だろう。たった一夜が明けただけで、気持ちが全然違うんだから。
いつもどおりの制服姿。例えば髪を丁寧に梳かしたとか、そういうことぐらいしか特別なんてない。
だけど、ああ今日で最後なんだ、っていう思いに色がついた感覚。式がどうなるとかそういうのじゃなくて、なんていうんだろう? とにかく、この制服ともお別れなんだってことがストンと心に落ちてきた。
そのせいか、少しだけ切ない。未練なんてなくても。
学校が近づくにつれて、空気が華やかになっていく。先生に見咎められないくらいの精一杯のおしゃれ。そのために一体何時に起きたんだろう、なんて思うことのほうがおかしいんじゃないかってくらいに、みんな最後の制服を楽しんでいるように見える。
それにつられたせいか、校門を抜ける前に何となく自分の制服に目をやった。3年間、サイズが変わることなくずっと着続けた制服。はじめて着たときの感覚なんて思い出せないけれど、入学式の前ここに立ったときも今と同じことをした気がする。
「あ……」
スカートにくっついていた綿ぼこりは、少し触れただけで飛んでいった。校門から出て行くそれはすぐに見えなくなってしまう。
次第に増える人の中、歩きなれたコンクリートをひどくリアルに感じながら。このまま時が止まったら、なんてありえないことを考えた。
*
隅に置かれているだけでやけに目立っている花に目を向けて、静かに息を吐いた。
最後の最後まで話を長くするのが好きらしい。大して役に立ちそうもない決まりきった言葉だけをひたすら並びたてる校長は、この空気を察するべきだと思う。それとも、舞台の上までは届いていないんだろうか。
卒業証書授与のときの感動はとっくに消えてしまった。今はただ、早く終わることだけを願っている。
「……君たちはこれから社会の荒波の中へ飛び込んでいくわけですが……」
どうしてわざわざそんなことを言うんだろうって。どんなに外野から言葉を贈られたって、結局は自分の問題なのに。……というか、本人達が一番よくわかっていると思う。
私達は今日で制服を脱ぐ。4月からは自己責任の下で自由を楽しむ。現実味なんてもちろんないけれど、いつかはって予想していたことだ。
……なんて、心の中でぼやいたって校長の話が早く終わるわけじゃないんだけど。
前に座るクラスメイトたちの後頭部が目に入った。
別段仲が悪かったわけじゃなく、かといって良かったわけでもない。それでも誰が誰だかわかるのは、一年間共に過ごしたせい。
隣に座る子の手が、ハンドタオルを握り締めて微かに震えている。そういえば、彼女は涙もろくてダメなんだってもらしていた。
不意に感じた気持ちに戸惑う。
あと2時間もしないうちにお別れなんだなあ、って。こういうのを寂寥感っていうのかもしれない。
そうやって、何度も同じことを確認しながら現実は過ぎていく。
「続きまして、本校PTA会長よりお祝いの言葉をいただきます」
壇の中央に立った恰幅のいいおじさんが、ゆっくりと礼をする。同じように頭を下げて、椅子に座りなおした。
出入り口に近いせいか、何となく寒い。これでも厚着をしてきたつもりだったのに、やっぱりスパッツも履けばよかった。
耳を通り過ぎていく話し声。ほとんど誰だかわからない同学年の後姿。
……冴島は、ぴんと背筋を伸ばしてまっすぐ前を見つめていた。




