気持ちの欠片
すっかり冷たくなった手をポケットにつっこむのと同時に、ドアが開いた。
重く響いたその音、やってきたのはもちろん冴島だ。わかっていてもつい反射的に目をやってしまったのは、扉の音が久しぶりで少しびっくりしたから。
「お、久しぶりだな」
受験疲れで太ったりやつれたりしていたら思い切り笑ってやろうと密かに思っていたのに、奴は何も変わっていなかった。ただ、髪が短くなっているだけ……おもしろくない。
そんなことを思いながら柵を背にして座り込むと、奴はちょうど私の向かい側に腰を下ろした。まあ、冴島の定位置なんだけど。こんなふうにすると、やっぱり新鮮。いつもは横の視線がまっすぐ。
冴島は、意地の悪い顔で笑う。
「……何よ」
「別に」
何もない、と言う割に、奴の笑みは引っ込まない。そうなると、どうして笑っているのかってことが気になるのは当たり前のことで。
「何なのよ?」
さっきまで吹いていた風が、不意に止んだ。
「髪がすごいことになってる。やまんば並みに」
相変わらず、奴は笑ったままだ。
「え」
思い当たることはあるけれど、そこまでひどくなっているとは思わなかった。慌てて手で梳かすと、冴島がまたからかうような目でこっちを見てくる。
悔しくて、何か言い返す言葉を探した。
「……何よ、あんたなんか軟派なくせに」
勢いだけで転がり出たことに少しばかり後悔した……もう手遅れだけど。聞いた奴の目が丸くなって、その後すぐに表情が変わった。それは今までとは性質が違う感じで。
「いやいや、そんなことはないですよ杉田さん。一途だっていうのに」
「し、知らないわよそんなこと」
冴島と一途っていうのがすぐには結びつかなかったせいで、思わずどもってしまった。奴に投げつけてやりたかった言葉たちも、彼方へと消えていく。
風が吹いた。
再び乱されそうになる髪を必死で押さえながら、少しだけ前を見遣る。
冴島はまったく気にしていない様子で、髪の毛はなびいたまま。そして、何を考えているのかわからない素の表情で、どこか遠くを見ていた。
*
太陽を隠す薄い雲に気がついたのは、ちょうど校門を出た辺りだった。冴島と歩いてきて、別れてすぐ。卒業はまだ遠い。
中途半端な時間帯で誰もいない坂道を下っていく。反対方向の奴は、もうとっくに曲がり角を曲がっただろう。そういえば、何の理由もなく一緒に屋上を出たのは初めてだ。
最後だから、かな……。
静かな道に響く自分の足音と、遠く聞こえるエンジン音。聞きながら式の様子を想像してみる。全部練習したはずなのに、うまく思い浮かばなかった。
「あ」
足元に転がっていた石が、つま先に当たった。どこかの花壇か何かについていたんだろう、灰色のコンクリートの欠片。
何となくそれを追いかけながら足を進めていると、ゆっくり自分の影が消えていった。
……天気予報はあたるかもしれない。そう思うと、ちょっと憂鬱。顔を上げているのが嫌になって、ずっと下を向いたままで歩く。
コンクリートの破片は、勢い余って植え込みの中へと飛び込んでいった。




