時を渡るものたち
馬車は石畳の上を歩き、次第に土の上を、雪原を歩いて行った。
その間も話題は尽きることはなく、アトラスへと入っていった。
「元居た場所ってどんなところですか?」
不意にカイが問いかける。
「元居た場所はとても平和でね。IFPとやらみたいに取り合いをすることもなかった、本当に平和な場所だったよ。今みたいに言葉が通じないこともなかったからね」
「そんな理想郷……待て、まさかあの時代か!?」
「おや、帰る方法でも知ってるってのかい?」
驚いたように返す。
「いや、それは知らないが……じゃあ箱を開けた話は知ってるのか?」
「箱……ああ、ルキウスのことだね。あいつは何にでも興味を持った、塔を作ろうと言ったのも彼だった」
馬車の主は語りだした。
ルキウスはあの場所ではかなり珍しく目についたものすべてを実行しようとし人を集め扇動する。かなり変わった人物だった。
建築の話を持ち出したのも彼であり、建設途中に箱を見つけたのも彼だった。
「最初は厳重に封がされていて開きそうな気配なんてなかったんだよ、それがある日突然その封が外れて簡単に開けられるようになっていた。まるで開けてくれと言わんばかりの出来事だったね、ルキウスはそれをくみ取ってしまって開けてしまったのさ」
「そのあとは……」
「そのあとはあんたたちが言うシェイドシフターだのなんだのと呼ばれてる化け物が出てきたりあたしたちの努力の結晶があっけなく壊されていったり……想像に難くない」
おおよそ神話通りか、とカイは頷いた。
「じゃあそのルキウスはどこにいるかってのは?」
「それは知らないね。ただ贖罪としてどこかで開けた箱の力を抑え続けているんじゃないか?なんせ最後に見た姿が人から大幅に離れた状態だったからね」
馬車の主はそういったあと、「ルキウスはあの場所には合わなかった」と付け足した。
話をしていくうちに市街地を離れ、少しずつ灰色の影が落ちていく。
灰色の影がある程度濃くなったところで馬車は止まった。
「連れていけるのはここまでだ。ここから先はあんたたちだけでいっとくれ、帰るときはあたしがいればいつでもどこでも連れて行ってやるからさ」
馬車の主はそういってカイたちを荷台から降ろし引き返し街の中へ姿を消した。
ここから先は頑張れってことだね、と意気込みグラットへ突き進もうとするタリアを止め、ここから先は危険な場所であることを伝えた。
「……ってわけでここから先は危険な場所なんだ、最短距離でネビュラまで突っ切るからついて来いよ、あと話しかけられても絶対に返すな。あいつらはあの手この手で金を得て成り上がりを狙ってる」
怯えを見せながらわかったと返し、意を決して前へ進む。
最短距離で向かうと言っていただけあり、どんな道であろうとカイは突き進んでいった。
進んでいくうちに細い路地は開けていき、グラットがあった場所へとたどり着いた。
「ここだここ……さすがに外から見るとあの時とは変わらないな」
カイは門をくぐる。その時にあの時と同じようにいたるところからカラカラと音が鳴った。
すると獣と見まごう姿をした男性が姿を現した。
「誰かと思えば、あれからだいぶ住みやすくなった。入るといい」
「ありがとう」
二人は村へと入っていった。
それに少し遅れてセレナも到着し、状況の説明が始まった。
「まずここで話を聞くのは難しい、案内する。長もいたほうがいいだろう」
「そうね。トップがいる状況の方が話はしやすいわ」
「わかった、ならここに来い」
男性はそういうとある場所へ案内した。
それはかつて長と呼ばれる人物がいたテントではなくある程度作りがしっかりした小さな建物へと姿を変えていた。
「久しぶりだね。あれ以来物資が届くようになってここまで住みやすくなったんだ」
長はカイたちを見るやそういった。
「あの時とは大違いだ」
「当然だ。今はあらゆるものが足りている」
へぇ、と感心した表情であたりを見回す。
初めて来た時とは違い、すべてに生活を感じられるようになっていた。
そこにはもう、”ただ生きているだけ”の彼らの姿はなかった。
「ここまで成長させるのにどれだけ時間がかかったか……。グラットに物資を取られそうになりながらなんとかここまで持ってくるのに本当に苦労したんだから」
はぁ、と小さなため息をつきながらセレナはそういった。
「だが君の、いや君たちのおかげで我々は人権を得たに等しい。感謝する」
「ありがとう、でも地獄はもうすぐよ。あのアーデルハイトがここに来るのも時間の問題。あれは見境がないから」
セレナは資料や物資に目を配りながらそういった。
「知っている。あの研究者は見境なく我々をこんな風にした」
「そんな奴もいたんだな」
「いるからあの手紙を送ったのよ。辺境の研究施設で動きがあったのとアトラスへの帰投命令が出たらしいからこっちも困ったものよ」
「君があの手紙を送った人?大変なことになってるのは伝わったよ」
タリアが手を出しながらそういった。
セレナは悪意を感じることなく握手に応じた。そして視線は獣の男へと戻る。
「そうか、であれば覚悟したほうがいいな」
「ええ、でもくれぐれも殺さないように。気持ちはわかるけれど贖罪のチャンスでもあるから」
男はわかったと一言残し、村の住人へ伝えに行った。
「こんなところまで来れるのか?」
「来れるわ。いくらグラットの連中でもアーデルハイトの所業は知ってる、だから手を出さないし出したら終わりだと思われてる」
「そいつはひどいな……」
二人の会話はしばらく続いた。
その会話の中、再び様々な場所からカラカラと音がした。
それが望まぬ来訪者だということもわからずに───。




