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数日前、王都近郊の街。
ダンジョンから溢れ出した魔獣の咆哮と、逃げ惑う人々の絶叫が渦巻く中、一人の女が三頭のレッドウルフに囲まれていた。
「さあ、私をお食べなさい。遠慮はいらないわ」
魔獣たちは困惑していた。
野生の勘が告げていたからだ。目の前の獲物から漏れ出る魔力は、瞬き一つで自分たちを消し炭に変え得ると。
「大丈夫。抵抗はしないわ……。ただ、あなたたちの飢えを、私のこの体で満たして欲しいだけなの」
慈母のような甘い誘い。
飢えが恐怖を上回った三頭が、一歩ずつ距離を詰める。
――次の瞬間。
凄まじい衝撃とともに、体が石畳に叩きつけられた。
一頭が体に圧し掛かり、肩と胸を抑えつけながら、逃げ場のない顔を容赦なく喰い荒らし始める。
鋭い牙が頬を貫通し、顎の骨が砕け散る。
目、口、頬……。
かつて「社交界の至宝」と謳われた美貌の欠片たちが、魔獣の口内で無残に原型を失っていく。
「……っ!!」
遅れて二頭が左腕と右足に喰らいつき、獲物を奪い合うように綱引きを始めた。
生きたまま全身がバラバラに分解される感覚に陥る。
「あ、が……っ! ぁあああ!!」
怖い。怖い。怖い。
もう引き返せない。
もし、あいつに正体を気づかれたら?
もし、気まぐれで治療を拒まれたら?
私はただの物言わぬ肉塊として、余生を這いずるしかない。
……だが、私は信頼していた。
あいつの、「善意」という皮を被った醜い虚栄心を。
目の前に差し出された「極上の素材」に、あの女が食いつかないはずがない。
(……さあ、もう十分でしょう?)
血溜まりの中で、私は残された右手の指をパチリと鳴らした。
刹那、私に圧し掛かっていた三つの巨躯が内側から爆ぜた。
◇
魔獣の鎮圧後。
惨憺たる街を捜索していた騎士団が、血の海に沈む「それ」を見つけた。
「ひっ! これは人間か……? 息があるぞ!」
「早く救護班を! ……いや待て。これは酷すぎる。ここで死なせてやるのがせめてもの情けだろう」
騎士の一人が思わず顔を背けた。
だが、もう一人の年嵩の騎士が、震える声で提案する。
「いや、例の聖女様なら、あるいは……」
その言葉を、私は薄れゆく意識の淵で聞いていた。
(そう……運びなさい。私の復讐を完成させる、あの哀れな女の元へ……)




