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その男性、エドワードとの出会いは、王都の片隅に佇む静かな資料館だった。
不慮の事故で視力を失った彼は、王国の歴史書を点字で読み解くことを日課にしていた。
アリアナが古代遺跡の研究のために、彼と同じ机で資料を広げる。
そんな日々が続くうち、二人の間には言葉以上の交流が芽生えていった。
「アリアナさん。今日は資料を捲る音が、少しお疲れ気味のようですね。どうか無理をなさらぬよう」
「……捲る音だけで、そんなことまで分かってしまうのね」
彼は、アリアナの過去について一度も尋ねなかった。
ただ、彼女が資料を手渡す際に、一瞬だけ触れ合う指先のぬくもり。
難解な古文書を前に漏れる、迷うような吐息。
そんな誰もが通り過ぎてしまう小さな機微に、彼は盲目ゆえの鋭い感性を研ぎ澄ませていた。
◇
ある日、資料館の帰りに雨に降られた二人は、軒下で雨宿りをした。
「不思議ですね……。僕は貴女といると、深い森の奥にいるような静かな心地になれるのです」
「……ですがエドワードさん。森の奥深くには、陽の光も届かない冷たい深淵が口を開けて待っているものですわ。私という森に深く踏み入れば、きっと貴方のその清らかな魂までも凍り付いてしまいます……。それでもよろしいの?」
「光が届かない場所だからこそ、聴こえてくる音があるのですよ。そして今の貴女の声は、何よりも心地よく響くのです」
エドワードは、アリアナの放つ全属性魔法の威光も、鼻削ぎの刑の惨劇も知らない。
ただ、雨音に混じる彼女の少し硬い、けれど真摯な声だけを愛おしそうに拾い上げていた。
アリアナは仮面の下で、数年ぶりに自分の心臓が温かな脈動を刻むのを感じた。
かつて美貌に群がった男たち。
魔力に跪いた冒険者たち。
彼らとは違う、ただ一人の人間としての穏やかな交流。
アリアナは彼と過ごす時間に、これまでにない安らぎを見出し始めていた。
◇
一ヶ月が過ぎた頃。
夕暮れの資料館で、エドワードはアリアナの手をそっと握り、真っ直ぐに――光のない、けれど澄んだ瞳を彼女に向けた。
「アリアナ……。僕は、君という人間を心から敬愛している。もし許されるなら、これからの人生を隣で歩ませてはくれないだろうか」
告白の言葉は、雨上がりの風のように清らかだった。
アリアナの視界が涙で滲む。
最強になっても、金を持っていても、決して手に入らなかった無条件の受容。
今、その奇跡が、目の前にある。
アリアナは、震える視線を彼の顔に走らせた。
不自由な暮らしのせいか、どこか精彩を欠いた肌。
お世辞にも整っているとは言い難い、凡庸で低い鼻筋。
彼女がかつて「社交界の至宝」として君臨していた頃なら、決して視界に入れることさえなかったであろう容貌。
アリアナは、彼の手をゆっくりと取った。
「お気持ちは嬉しいの。でも、本当にごめんなさい。……貴方の顔、私の好みではないの」




