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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】千年の鼓動

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第74話 千年の目覚め

 深い、深い、時の海。

 俺の意識は、光も音も届かない、ただ穏やかなマナの揺らぎの中に漂っていた。

 どれほどの月日が流れたのか、もはや俺には知る術もない。


 一年か、百年か、あるいは一千年か。

 時間の概念は溶け、過去の思い出も未来の予感も渾然一体となった、温かな微睡みの揺り籠。

 竜にとって、この周期的な深い眠りは生の延長であり、同時に死と限りなく近い、絶対的な安らぎの儀式だ。夢すら見ない無の境地で、俺はただ、周囲に満ちる大気中のマナを全身の鱗から呼吸し、摩耗した魂と肉体をゆっくりと作り変えていた。

 だが、その永遠にも思えた安らぎは、突如として無遠慮な振動によって破られた。


 ――チリ。


 まるで鏡のように静かな水面に、一滴の雫が落ちたかのように、俺の意識の深淵に微かな、しかし鋭い波紋が広がった。

 外部からの刺激。俺の絶対的な静寂を侵す、不遜な者の気配。

 かつてのように、また物好きな冒険者が勇気を試しにきたのか。あるいは、俺の鱗や牙を金に換えようと目論む愚かな盗掘者が、聖域の封印をこじ開けたのか。

 俺はゆっくりと、重い泥のような眠りから意識を引き剥がし、覚醒の浮上へと向かわせた。

 千年も動かしていなかった巨大な身体の感覚が、指先から、そして翼の末端から少しずつ戻ってくる。休止していた血流が再開し、巨大な心臓がドクン、ドクンと、地響きのようなリズムで力強く脈打ち始める。


 まず、聴覚が世界の音を拾い始めた。

 だが、それは俺の記憶にある風の囁きや、岩肌を伝う水滴の音ではなかった。


 ギュイン……ギュイン……。


 聞いたこともない、不快で機械的な駆動音。

 そして、何人かの、抑えきれない興奮と恐怖に満ちた話し声が、俺の耳に届く。


「おい、嘘だろ……これ、マジかよ。化石じゃねえ、生きてるのか……?」 

「……照明をもっと近づけろ!全貌が見えない!」

「やべえよ、これを本省に報告したら、俺たちの名前は歴史に残る……いや、世界が変わるぞ……!」


 次に、嗅覚が機能を取り戻す。

 鼻腔をくすぐるのは、千年の埃の匂いだけではない。

 油と、焦げた鉄、そして何か人工的な化学物質の鋭い匂い。

 侵入者たちが纏う、未知の文明の臭気。


 人間……か。

 リリのような獣人の香りはしない。カイルと同じ、純粋な人間の気配だ。

 だが、その魔力の波長は俺の知る人間たちとは決定的に違っていた。あまりにも希薄で、冷たい。


 俺はついに、岩盤のように重い瞼を、ゆっくりと、しかし力強く持ち上げた。

 青色の双眸が、千年ぶりに世界の光を捉える。

 ぼんやりとした視界が、強烈な光に晒されて焦点を結んでいく。

 そこにいたのは、三つの小さな、あまりにも奇妙な影だった。


 彼らは俺の顔のすぐ近くに、太陽を切り取ったかのような眩い投光器をいくつも設置し、俺の巨体を照らし出していた。

 その格好を目にした瞬間、俺は一瞬、転生前の「レン」としての夢の続きを見ているのかと思った。


 彼らが着ているのは、使い古された鎧でも、風にたなびくローブでもない。

 光沢のある、身体にぴったりと張り付いた奇妙な素材のスーツ。頭には透明なバイザーがついたヘルメットのようなものを被り、手には剣の代わりに、複雑な配線が見える機械の板を持っている。


 それはまるで、俺が前世で見たSF映画の宇宙飛行士か、あるいはハイテクな作業員のようだった。


(ここは……本当に、あの世界なのか……?)


 彼らは、俺が目を開けたことに気づき、石像のように硬直していた。バイザー越しに見える彼らの顔に浮かんでいるのは、純粋な恐怖と、それを上回る子供のような好奇心。俺の眠りを妨げた、千年後の闖入者たち。


「…………ふぁぁ……。……よく、寝た……」


 俺は、千年ぶりに喉を鳴らし、声帯を震わせると、大きく顎を開けて巨大なあくびをした。


 グオオオオオオオオオッ……!!


 俺にとってはただの生理現象だったが、人間にとってはそれは暴風を伴う破壊的な咆哮に等しい音圧だった。神殿全体が雷鳴を受けたようにビリビリと震え、高い天井からパラパラと砂埃や石片が落ちてくる。そのあまりの地響きに、目の前の人間たちはビクリと肩を震わせ、その場に尻餅をついた。


「ひっ……!?あ、あぁ……!」

「うわあああ!め、目覚めた!本当に目覚めやがったぞ!?」


 ドワーフらしき男が腰を抜かして這いつくばり、エルフの女が震える手で腰の銃らしきものを構えようとして、絶望的な体格差を前にすぐに下ろした。俺は、ゆっくりと巨体を起こした。全身の鱗が擦れ合い、ガシャガシャとけたたましい音が神殿内に反響する。俺は首を大きく回し、骨を鳴らすと、鼻先の位置で震えている彼らをじろりと見下ろした。


『……ここへ、何の用だ。小さき者たちよ』


 俺は、テレパシーで静かに、かつての威厳を込めて問いかけた。俺の声が直接脳内に響いたのか、真ん中にいた黒髪の人間、アキラと呼ばれていた男は、ハッと我に返ると、腰を抜かしたまま必死に何かを説明しようと口をパクパクさせ始めた。


「あ……あ……!お、俺は、アキラ!建、建設局の第四採掘班現場監督補佐……っていうのは偽りの肩書きで、本当はトレジャーハンターだ!」


 彼は震える指で自分を指差し、必死に言葉を絞り出す。


「ここの工事現場で作業してたら、偶然あんたの眠る場所を見つけたんだ。……伝説が本当だって、自分の目で確かめたかったんだよ!無理に起こすつもりはなかったんだ、頼む、信じてくれ!」


 支離滅裂だが、その必死な瞳の奥に邪悪な色はなかった。ただ純粋に、おとぎ話の真実を求めて奈落まで降りてきた愚か者……いや、探究者だ。


「アキラ!馬鹿野郎、余計なことを喋るな!食われるぞ!」


 ドワーフの男ガストンがアキラの袖を必死に引くが、アキラは俺の瞳から目を逸らさない。その瞳には、恐怖を塗りつぶすほど強い、「本物の神話」を目の当たりにした感動が揺らめいている。


『……アキラ、か。……ずいぶんと懐かしい、響きの名だな』


 俺は、首をもたげて神殿の中をゆっくりと見渡した。床には千年の埃が積もってはいるが、柱も祭壇も、俺が眠りについてもあの日と何も変わっていない。だが、俺の鋭敏な感覚は、この神殿が今、何層もの金属や見たこともない高密度の人工物に覆われていることを敏感に察知していた。


『……アキラよ。……問う。我はどれくらい眠っていた? そして、ここはどこだ?』

「……ええと、今端末で確認する……。公式な記録の最後……『守護竜ヴァイス、休眠に入る』という記述から……正確には、ちょうど千年と、三ヶ月が経過してる……」

『千年……!』


 俺の予想を遥かに超える時間だった。リリも、ボルガも、ルシルも。俺が守り抜いたあの平和な時代を生きた仲間たちは、もうとっくの昔に土に還ってしまったのか。


「……そして、ここはメガロポリス『新ガイアポリス』のセクター7地区。地下三十メートルの地点だ」


 アキラは恐る恐る、しかし言葉を繋いだ。


「……あんたが眠っていたエルロード山脈は……もう、この世にはないんだ。五百年以上前の都市開発で山は完全に削り取られて、今その上には、数千万人が住む巨大な鋼鉄の街ができてるんだよ」


 山が、ない? 街ができている?

 カイルたちが命を懸けて守り、リリたちが汗を流して豊かにしたあの自然は、すべてコンクリートの下に埋め殺されてしまったのか。

 信じがたい事実を前に、俺は深い沈黙に沈んだ。だが、ただここで立ち尽くしているわけにはいかない。


 千年の時がどれほど世界を作り変えたのか。この目で、直接確かめなければ。



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