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白き風竜はときをゆく〜ドラゴンに転生した俺の悠久譚〜  作者: やまぐっち
【第三部 覚醒のサイバー・パンク編】千年の鼓動

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第73話 千年の鼓動

 開いた穴から吹き出してきた清涼な風。それは、千年の時を止めていた神域が、現代という汚れた空気の中に初めて吐き出した溜息のようだった。


「……よし、まずはライトを設置しろ。だが、無理に自分たちで突っ込むのは危険だ」


 俺は足場を確保すると、ゴーグル型の端末を操作し、探査用の小型ドローンを起動した。


「シルビア、バックアップを頼む。ガストン、モニターを注視してくれ」


 ドローンが穴の中へと滑り込んでいく。ゴーグル越しに映し出される映像は、息を呑むほど幻想的だった。発光苔が青白く輝く巨大なドーム状の空間。数千年の時を止めたままの石柱。


「すげえ……。本当に神殿があるじゃねえか……」


ガストンが息を漏らす。

 だが、しばらくしてドローンがさらに奥、神殿の最深部にある巨大な祭壇らしき場所へと近づいたその時だった。


 ビビ、ビビビッ……!


「……なんだ? ノイズがひどい。磁場か?」


「いえ、これは『マナ』よ……。信じられないほど高濃度のマナが逆流してきてる!」

シルビアが叫ぶ。


 モニターの数値が振り切れ、警告音が鳴り響く。ドローンの姿勢制御システムが狂い、画面が激しく乱れた。


「まずい、戻せ!」


 俺が操作を試みるが、ドローンは目に見えないエネルギーの奔流に叩きつけられたかのように、バチンッ!と火花を散らして爆発した。

視界が砂嵐に変わる。


「……消えた……?最新型の探査機が、一瞬で蒸発したっていうのか……?」


 ガストンが乾いた声で呟く。

彼の分厚い手が、コントロールパネルの上で小刻みに震えていた。


「磁場なんてレベルじゃないわ……。今の、感じた?この場所の空気が、ドローンが奥へ進んだ瞬間に牙を剥いたのよ。まるで『ここから先は踏み入るな』と世界が拒絶したみたいに……」


 シルビアは腰の銃を抜き、あろうことか安全装置を外していた。エルフとしての鋭敏な感覚が、不可視の「死」がそこら中に満ちていることを本能的に悟ったのだろう。


「行くぞ」


 俺はゴーグルを脱ぎ捨て、短く言った。


「馬鹿か、アキラ!?ドローンがああなったんだぞ!」

「……いや、違うんだガストン。ドローンが壊れたのは、あいつが精密機械だったからだ。高濃度の『マナ』……千年前の魔力に、現代の回路が耐えられなかっただけだ。生身の俺たちなら、不快感はあっても死にはしない。確信があるんだ」


 俺は二人の目を見据えた。ここで引くという選択肢は、俺の辞書には存在しない。


「シルビア、あんたの先祖……エルフの伝説にもあるはずだ。守護竜は、決して無意味に他者を傷つけない。……俺は、自分の仮説を信じる。世紀の大発見を目の前にして、尻尾を巻いて逃げるのか?」


 俺の言葉に、シルビアは唇を噛み、やがてゆっくりと銃を下ろした。


「……いいわ。どのみち、このまま帰っても潜入がバレれば地獄だもの。神話の怪物に食われる方が、再教育施設で一生飼い殺しにされるよりはマシよ」

「ケッ、どいつもこいつもイカれてやがる。……わかったよ!俺も行く!」


 俺たちは強力な投光器を背負い、ワイヤーを固定すると、ついにその「神域」へと足を踏み入れた。

 回廊はどこまでも広大だった。天井を見上げれば、そこには現代の建築技術では再現不可能な、精緻な幾何学模様の浮き彫りがどこまでも続いている。


 一歩、足を踏み出す。石畳を叩くブーツの音が、何重にも重なって奥へと響いていく。

 奥へ進むにつれ、空気の質が明らかに変わっていった。肺に吸い込む空気が、重い。

 肌の産毛が逆立ち、鼓膜の奥でキーンという高い金属音が鳴り止まない。これが、失われた魔法時代の「マナ」の密度なのか。


「……なぁ、アキラ。さっきから、聞こえねえか?」


 ガストンが震える声で俺の服の袖を掴んだ。


「風鳴り……にしては、規則正しすぎる。まるで、山そのものが息をしてるみたいだ」


 俺は黙って頷いた。聞こえる。回廊の最深部から、

 ズゥゥン……ズゥゥゥン……

と、大地を揺らす重低音の律動。それは紛れもない、巨大な生命の鼓動だ。


 やがて回廊が終わり、目の前の視界が唐突に開けた。

そこは、天井が霞んで見えないほど巨大なドーム状の空間だった。俺たちは投光器の出力を最大にし、前方の闇を切り裂いた。

 その瞬間。俺たちの言葉は、その存在ごと消失した。


「……あ……あぁ……」


挿絵(By みてみん)


 シルビアの喉から、声にならない喘ぎが漏れる。

 一段高くなった、白亜の祭壇。

 そこに横たわっていたのは、想像を絶する質量の「奇跡」だった。

 全長数十メートルはあろうかという巨躯。全身を覆うのは、真珠のような美しさとプラチナの如き輝きを放つ、純白の鱗。


 伝説の守護竜、ヴァイス。


 教科書の挿絵で見ていた姿は、あまりにも矮小だった。

 巨大な鼻先から吐き出される呼気が、白い霧となって広間に広がり、その熱が、この凍てついた地下空間に生々しい「命」の温度をもたらしている。


「……本当に……生きていたのか……」


 俺は、その場に崩れ落ちそうになる膝を必死で支えた。

 千年の孤独。千年の沈黙。この竜は、人類が空を汚れさせ、鋼鉄の檻を作って閉じこもっている間も、ずっとここで眠り続けていたのだ。


「……ヴァイス、様……」


 俺が、その名を呟いた、その時だった。


 ――ズゥゥゥゥゥゥン……!!!!


 空間全体が、悲鳴を上げるような重低音に包まれた。


 その「純白の山」が、ゆっくりと、その巨体を動かしたのだ。鱗と鱗が擦れ合い、ガシャガシャという巨大な歯車が噛み合うような金属音が、鼓膜を直接打ちのめす。


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?動いた!動きやがった!!」


 ガストンが情けない悲鳴を上げ、這いずるように後ずさる。


「ば、化け物……!アキラ、逃げなさい!」


 シルビアも顔を真っ白にして叫んだ。

 だが、俺は、逃げられなかった。

 たとえこのまま噛み砕かれても、この瞬間のために俺は生きてきたのだから。


 そして。


 岩盤のように重厚な瞼が、ゆっくりと、ゆっくりと持ち上げられた。

 その奥から現れたのは、深海のように深く、澄み渡った、青色に燃える二つの巨大な瞳。圧倒的な知性と威厳を宿した双眸が、ギョロリと動き――。


 目の前に立ち尽くす、俺のちっぽけな姿を、真っ直ぐに捉えた。


「…………っ」


 その瞳に見据えられた瞬間、俺の脳内に、言葉ではない、巨大な「意志」の奔流が直接なだれ込んできた。


 それは、千年の時を隔てて再び巡り合った、友を求めるような、果てしなく深い孤独と温かさの混じった、魂の震えだった。


 やってしまった。俺は、自らのこの手で。

 この冷え切った鋼鉄の世界に、千年の沈黙を破る「生ける神話」を、再び呼び覚ましてしまったのだ。

 俺は、歴史の巨大な転換点に、ただ一人で立っていた。


 青い瞳の主が、ゆっくりと、その巨大な口を開きかける。


 世界の運命が、音を立てて変わり始めようとしていた。



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