契りの証
時間は少し前に遡る。
この洞窟のどこかにあるであろう少し広い場所に渦巻く闇が出現し、それが消えると、そこから姿を現したのはメイとメフィストフェレス。
闇によって移動してきたメイは辺りを軽く見回してから、メフィストフェレスを睨みつけ、身構える。
「おやおや、急に身構えるとはぁ。やる気満々ですねぇ」
「当たり前だよ。早くお前を倒して、ルフェを助けに行くんだから」
「ほほぉ、しかも、私を倒す気でいるとぉ」
メフィストフェレスは感慨深そうに何度か頷いてみせてから、両手を左右へと広げる。
そして、腕を上下に交互に動かしだす。
その動きはどこか妖しく、メイが身構えていると、メフィストフェレスの両手には手品の様にトランプが出現し、それを広げてみせる。
その中の一枚、相手を嘲笑うかの様な道化師が描かれたカードの『JOKER』だけをメイに見せているのは何かしらの意図があってだろうか。
そして、メフィストフェレスのトランプが闇を纏った瞬間、メイは足に力を入れ、地面を踏み砕きながら、前へと跳躍する。
一瞬で距離を詰められたメフィストフェレスは驚くのではなく、笑みを浮かべて見せる。
それは『JOKER』に描かれていた道化師と同じ様に嘲笑うかの様に。
メイはそんなことは気にせず、手に魔力を集中させ、その拳には炎が宿る。
「『炎の打撃』!」
炎を纏った拳はメフィストフェレスの顔目掛けて放たれるが、その間に闇を纏ったトランプが出現し、攻撃を防ぐ。
それだけでなく、トランプが纏っている拒絶の闇から放たれた衝撃にメイは吹き飛ばされ、一回転して、態勢を立て直して着地し、地面を少し滑ってから止まる。
すぐさま顔をあげて、メフィストフェレスへと視線を向けると、目の前には闇を纏ったトランプが数枚飛んできており、メイは腕を強固な鱗を持つドラゴンの腕へと変化させ、前でクロスすることで防ごうとする。
だが、闇を纏ったトランプは『拒絶』であり、それにより鱗の防御力を無視して切り裂き、メイの腕から血が噴き出す。
痛みに顔を顰めながらも、メイは手を前に出し、緑色の魔法陣を展開し、そこから雷が迸る。
「迸れ! 『雷撃』!」
そこから放たれたのは雷であり、メフィストフェレスに襲い掛かる。
だが、メフィストフェレスは闇を纏ったトランプを前にばらまくことで防御を作り、メイが放った雷をいともたやすく打ち消す。
「嘘……『雷撃』が」
「ほほぉ、風の上級である雷まで扱えるとは驚きですねぇ。もしかして、貴方……『属性使い』なんていう珍しいスキルを持っているのではないのでしょうか?」
「それは……教えられないかな!」
メイは足をウサギの様な足へと変化させ、前へと跳躍する。
それは先ほどとは比べ物にならないスピードであり、メフィストフェレスとの距離を詰めたメイはドラゴンの腕の爪を立てて振るう。
メフィストフェレスは軽くバックステップすることによって、攻撃を回避し、自身の周りに黒い魔法陣を幾つも展開する。
そこから姿を現すのは闇の魔法槍。
「『闇の槍』」
メフィストフェレスが魔法名を言うと同時に魔法陣から放たれる大量の闇の魔法槍。
今までの経験上、闇の攻撃を防ぐのは危険だと理解したメイはウサギの様な足を活かし、連続で前後左右に跳躍することでかわしていく。
そして、闇の魔法槍の攻撃を全てかわし切ったと同時にメイは赤、黄色、緑、水色の魔法陣を展開し、そこに魔力が集まり始め、炎、風、雷、岩、鉄、水、氷の球が形成されていく。
その様子を見たメフィストフェレスは楽しそうに笑う。
「ハハハ! 私の予想は正しかった様ですねぇ。『属性使い』を持っているとはまた珍しいですねぇ」
「これならどう!? 『四大属性豪球』!」
魔方陣から放たれた無数の属性の球。
メフィストフェレスは再びトランプを使おうと腕を動かす。
「させない! 『鎖の束縛』!」
「おやぁ?」
その行動に気付いた目は素早く両手を地面に叩きつけ、メフィストフェレスの足元に黄色の魔法陣が展開され、そこから飛び出してきた鋼鉄の鎖が両腕に巻き付き、トランプで防ごうとするのを阻止させる。
メフィストフェレスは両腕を防がれたのを焦るのでもなく、ただ不敵な笑みを浮かべる。
「四大属性を自在に操るのは凄いですねぇ。ですが……」
メフィストフェレスがそこまで呟いた時に無数の属性球が直撃し、爆発を引き起こす。
その爆風にメイは耐えながら、地面が抉れ、砂煙が舞い上がっている、メフィストフェレスがいた場所へと視線を向ける。
いくら闇の使い手とはいえ、主な攻防武器として使っているトランプを封じたのだ。
あの魔法は『属性使い』を持つ者だけが扱える上級魔法であり、だからこそあれだけの攻撃を闇を使ったとしても防ぎきるのは不可能に近いはずだ。
倒せていないとしても、大ダメージを与えているはずだとメイは考えて。
「いやぁ、凄いですねぇ。さすがの私も焦っちゃいましたよぉ? 今のはぁ」
「っ!?」
いたはずなのだが、砂煙の中から聞こえてきた拍手と声。
それに驚きを隠せないメイは目を見開く。
砂煙が晴れると、そこには巨大な闇の渦が渦巻いており、その闇の渦が消えると、服が多少砂煙で汚れただけのメフィストフェレスが姿を現す。
「『全てを飲み込む暗黒』。吸収の闇そのものを防御へと使う魔法なのですがねぇ? これがまた便利なんですよねぇ。何せ、どんな魔法だろうと、攻撃だろうと、吸い込んで闇へと還してしまうんですからぁ」
メフィストフェレスは笑みを浮かべながら、メイを見る。
「ホントに興味深いですねぇ? あの人間様も面白そうだとは思っていましたがぁ、貴方も実に興味深い。一応聞いてもよろしいでしょうか? 貴方は何の魔人なのかを」
「お前に教えるとでも思ってるの?」
メイの両腕はドラゴンの腕からマンティスブレイドの腕へと変化させ、前へと跳ぶ。
メフィストフェレスとの距離を詰めたメイは両手のマンティスブレイドを連続で振るい、メフィストフェレスに斬りかかるが、その連続攻撃をものともしないかの様に軽いステップを踏むかの様に、かわし続けるメフィストフェレス。
そして、メイの振るった一撃をかわしたと同時にカウンターで腹部に掌底を叩き込む。
「カハッ……!?」
メイはその衝撃に肺の空気が全て抜けてしまう感覚に襲われながら、吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、そのまま何度かボールの様に何度か跳ねてから、壁に激突することでやっと止まる。
メイは口から血を流しながらも、震える腕と足で体を支え、何とか立ち上がる。
予想外……ただそれしか出てこなかった。
メフィストフェレスの戦闘スタイルは闇魔法とトランプによる遠距離攻撃だと思っていたために、まさか格闘攻撃が来るとは思っていなかった。
いや、確かに予想外だったが、予想できたものではなかっただろうか?
相手は魔族……悪魔だ。
悪魔であるメフィストフェレスがいつ、近接を苦手とすると思っていた?
苦手としていたのではなく、あの時は使わなかっただけなのだ。
まだメフィストフェレスは本気を出していない
それを理解したメイは口元の血を拭い、手足を人のモノへと戻し、構えを取る。
その構えを見たメフィストフェレスは武術の構えだと理解する。
「おやぁ? わざわざ人の手足に戻して、何を考えているのでしょうかぁ? まぁ、構えを見る限り、武術なのでしょうけどねぇ」
「人の手足じゃないとこういうの精密にはできないから。他のだと、どうしても荒っぽさが目立つから」
「なるほどなるほど。確かにそうですねぇ。武術というのは本来、『人族』が『獣人族』や『魔族』に対抗できるように考えたものですからねぇ。彼らは我々みたいな強靭な肉体を持っているわけでもないし、爪や牙なども持ちませんからねぇ?」
故に人族が対抗するために生み出されたのが武術。
獣人族の様な高い身体能力と強靭な肉体を持っているわけでもなく、魔族の様に全てが優れているわけでもない。
だからこそ、人は技術を駆使して、対抗手段を作り上げてきた。
これもまた人の可能性というものなのだろう。
メイは『魂喰い』で会得したのだろう、武術の構えをしている。
裕司と出会う前までは森で出会う奴の心臓を喰らってきたのだ。
勿論、そこには人だっている。
だからこそ、魔族でも武術を扱う心得がある。
メイが睨みつけると、尻尾の蛇がメフィストフェレスを睨みつけ、威嚇する様に唸り声をあげる。
「おやおや、そんなに睨まれても困りますねぇ。まさか、私に気があるとか」
「シャアアアッ!」
「おっとぉ!」
そこまで言った瞬間、尻尾の蛇が雄叫びをあげながら襲い掛かり、それを軽くかわすメフィストフェレス。
メイもそれはない、という様な冷たい目でメフィストフェレスを見ている。
尻尾の蛇で威嚇しながら、背中の両翼を折りたたむ。
走る時に風を受けて邪魔にならない様にするためだろう。
メイは一歩踏み込み、一気に前へと跳び、メフィストフェレスとの間合いに入る。
「はぁ!」
「おっと」
メイが素早く正拳突きを放つが、メフィストフェレスはそれをメイの手首に自身の手を当てることで受け流す。
そこから素早くミドルキックを放つも、腕で防がれてしまう。
メイは蹴りを防がれた足をすぐに引っ込めて、逆の足で回し蹴りを素早く放つ。
だが、それも止められてしまう。
「シャアアアアッ!」
「!」
メイの回し蹴りが止められたと同時に尻尾の蛇が襲い掛かり、メフィストフェレスの腕に噛みつき、毒を流し込む。
解毒不可能な様に、自身が喰らい続けて得た毒を色々と混ぜ込んで作った毒。
それをメフィストフェレスに流し込んでいっているのだが、苦しむどころか、顔色一つ変えない相手にメイは疑問を感じながら、一旦後ろへと跳んで距離を取る。
だが、コレがいけなかったのかもしれない。
メイは着地した瞬間、足が泥か何かに沈むような感覚に襲われ、足元を見てみると、地面に闇が展開されており、自身の足がそこへと嵌まってしまったのだ。
「なっ!?」
「『闇沼』を仕掛けさせておいてもらいましたぁ。一度嵌まったら、闇の束縛からはなかなか逃げられませんよぉ?」
「いつの間に」
メイは闇沼から抜け出そうとするために足を動かすも抜ける気配がまったくない。
それどころか、逆に底なし沼の様に少しずつ沈んでいっている気がする。
「あ、抵抗はしない方がいいですよぉ? もがけばもがくほど底なし沼の様に沈んでいきますからねぇ」
「そうなんだ。でも、発動者自身が倒れれば、これも解除されるよね? いくら悪魔でも、そろそろ毒が」
メイは毒によってメフィストフェレスが倒れ、これが解除されることを狙う。
だが、少し時間が経っても、メフィストフェレスは倒れるどころか、顔色一つ変わる様子がない。
やはり、毒を注入した時から疑問を感じていた。
悪魔だから、毒の効果が表れるのが遅いのだと思っていたのだが、違う。
そもそも、人にそれなりの量を流し込めば、溶かすことさえできる毒を悪魔だからという理由だけで、耐えきれるハズがない。
なら、導き出される答えは一つ……毒を無効化するスキルを持っていると言うこと。
「もしかして……毒に耐性が?」
「耐性? いえいえ、それならある程度耐えれるだけで、効かない理由にはなりませんよぉ? 私の場合は闇を応用しているだけに過ぎませんよぉ? 毒が注入されると同時に体内に闇を生成し、吸収する。これにて、毒の無効化をしているんですよぉ」
「体内に闇を生成って……」
それは魔法でできるものではない。
彼自身、『闇魔法』というスキルを持っていたのだと思っていたが違う。
むしろ、『闇魔法』は彼のスキルから派生して生まれたものに過ぎないのかもしれない。
ならば、メフィストフェレスの本来のスキルは何になるのか?
だが、メイはそんなことを考えている暇はなかった。
メフィストフェレスの闇に対抗するには、属性を駆使しても無理だろう。
多彩なスキルを扱ったとしてもだ。
対抗するには……同じ『闇』か、対極に位置する『光』のみ。
『属性使い』を持つメイでも、扱いきれていない属性。
扱えない理由は一応あるにはある。
「……でも、今はこれに頼るしかない」
メイは一度、この二つを使おうとして、酷い目に遭った過去がある。
『闇』を使おうとすれば、その『闇』に自分が飲み込まれかけたことがある。
『光』を使おうとすれば、魔物である自分はその『光』に焼かれそうになったことがある。
そもそも『光』の属性は魔物や悪魔が持てる属性ではないのだ。
元来、闇より生まれたとされる『魔物』や『悪魔』に対抗するために人々や天使が扱っていた属性。
それをメイは『合成獣』として、作られる際に『天使』の遺伝子を埋め込まれていたからか、『光』の力は持っていた。
自分がどこで生まれたのかも、なんでこんな力を持っているのかも、記憶にないのでわからない。
だが、メイはそんなことは気にしない。
大切な友達がいる……それだけで構わない。
裕司を早く見つけ出し、一緒にルフェを助けに行く。
そのためなら、メフィストフェレスに対抗するために。
「お前を退けるためにも、どちらかを使う」
「おやぁ?」
メイの右手には闇が渦巻き始め、左手には光が強い光を放ちながら集まり出す。
だが、それと同時に聞こえてくるのは自身の体が光で焼かれる音。
そして、自身を飲み込まんとしてくる闇の衝動。
「うぐっ……! あがぁ……!」
痛みや苦しさで自然と顔が苦悶へと歪んでいく。
そもそも相反する力を同時に発動しているのだ。
余計に体を蝕み始め、メイの体から煙が上がり始め、体は所々焼け、血が流れ出てくる。
また闇にも飲まれて行っているのか、火傷だけでなく、体の所々が黒く染まり始めている。
メイは歯を食いしばり、飛びそうな意識を必死に繋ぎとめる。
その光景を面白そうに見ているメフィストフェレス。
今の内に攻撃を仕掛けるのも手だが、それでは面白くないし、興味深いと言って、相手をしている意味もない。
まぁ、一番の理由は光が展開されているために自分の闇が届かないことと近づけば焼かれることを考えてのことなのだが。
「そろそろやめた方がいいんじゃないですかねぇ? このままだと、貴方は死にますよぉ?」
苦しそうな声を上げるメイに、メフィストフェレスは自殺行為をする相手に呆れたのか、やれやれと言った感じで忠告する。
そんな忠告をメイは苦しそうながらも、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「私は……! 死なない……! こんな……ものじゃ……!」
「あの人間様が一番信頼を置く魔人だと思っていたのに、どうしてでしょうねぇ。興味深いと思ったのは、外れだったでしょうかぁ?」
メフィストフェレスの一言にメイの脳裏にユージの顔がちらつく。
そうだ、急がなければならない。
ユージは今、敵の誰かに攫われて、大変な目に遭ってるかもしれない。
私が行って、助けなきゃいけない。
だからこそ……だからこそ、メフィストフェレスに対抗するためには。
「どっちかでもいい……! 私は使える様にならなきゃ、いけないんだ! ユージを、ルフェも! 助けるために!」
「っ!? 契約の紋章が……?」
そこまでメイが叫んだ瞬間、裕司との契約の証である紋章が真紅に光始める。
―――今こそ、彼の者の覚醒。
メイの手の中の光は消え、闇が勢いを増していく。
―――そのための契りの証の真の役目を果たそう。
それは飲み込もうとしているのではなく、メイが身に纏う形へと変わっていく。
―――一人で無理なのなら、契りの証の力を持って、共に制御すればいい。
闇が完全にメイを包み込み、そして、その闇はやがて散布する。
―――契りを持って、その力を扱える『姿へと変わればいい』。
姿を現したのは服装が変わったメイの姿。
―――彼の者の記憶にある、闇に生きる者の姿を。
闇に紛れるかの様な黒い服……否、彼女の服装はこの世界では見ない服装に変わっていた。
それは裕司の世界に昔いたとされる……忍者の服装。
―――『属性使い』の『闇』より派生……ユニークスキルへと昇華した力。
契約の紋章から伝わってくる声は何かはわからない。
それでも、メイはゆっくりと目を開く。
腰に装備されている短刀を抜き、逆手で構える。
―――『月夜ノ衣』を会得したことを確認。
それを最後に紋章は輝きを失う。
メフィストフェレスは姿が変わったメイを見て、笑みを浮かべる。
「姿が変わった……? なるほどぉ、珍しい装備スキルを手に入れるとはぁ。これは……ホントに興味深いですねぇ」
「さぁ、第二ラウンドを始めようか?」
メイは短刀……『月光』を構えながら、そう呟いた。




