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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
禁断の木の実をめぐる争い―――呪わしい命たち
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邪悪な神殿 鏡が映すのは……

パウロがアスリアをかばいながら、先に進んでいく。神殿の奥の扉を、ぎいっと開けた。大きな部屋に、でーんとアルミサッシほどの鏡があるのが見える。

「この鏡のなかにあるものは、決して見てはならぬ」

 パウロは、単調な声で警告する。

「ここは『ブラークルの着替え室』と呼ばれとる場所らしい。その名のとおり、見る人によって、違うなにかが着替えのように見えるそうじゃ」

「見る人によって違う……?」

「ある人は、大金持ちになった自分を見る。ある人は、ブラークルに自分をささげ、権力を手にした自分を見る。若くて美しい女を見るものもいるそうじゃ」

 いったい、どんなものが見えるっていうんだ。

 権力や財宝には関心はない。

 女の子は―――うーん、今のところ、ありあまってる気がする。

 じゃあ、なんだろう。

 俺には、どんなものが、見えるんだろう。

 見ちゃいけない、決して見るなと言われると、かえって見たくなるのが人情だ。

 鏡を見たら、モンスターが出てくるとかありそうだが。

 しかし、もし、自分の一番見たいモノが見えたなら?

 俺は、鏡のある方向を見やった。まっくろな闇のなか、鏡がそこだけ光っている。

「義也さま?」

 デリラが、気がかりそうな声をあげる。俺は無視して近づいていった。パウロが手を伸ばしてくる。

「待っ……!」

「こ、これは……!」

俺は、鏡に駆け寄った。

 美しい黒髪の女が、ひとりの少年を抱きしめている。女は子守唄を歌っていた。少年は、うっとりとその声に耳を傾けている。

「健司! 健司、なぜそこに!」

 俺は叫んだ。

「いい子いい子。そなたはいい子。わらわはそなたを離さぬぞえ……」

 女は、健司の頭をなでている。健司は女の胸に頭をうずめ、すっかりふぬけてしまっていた。

「外の世界などに関心を持ってはならぬ。元の世界など、幻に過ぎぬ。妾の世界こそ、全世界。ネルビア国など、滅びるに任せるのじゃ。そして兄の義也を越える力を手に入れ、思うさまにふるまうがよい」

 女はささやいている。

「おい、健司! どうしたんだいったい! おまえはネルビア国を救うために、俺たちの世界から召喚されたんじゃ、ないのか!」

 俺は、鏡を揺さぶった。「健司、健司! 目を覚ませ!」

 たしかに俺は、弟には無関心だった。あんなやつはどうでもいいと思ってた。だけど、だからって国を滅ぼす陰謀に加わるのを、黙ってみていることはできない。

「義也さまっ! しっかりしてくだされ! これはブラークルの幻、闇に誘う手口ですぞ!」

 パウロが、背後からやってきて、俺を鏡から引き剥がそうとしている。俺は鏡に顔を向けたまま、力が失せていくのを感じた。

「しっかりしてくだされ! エメット神よ、われらに力を!」

 バシッ! パウロが俺の頬をなぐった。デリラは、俺から鏡を引きはがそうとしている。俺が両手を鏡から引き離されると、親衛隊長のラハブはきつく目を閉じ、剣をふりあげて鏡に向かってぶったたいた。

 がちゃーん!

 鏡が砕けてちりぢりになった。

「この鏡は、魔の鏡じゃ。見てはならぬと言うたハズじゃ」

 パウロは、いままでにないほど怖い顔で俺に迫った。俺は、悪寒がこみあげてくるのを感じた。

「健司が……。健司が、女に誘惑されてた」

「ブラークルの手のものじゃろう。あるいは、ブラークルそのひとかもしれぬ。義也さま、気をしっかり持ってくだされ。健司さまの仇を、今こそ取らねば」

 パウロは、水筒から水を取り出した。「さ、飲んでくだされ。気を取り直して、先に進みましょうぞ」

 俺は水筒の水を飲んだ。冷たくて、気持ちがいい。よみがえった気分だ。あらためて、散開している鏡のかけらを見下ろす。

「―――魔の鏡。こんなものが、なぜここに」

「侵入者に幻を見せ、それに気を引きつけて、モンスターのエサにさせるつもりなのじゃろう。この鏡に魅せられた人間の話は、この本にはたっぷり載っておる」

「―――そうか……」

おそろしい鏡だった。モンスターもおそろしいが、心理攻撃というのはさすがに予想外だった。気をつけなくては。

 俺たちは、『ブラークルの着替え室』をくぐり抜けて、さらに奥へと進んでいった。


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