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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
禁断の木の実をめぐる争い―――呪わしい命たち
32/43

エメット神再登場 どこまで人を食ってやがるんだと思っていたら

「エリヤさまにモロ突っ込んでいっただろ、あれを見たとき冷や冷やしたぜ」

 ラハブは、教会内で【ヒール】をかけてもらいながら、俺に言った。

「なんで?」

 俺は、キョトンとなった。


「捨てたとは言え、相手は剣を持ってたんだぞ! 下手すりゃ、王女ばかりか、あんたまで……、いや、あんたが心配ってわけじゃないんだが」

 もごもご。ラハブはなにやら、居心地悪そうだ。

「そうか……、頭に来てたから……」

 俺は、ペテロを振り返った。ペテロはパウロといっしょに、

「来てくださるなら、ひとことおっしゃってくださいよ」

「うぬ? わしは大仰なことは嫌いじゃ」


「でも、こちらにも、お迎えの支度というものが」

「王女のことなら心配ない。格式張ったことはお嫌いな方じゃ」

「そういう問題じゃ、ありませんよぉ」


 と談笑している。ラハブは自分を無視して繰り広げられているこの会話に、参加するでもなく、ただぶつくさと、

「なんだよ、わたしが義也を助けたのに、だれも褒めてくれないのか。いいよな、勇者って。それだけで注目される。この、目立ちたがり屋め」

 口が悪いのは、相変わらずだった。

「エリヤは不死者だったはずだ。また攻撃してくるかも」


 俺は、不安になってアスリアを振り返った。その様子に王女は、少し微笑んで言った。

「エリヤは、【禁断の木の実】の効力を失っています。だいじょうぶです」

「……? どういうこと?」

「もちろん、わたくしの力のせいですわ。宝珠の力と【ターン・アンデッド】と聖水の力が増幅され、エリヤは力が弱っていました。説得すれば、改心したかもしれません」

「あんなのといっしょに旅をしたくないよ」


 アスリア王女の優しさは、少しばかり行き過ぎだと俺は思った。

「悪に対して悪で報いるのは簡単です。善でもって悪に勝つことこそが、我々の使命」

 アスリア王女は、しっかりした口調で答える。

「それってアレか? 例の、十字教の教えってヤツ?」

 俺は、チクリと言ってやった。


「理想主義はいいけど、それでまた命を落としかけたんだぞ、いい加減目を覚ませ!」

 アスリアは、ちょっと悲しそうになった。

「わたくしの命など、この使命に比べれば、たいした意味はありません……」

「そんなこと、ない!」

 俺はアスリアの肩を抱いた。温かい。俺が、守らねば。

「君はネルビア国にとっては、必要な人なんだろ。叔父さんと仲直りしたいんだって聞いたけど」

「―――だれに聞いたのでしょう。そのことは、誰にも言っていないのに」

 アスリアは、とまどっている。


「そばにいる人間なら、だれでも気づくんじゃないかな。そんなにもサウル国王って、魅力的な人物なんだ?」

 問いかけに、アスリアは長いまつげを伏せた。

「健司さまがブラークルを解放するまでは、とてもいい人でした」

「!」

 俺は、思わずアスリアを抱いていた腕をほどいた。

「弟の健司が? 邪神ブラークルを解放した? どういうこと?」

 アスリアは、さっと表情を引きつらせた。

「ごめんなさい、わたくし……、わたくし、そろそろおいとまを。疲れました……」

「アスリア」


 たしかに顔色が悪い。自分の魔力を使いすぎたのだろう。だけど俺は知りたかった。弟が、この世界でどんなことをして、なぜ自殺してしまったのか。

 そして、俺はなぜ、ここで勇者にさせられてしまったのか。

 しかし、アスリアに、いま、質問することはためらわれた。アスリアも、ラハブも、デリラも、もちろんペテロも、みんな疲れ切ってる。ひと休みしてから、改めて聞いても遅くないだろう。

 チャンスを見て、なんとかしてことの真相を追究しなくちゃならない。


 俺は、勇者でも何でもないし、この世界を救うなんてできねーが。

 健司が、なにか失敗をやらかしたのなら、兄としてその失敗の埋め合わせをしなければならないはずだ。

 ―――健司。おまえ、なんで自殺したんだ?

 改めて、心の中で呼びかける。

 ―――おまえが邪神ブラークルを解放したって、どういう意味なんだ?

 謎は深まるばかりだ。




俺は、教会内にあてがわれた部屋のベッドでひとり、横になっている。

 あのとき、エリヤを倒そうと、俺は無我夢中だった。

 宝珠を使えるかどうかなんて、考えもしてなかった。

 それでなのか?

 それで、宝珠は俺に力を貸してくれたのか?

 エリヤの、しつこい笑い声に理性が吹っ飛んでしまった。

 アスリア王女を支配する、なんて言葉に、我慢の限界が来てしまった。


「YO! 悩んでるかい、青年!」

 聞き慣れた声に頭をもたげると、ベッドのわきでエメット神が、ニタリニタリ笑って立っているのであった。俺は、いままで感じた以上の疲れと、徒労感でぐったりくるのを感じた。

「ほっといてくれ。疲れてるんだよ!」


 声が割れているのを感じる。エメット神は、かかかっと笑って、

「いやー、エリヤを倒したあの手腕。なかなかのもんだったYO! この調子で、聖剣ジェマイルをゲットして、邪神ブラークルを倒してくれたまえ!」

「なんども言うが、なんで自分でやらねーんだよ!」

 俺は、思わず枕を投げつけた。


 枕は、エメット神の顔にしたたかぶつかったが、彼女は蚊にさされたみたいな顔のままだ。

「いけない子だねー、神さまを敬わないなんて。キミだから許すけど、ラハブに知られたら殺されるYO!」

「だけど、ラハブには出ないんだろ。わかってるさ。なんてったって、俺は選ばれた勇者だもんな!」

 すると、エメット神は真顔になった。まるで今まで、バカっぽい神さまだったのが、別人みたいな威厳のある顔になっている。


「少年よ、聞きなさい。あなたの偉大な業績を」

 唐突な変化に驚いていると、

「おまえのおかげで、呪われた生から解放された。感謝してる」

 突然、背後で、聞き覚えのある声がした。振り返ると。

「エリヤ……」

 いまはすっかり、落ち着いた理性的な上級親衛隊としてのエリヤの姿が、そこにあった。

(え? どゆこと?)


予想だにしていなかった展開に、思わず俺はしゃきーんと身構える。

 それを受けてエメット神は、少し居住まいを正した。顔つきはおごそかで、壮麗なまでに美しかった。俺は、驚きとともに怖れを感じた。エメット神は、バカなフリをしていただけだったのだ。ほんとうは、とても恐ろしい、だが優しい女神―――いや、神だった。


 エメット神は、身構える俺に、そっと立ちふさがった。神々しさが放たれている。

「やはり勇者ともなると、反応も早いですのね。あなたはわたしの誇りで自慢ですわ」

「……どうしてエリヤがここにいる?」

 おだてたってムダだ。エリヤは敵じゃねーのか。やっぱりエメット神は、俺を使って遊んでやがるのか?


 誇りだの自慢だのと言われりゃ、そりゃうれしいが、【禁断の木の実】を食べて背信行為をしたエリヤは、とうぜん地獄行きだと思っていた。

 だけど、それがなんで、ここに現れてくるんだ?

 エリヤは、かすかに微笑している。敵意はない。あざけり、徹底的に見下していたあの態度もなくなっている。まるで別人だ。

 しばらく理由を考えて、―――ふと、気づいた。

(もしかして、最後のあの瞬間……)

最後の瞬間に、エリヤはげほげほ言っていた。

 痰を吐き捨てて、苦しんでいた。


 よくよく考えてみれば、吐き捨てたのは、痰だけじゃなかったのかもしれない。

(【禁断の木の実】を吐いたのか。だから、死んでしまったのか)

 ひょっとすると、【禁断の木の実】は、永遠の命と引き替えに、死霊のように生きる、呪われた生活を送るような木の実なのかもしれない。

 エメット神は、むちゃくちゃで理屈に合わないことはけっこうやるみたいだけど、大切なことは筋が通ってる。


 たとえば、俺が冒険を進めていくうちに、健司の自殺の秘密を解くというところは、まったくそのとおりだった。邪神ブラークルを解放したなんて、新たな謎も出てきたけれど。

 しかし、それほど危険な【禁断の木の実】が、なぜ西方教会にあったのか?

 呪われた生を生きるような果物を、教会が管理するなんて、理屈に合わない。

 エメット神の気まぐれなのか?

 そこまで考えたとき、エメット神が優しく声をかけてきた。





「勇者義也くん。きみはなぜ、宝珠を使いこなせなかったのか、いまだにわかっていないようだね?」

「え?」

 次々と、疑問がわいてくる上に、いままで不完全燃焼だった疑問が、改めてわいて出た。

 そもそも宝珠を使おうとしたのは、相手が強すぎると思ったからなんだけど―――。

 エリヤの死と、宝珠の力との間に、なにか関係があるのか?


 エメット神は、上級親衛隊長を振り返った。その顔には、勝利感のようなものがにじんでいる。

「エリヤくん。エリヤくんは、自分が宝珠の力に屈したと思っているのかな?」

 その顔に、エリヤはかすかに首を振った。

「コイツには、多くの味方がいた。コイツを慕うラハブやデリラ―――」

「ラハブが? ありえねー」

「話を最後まで聞け! ペテロやパウロ、そして……、愛しいアスリア王女」

 エリヤは、顔をしかめた。

「みんな、おまえをフォローし、団結し、一つの目標に向けて戦っていた……。俺様を倒す、という目標に向けて」


「―――それが?」

 エリヤは、キッと俺をにらみつけた。そして、激しい口調で、

「キサマが宝珠だけの力に頼ったのなら、俺様にも勝機があったんだ。エメット神は、道具に頼らぬ、『人間としての強さ』を、キサマを通じて俺様に教えてくれたのだ。最後になって俺様にはわかった。コイツこそ、聖剣ジェマイルにふさわしい、真の勇者だと」



「う……」

 たしかに、宝珠は言うことを聞いてくれないことの方が多かった。

 どうしても、ムリだと思って、あきらめかけたこともある。

 でも、俺が真の勇者だって?

 まさか、そんなことはありえねーぜ。



「キサマは、宝珠をアテにしなかった。むしろ、自分の正義の怒りを、直接俺様にぶつけてきた。俺様は、自分の技量と【禁断の木の実】の効力におぼれ、剣を使うことすら思いつかなかった。シロウト相手に、そこまでしなくていいだろうと……。上級親衛隊長として、余裕ぶっこいていたのが間違いだった。だが、かえってそれでよかったのだ。俺様は、自分の間違いに、死の直前に気づいた。最後にキサマを、落下する瓦礫から押し出したのは、この俺様だ」



「―――!」

「勇者義也よ。宝珠に振り回されず、その道具のおまけにもならず、それを乗り越えて力を放つ。おまえは、ただものじゃない。エメット神よ、だから、聖剣ジェマイルのありかを、教えてやってくれないか」

 エリヤのことばに、俺は呆然としていた。いつの間にか、ベッドから立ち上がってしまった。

「勇者義也くん。聖剣ジェマイルは、アララト山に隠されています」


 エメット神は、神々しい口調で言った。

「一刻も早くそれを取り戻し、宝珠を柄にセットして、邪神ブラークルを封じるのです!」

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