エリヤ親衛隊長登場、上から目線だな!
夕日が傾いているためなのか、あるいは森が深くなっているためなのか、だんだんあたりが暗くなってきていた。
心臓がバクバクしてきた。ラハブは剣を抜き払い、警戒を解こうともしない。デリラは、
「ご主人さまをお守りするのよ。ご命令があれば、いつでも【ターン・アンデッド】を発動させるわ」
とかなんとか、ブツブツ言っている。
「ご主人さま? だれだそれは」
ラハブが聞きとがめると、
「もちろん、勇者義也さまです!」
元気よく、デリラが答える。
「おまえは、エメット神に仕えるシスター見習いだろう? 二君に仕えるのは、間違ってる」 ラハブはしかめっ面になる。
「勇者義也さまは、神の使いです。彼を通して、エメット神をあがめているのです!」
デリラは、へりくつをこねている。ラハブは、ケッとあざけった。
「どうせ勇者健司とおなじように、邪神ブラークルの前に敗北するんだろうよ!」
「なんだと!」
俺は、カチンとして言った。
「弟がブラークルに負けたってのか。だからって俺まで負けるわけがない!」
「怒れ怒れ」
ラハブは冷酷なほどに、淡々としていた。
「邪神ブラークルがどんなヤツなのか、だれも知らないんだ。救世主ジェスさまさえ一度殺してるほどの存在だ。まともに戦って勝てるもんか」
ラハブは、顔をゆがめている。
「この島は、ブラークルの支配圏にあるのかい」
喧嘩をしたくなかったので、俺は話を変えた。
「ずいぶん、静かじゃねーかよ」
「この近辺は、数十尋にいたるまで、島はひとつもないんだよ」
つーんと顔をそむけ、怒ったように答えた。
「この島は、ブラークルの拠点への、門にあたる。その門をくぐり、最初の教会が西方教会なんだ。敵地にあって、唯一、人々のこころに灯りをともす最後の砦なのだ」
「そうですわ、ご主人さま。文献では、身の毛もよだつ新種のモンスターたちが、ここから先、ウヨウヨいるって話です」
「畜生」
俺は、落ち葉を蹴り飛ばした。
「なんで俺たちが、邪神ブラークルを封じなけりゃならねーんだ? そりゃ、叔父さんの国王が、アスリア王女を嫌ったのはわかる。正当な世継ぎなんだしな。だが、旅に出るなんて、逃げてるのと同じだ」
かわいいけど、逃げてばかりいるのが気にかかる。モンスターと交渉しようとしたり、常識のないところも気になる。ダイエットしなくてもじゅうぶん痩せてると思う。
「そんなことより、新手のモンスターが出たら、名前を付けちゃいましょうよ」
デリラは、どこまでもお気楽である。ラハブは少し頬を痙攣させて、
「デリラはストロベリーのことを、ズルイ実なんて名付けるヤツだからな。ネーミングセンスは破壊的だ」
「パウロ叔父さんは、毒ナスのことをオタンコナスって名付けてるよ」
「しょーもねーなー」
そのとき、森の奥からなにかが現れた。がさごそと、枯れた木が揺れて、藪のなかからあらわれた人物を見て、ラハブはハッと息を呑んだ。
「エリヤさま。ごぶさたしてます」
さっとひざまずく。デリラは平伏した。俺は突っ立ったままだった。
相手は、親衛隊を派生させたエンブレムの鎧を着た無精髭の中年の男だった。顔色が悪く、たったいま、亡霊を見たような表情をしている。
「お、おうラハブか……、こんなところで遭うとはな。アスリア王女は、無事か」
「は、『ギデオン号』でおやすみです」
「ここへ、何しに来た。ここはネルビア国領最西端の地だぞ。よりにもよって、こんな時期に来るなんて。ここにはモンスターもいる。こんなところにいつまでもいないで、さっさと引き上げたまえ!」
エリヤは、かなり上から目線で、怒鳴るように命令した。ラハブはキッとにらみつける。向こうにも言い分はあるだろうが、こっちだってやるべきことがあるんだ。やりたくないけどさ。という目つきだ。喧嘩になるかも。
「あのさ……」
俺は、その三十代ぐらいのおじさんをながめた。エリヤと呼ばれた男は、まったく俺に気づいていないようだ。ずっとラハブに注意を向けている。俺はなにか? 虫けらか?
「あのお、あんただれ」
「うむ?! ……って、お、ふむ?」
エリヤは怒った顔で振り向き、すぐに面食らって取り繕った。
「き、きさまはだれだ? 西方教会に、なにか用があるのか?」
ラハブが脇でフォローを入れた。
「この方は、鈴木義也さま。本来なら、パウロさまも同行するべきなのでしょうが、アスリアさまをお守りしたいと言うことなので、置いてきました」
「も、もしやきさま、モンスターか!」
「な?」
今度は、いきなり剣をシャリーンと抜き払い、俺の首筋にピタリとあてた。
なんじゃこりゃ。俺はここでは、勇者じゃなかったのか?
「えーと、その……」
自分で勇者を名乗るのも、なんだかなーって気もするので、もごもごやっていると、
「違う! 違うんですエリヤさま、この人はいい人です。我々は『ギデオン号』に乗って旅をしています。この人はその旅の途中で、アスリア王女を救ってくださいました」
親衛隊長がかしこまっている。もしかしてエリヤって、ラハブより偉い人? 逆らったらヤバいかな?
エリヤは、フーッと息をついた。
「ん。うむ、そうか。では、サウル国王からの勅命で、聖剣ジェマイルを探しているのは、おまえたちのことだったのか」
俺は勅命を受けたわけじゃ、ないのだが。エリヤにとっては、同じようなものなのだろう。
それにしても、ラハブが俺をかばうとは。俺としては意外としか思えない。いつも突っかかってきてばかりいたのに。
エリヤのほうは、少しバツがわるそうにソワソワしていた。
「そ、それは俺様が悪かったな。そういうことなら、西方教会に案内しなければならんな」
「お水と食料とおやつがあるといいな!」
デリラは、目を輝かせている。
「教会に案内しよう。こちらへ来たまえ」
少し考えに沈んでいるエリヤと、笑顔一杯のデリラ、そして、顔を伏せて表情の読めないラハブといっしょに、俺は西方教会に向かっていった。




