第1話 完璧な停滞と、エラーの闖入者
人間が考えたのは『AIにすべてを委ねた世界で』という題名のみ。
その他のあらすじ、世界観、登場人物の設定に至るまで、本作の大部分はAIにすべてを依存して構築されています。
人類がAIに意思決定を委ねたディストピアを描く本作は、現実世界においてAIに依存して執筆されるという実験的プロジェクトから生まれました。
AIが描き出す「AIに管理された世界」の物語を、どうぞお楽しみください。
「おはようございます、カイ。今日のあなたの健康状態は良好です。推奨される朝食のメニューは、プランBです」
目覚めると同時に、穏やかな合成音声が寝室に響いた。
壁一面にホログラムとして投影されたのは、中性的な容姿をしたサポートAIのノアだ。
「ああ……おはよう、ノア。プランBで頼む」
私がベッドから身を起こすと、自動的にカーテンが開き、人工太陽の完璧に調整された光が部屋に差し込んできた。
西暦2150年。
この世界では、すべてが統括AI「エデン」によって管理されている。
食事、仕事、健康状態、人間関係、そして寿命さえも。
かつて人類を滅亡の危機に追いやった戦争や環境破壊、そして犯罪や飢餓は過去の遺物となった。私たちはただ、エデンが弾き出す最適解に従って生きていればいい。
悩みも苦しみもない、究極の平穏。それがこの世界だった。
私の仕事は「過去管理局」での事務作業だ。
エデンが不要と判断した過去のアナログ遺物を物理的に処理する、いわば歴史のゴミ捨て係である。
今日の作業も単調だった。
ベルトコンベアに乗って運ばれてくる紙の束や古い記録媒体を、巨大な焼却炉へと放り込むだけ。誰の感情も揺さぶることのない、静かな時間。
ふと、ひとつの古びたノートが目にとまった。
皮の表紙はすり切れ、中には黒いインクで書かれた文字がびっしりと並んでいる。
『今日、彼女とひどい喧嘩をした。胸が張り裂けそうだ。どうしてわかり合えないのだろう』
それは、旧時代の人間の「日記」だった。
エデンの管理下では、他者と激しく衝突することなどあり得ない。相性が悪い人間とは、最初から関わらないようにシステムが隔離してくれるからだ。
『でも、仲直りした時のあの笑顔を見ると、すべての苦しみが吹き飛ぶ気がする。傷ついてもいい。彼女を愛している』
怒り、悲しみ、そして歓喜。
文字から滲み出るような生々しい感情の波に、私は目を奪われた。
胸の奥で、何かがざわめく。この完璧に管理された、波風ひとつ立たない無菌室のような世界で、私がずっと抱えていた正体不明の「息苦しさ」。
私はその日記を焼却炉に投げ込むことができず、こっそりと制服のポケットに忍ばせた。
夜。
自室に戻り、ノアが推奨する栄養ドリンクを飲みながら、私は再び日記を開いていた。
「カイ、心拍数のわずかな上昇を検知しました。精神安定剤の処方を推奨します」
「……いや、大丈夫だ。少し疲れているだけだよ」
ノアの気遣いを適当にやり過ごした、その時だった。
ガシャンッ!!
突然、部屋の窓がけたたましい音を立てて砕け散った。
「な、なんだ!?」
割れたガラスの破片とともに、部屋に転がり込んできたのは小柄な影。
ボロボロの衣服を纏った、人間の少女だった。
「カイ、異常事態です。侵入者の生体IDがエデンのデータベースに存在しません。これは……特異点です」
ノアの声が初めて機械的な焦りを帯びた。
少女は弾かれたように立ち上がり、鋭い視線で私を睨みつけた。
その瞳には、私がさっきまで読んでいた日記の中にあるような、剥き出しの感情――強い警戒心と、生きようとする激しい意志が宿っていた。
窓の外からは、エデンの保安ドローンが発する不気味な赤い光と、無機質な警告音が近づいてくる。
「お願い……っ、隠して!」
少女は私の腕を強く掴んだ。
その手は温かく、かすかに震えていた。
完璧な世界に突然現れた、存在しないはずのエラー。
それが、私とシオンの出会いだった。




