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エピローグ~痕~

 

 彼らが到着した頃には、すべてが終わっていた。


 風が吹き抜けるたび、焦げた土とむせ返るような血の匂いが鼻を突く。

 ヒヒイロの村外れの森は、文字通り地図から消し飛んでいた。

 なぎ倒された大木、無数に穿たれた大地。そしてその中心に横たわる、巨大で醜悪な「肉の塊」。


「……どうですか、ヴィルグリム博士」


 惨状を見下ろす崖の上で、黒髪に赤のメッシュを入れた精悍な青年──警察騎士のクラウスが、鋭い声を落とした。


「う~ん……」


 彼の視線の先では、ボサボサの白髪と白い髭に覆われた小柄な老人が、死体の傍にしゃがみ込んでいる。

 ヴィルグリム博士と呼ばれたその老人は、手にした木の枝で、ブヨブヨとした肉塊をツンツンとつつきながら首をひねっていた。


「……博士?」


 クラウスが苛立ち混じりに急かすが、ヴィルグリムは一向に真面目な顔つきにならない。


「うーーーーん。すまん、やっぱわからんわい」


 ヴィルグリムは木の枝を放り捨てると、よっこらしょと腰を叩きながら立ち上がった。


「……博士。冗談はやめてください。俺たちは一体なんのためにここに来たと思っているのですか」


 クラウスの眉間に深いシワが刻まれる。真面目すぎる彼にとって、この軽薄な老人の態度は常に頭痛の種だった。


「いやぁ、分からんもんは分からんじゃろ。頑張ったけど、ダメじゃった。すまんね」


「おいジジイ。そんなわけがないだろう。これを見て何も分からないだと──!?」


 へらへらと笑うヴィルグリムに、クラウスはたまらず声を荒げた。

 手袋に包まれた手を大きく振りかざし、目の前に広がる異常な光景を指し示す。


「確かに、通報にあった魔物が既に討伐されていたのはよかった。我々警察騎士の調査が遅れてしまった事は痛恨だが、住民に被害が出ていないというのも良い。解決してくれたフリーの研究家とやらには感謝状を贈りたい気分だ! だが!」


 クラウスの語気が強まる。彼の赤いメッシュが、怒りのように風に揺れた。


「一体この戦いの後はなんだ!? この死体も含め、普通の魔物との戦闘とは思えん……まるでクレーターだ」


 見渡す限りの破壊の痕跡。

 それは、ドーラ王国が保有する戦艦の主砲でも撃たない限り到底作り出せない規模の惨状だった。


「しかしのぉ。こんな魔物初めて見るぞい? っていうかほんとに魔物かこれー?」


 クラウスの怒りなどどこ吹く風で、ヴィルグリムは再び死体の周りをうろうろと歩き回り始めた。

 焼け焦げ、原形を留めていない部分も多いが、残った部位だけでも明らかに異常だ。ホロウガルムの毛、サイクロプスの体表、僅かに残っている粘液のようなものは、カルネナリアだろうか……本来交わるはずのない生物の特徴が、無秩序に混ざり合っている。


「こんな異形の動物がいるんだとしたら、載っている図鑑を見せて欲しいものだな」


 クラウスは嫌悪感を隠さずに吐き捨てた。


「色んな魔物をツギハギしたような感じじゃなぁ……不気味っつーのか悪趣味っつーのか」


「誰かが工作のように魔物をくっつけたとでも言いたいのか? 世迷い事はあんたの書く論文くらいにして欲しい物だな」


「ひどいのぉ~クラウス。自慢じゃないがワシの研究って結構お金になるのよ……?」


 軽口を叩きながら、ヴィルグリムが髭を撫でる。

 クラウスは呆れたように深くため息をつき、自ら死体へと歩み寄った。


「世の中のバグだな全く……ん?」


 ふと、クラウスの足が止まる。

 分厚い獣の毛皮がひび割れ、不自然にめくれ上がっている箇所。その奥に、何か人工的な直線の痕跡が見えた。


「どしたー?」


「……博士、見ろ」


 クラウスは革手袋の指先で、ホロウガルムの剛毛を乱暴に払いのけた。


「おおん? ……ホロウガルムの毛に隠れて、なんじゃこれ」


 覗き込んだヴィルグリムの目が、ボサボサの髪の隙間からわずかに見開かれる。


「……数字だ」


 クラウスの声が、一気に数度冷え込んだ。

 めくれた皮膚の裏側。そこには、赤黒いインクか焼印のようなもので、無機質な『数字』がくっきりと刻み込まれていたのだ。

 それが自然発生したものでないことは、誰の目にも明らかだった。


「ほーぅ」


 ヴィルグリムの口から、先ほどまでの軽薄さが消え、微かな感嘆が漏れる。


「……」


 クラウスは言葉を失い、その数字を睨みつけた。

 誰かが意図的に魔物を繋ぎ合わせ、生み出した兵器。それが事実だとしたら、この事件は単なる魔物の討伐案件などではない。

 国家を揺るがすような、途方もない闇の入り口だ。


「んで? 誰の推理が世迷い事じゃって?」


 沈黙を破ったのは、再びいつものへらへらとした笑いを浮かべたヴィルグリムの茶化すような声だった。


「……フッ。なるほど」


 クラウスは鼻で自嘲するように笑うと、険しい顔つきのまま立ち上がった。

 吹き抜ける風が、先ほどよりもずっと冷たく感じられる。


「全く、これは悪趣味だな」


 警察騎士と変人学者は、無言で不気味な肉塊を見下ろした。

 ヒヒイロの村の事件は終わった。

 だが、本当の悪夢はここから始まるのだと、その数字は静かに告げているのだった。






第一部はここまで…!次回、王都博覧会編になります。

皆様の評価や感想がSK3のエサになりますのでどうか…

今後ともよろしくお願いします!!!!

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