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35.化け物と青年・その2

 

「ウォオオ……ッァアアア!!!!」


 激怒した化け物が、大地を粉砕する勢いで飛び掛かってくる。


 その巨体からは想像もつかないほどの速度だった。

 踏み込んだ瞬間に湿った土が爆ぜ、衝撃で周囲の木々が激しく揺れる。


 アルスとエスカはほぼ同時に反応し、互いに反対方向へ駆けることでその突進を紙一重で回避する。

 空を裂いた化け物の巨腕が、背後の大木を無残に叩き潰した。


 破壊の余波の中、化け物の輪郭が不気味な陽炎のように揺らめいた。

 消えた――と錯覚した次の瞬間には、物理法則を無視してまた別の場所へ現れる。


「ホロウガルムの魔法を使うんだ……でも、使い切れてない……!」


 距離を取りながらアルスが呟いた。

 額にはべっとりと脂汗が滲んでいる。


 もしこの巨体が、完全なホロウガルムのように完全に景色へ溶け込めるのなら、その時点で勝負は終わっている。

 少なくとも、ツギハギゆえの『不完全さ』だけが、二人の命を繋ぐ唯一の救いだった。


「アルス、これ持ってて!」


 土煙の中から、エスカがきらりと光る物を投げてよこした。

 それは、ヒヒイロに来た時にアルスが渡した銀の指輪だった。魔力干渉を引き起こすこれを持っていては、エスカの魔機が正常に作動しない。

 アルスは無言で頷いてそれを受け取り、ポーチの奥底へ押し込んだ。


「それで!? あんたはどうやって戦うの!?」


 大木の陰へ滑り込んだエスカが、鋭い声を飛ばす。


「それはもちろんこれだよ……!!」


 アルスは肩から下げたポーチを乱暴に漁り、無骨な一丁の銃を引き抜いた。


 魔力ではなく、純粋に科学の力で動くテーザーガン。

 銀の影響を受けずに作動する、アルスの頼れる護身道具だ。


「それぇッ!!」


 真っ直ぐに構えて引き金を引けば、銃口が青白く発光する。


 次の瞬間、放電用カートリッジが撃ち出され、化け物の分厚い胸部へ深く突き刺さった。

 直後、数万ボルトの激しい電流が巨体の全身を駆け巡る。


 紫電が白銀の毛皮を這い回り、大気が焦げ臭い匂いを立てて弾けた。

 本来なら、成人男性でも一瞬で泡を吹いて昏倒するほどの威力。


 だが――


「あれぇ~!?」


「ウォオオオッーーーーー──!!!!」


 化け物は怯むどころか、むしろ電流の痛みを怒りへと変換させたかのように咆哮した。

 青白い電撃を纏ったまま太い腕を薙ぎ払い、その一撃で周囲の木々がまとめてなぎ倒される。


「ちょおおお!! なにやってんの!!」


「ごめん! 無理そう!!」


「も~~!! 射出の魔機(ボルトシュート)! 起動(アウェイクン)!」


 エスカが舌打ちをしながら腕の魔機を構える。

 短いキーワードに応えて射出されたナイフが、一直線に化け物の眼球へ向かった。


 しかしそれは、甲高い金属音と共に空中で弾き飛ばされてしまう。


「きゃっ、なに!?」


 突風のような空気の揺らぎ。

 化け物の周囲に展開された見えない壁が、物理攻撃を完全に阻んでいたのだ。


「サイクロプスの魔法だ! 声の壁だよ!」


「声の壁!?」


「声で膜みたいな壁を作って身を守るんだ! 連続では使えないはずだから、今なら狙える!」


「オーケー、それじゃもういっちょ、射出の魔機(ボルトシュート)!」


 間髪入れず、二投目のナイフが放たれる。

 今度は見えない壁の再展開が間に合わない。

 鋭利な刃が、化け物の太い脚へ深々と突き刺さった。


「ォオオオ!!」


 明らかな痛覚を伴う攻撃を連続で受け、苦悶の咆哮を上げた化け物は半狂乱となり、のたうち回る。


「ちょっと……なになになに?」


 それを見たエスカの顔が、恐怖に引き攣った。

 化け物の広い背中が、内側から不自然にボコボコと膨れ上がっていたのだ。


 肉が蠢き、皮膚が裂け、そこから新たな『腕』がグチャリと生え出してくる。

 血と体液を撒き散らしながら現れた真新しい異形の腕は、そのままの勢いでエスカの頭上へ叩き付けられた。


「やっ……!!」


 エスカは咄嗟に、腰の鉄剣を抜いて盾代わりに構える。


 激突。


 まるで全力で走る荷馬車に撥ね飛ばされたような、圧倒的な暴力。

 彼女の華奢な身体は木の葉のように吹き飛ばされ、硬い地面を何度も転がる。


 だが、傭兵としての本能で受け身だけは辛うじて成功していた。

 どこかを深く切ったのか、額から派手に血が垂れ流れるが、エスカは即座に立ち上がる。


「……やっば」


 息を呑んだ。


 盾代わりにしたはずの鉄剣が、ぐにゃりと『へ』の字に曲がり果てていた。


 戦場を潜り抜けてきた、頑強な鉄剣だ。

 決して脆い代物ではないのに、まるで熱せられた飴細工のようにひしゃげている。


 恐らく今の衝撃で、腕か肋骨にヒビが入っただろう。小さく咳き込むと、胸の奥を直接ハンマーで殴られたかのような鈍い激痛が走った。


「エスカさん!!」


 容赦なく、化け物の新たな腕がエスカへ向けて再び振り下ろされる。

 体勢を崩した今、絶対に避け切れない。


「っ……!!」


 エスカが死を覚悟し、目を強く閉じた――。

 刹那。それよりも先に、アルスが地を蹴って駆けていた。


 化け物の背後から死角を突き、その巨大な質量へ一気に肉薄する。


 心臓が喉から飛び出そうなくらいに暴れている。

 一歩間違えれば、あの太い脚で蹴り潰されて即死する距離。


 それでも、アルスは止まらない。

 手に持ったテーザーガンを、化け物の脚の関節へ力任せに押し当てた。


 ほぼゼロ距離で──


「こん……っのおおおおお!!!!」


 残された全てのカートリッジを、至近距離から一気に叩き込む。

 火花が散り、強烈な電撃が一斉に炸裂すると、今度こそ化け物の巨体がビクンと硬直し、その動きが僅かに止まった。


 ほんの一瞬の空白。

 だがその隙を見逃さず、エスカは転がるようにその場を離脱する。

 直後、空を切った剛腕が地面を粉砕し、彼女が先ほどまでいた場所から土と石が爆発的に飛び散った。


「はぁっ、はっ……ごめん! ありがと!」


「大丈夫!?」


 土埃に塗れ、荒い呼吸を交わしながら、二人は再び化け物と対峙する。


 しかし、状況は最悪だ。


 電撃で怯みはする。

 どうやら痛覚もあるらしい。


 だが、倒れる気配がまるでない。

 むしろ傷付くたびに、血の匂いに酔ったように暴れ方が激しさを増している。


「……もう、倒すしかないわね」


 血が滴る額を拭い、エスカが息を整えながら呟く。


「そう、かも」


 アルスも、弾切れになった重い銃をポーチにしまって苦い顔で頷いた。

 逃げ切れる保証がない以上、ここで決着をつけるしかない。


「アルス、もう一度あいつの動きを止められる? 少しで良いから」


「……なんとかできるって事?」


「なんとか、する」


 エスカの目は真剣だった。

 命を賭ける、本物の傭兵の目だ。


 アルスは一瞬だけ迷い――力強く頷く。


 テーザーガンはもうない。

 ならばと、虎の子を使うと決めたアルスは、ポーチの奥からピンのついた手榴弾を取り出した。


「目を閉じて!!」


 アルスは腕を大きく振りかぶりながら絶叫する。

 その合図を信じ、エスカは躊躇なく両目を伏せた。


「光れ──!!!!」


 放物線を描いて投げられた魔機が、化け物の眼球の真ん前で炸裂する。


 凄まじい閃光。

 そして耳を裂くような爆音。


 アルスの投げた閃光手榴弾により、暗い森全体が真昼のように白く染め上げられた。


「サイクロプスは目が良いんだ。視力は人間の十倍から十五倍。紫外線すら視認できるって言われてる。でもその代わり──」


 光が収まり、視界が戻る。

 化け物は目を押さえ、狂ったように暴れ回っていた。

 見えない恐怖から巨大な腕をでたらめに振り回し、木々をなぎ倒しながら苦悶の咆哮を上げる。


 その目は完全に視界を失い、焦点が合っていない。

 目の前にいるアルスたちを、全く捉えられていなかった。


「──光に弱い!」


「ご高説どーもっ!」


 確かな希望に満ちた声で、エスカが叫ぶ。

 曲がった鉄剣を投げ捨てた彼女の手には、無骨な筒状の魔機が握られていた。


 その姿を見て、アルスは目を見張る。

 間違いない、王都のマジックショップで見た、あの年代物の古い魔機だ。


 エスカはそれを滑らかな動作で手の中で回転させ、グリップをしっかりと握り込む。

 そして、深く息を吸い込んだ。


「『炎舞、たおやかに』」


 それは、現代の短いキーワードとは全く異なる響きだった。


 長い。

 古い。

 まるで、神話の神に祈りを捧げるかのような、重厚な詠唱。


「『いざ豊かなる心育みし時──』」


 淀みなく紡がれるエスカの声色は、どこまでも凛としていて。


 かつて声帯認証技術が未熟だった、血生臭い戦争時代。

 敵軍による鹵獲と悪用を防ぐため、旧式魔機にはわざと複雑で長い詠唱が必要とされていたという。

 その歴史の重みが、彼女の言葉に乗る。


「『奮い立て』!!」


 カチン、と。


 筒の内部で、分厚い歯車が重く噛み合う音が響いた。

 直後。


 筒の先端から、太陽の破片のような灼熱の炎が爆発的に噴き出す。

 豪音と共に燃え上がる赤橙の光が、暗い森の闇を焼き尽くし、二人を鮮やかに照らし出した。


「バリアブルソード!!」


 かくして、荒れ狂う炎は一本の『剣』の形へと収束し、エスカの手に顕現した。



蛇足の魔機解説~バリアブルソード~

現代から数十年前の戦争時代、大体エスカの祖父の時代に作られた軍用魔機。

見た目は揺らめく炎の剣だがキーワードに応えて様々な形に変化し、遠・中・近距離を問わずに活躍した。

魔機で出していい火力の法律が定まっていなかったため、現代からしても中々に出力がバグっており、軽い装甲車程度ならレーザー兵器のように焼き切ってしまう。

歩兵が兵器に勝てる武装として一時期注目されたが、その製造コストと使用時の圧倒的な事故発生率を鑑みて、結局量産はされなかった。

現代では傭兵や警察騎士が使う「重量魔機」にカテゴライズされており、魔機使用免許二類を取得する事によって携行及び緊急時の使用が許可される。


エスカは戦争に参加していた祖父の遺品からこれを見つけ、今日まで使用しているようだ。

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