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26.おもてなしと青年


「そうだ、二人にこれ渡しておくね」


 研究日誌を閉じたアルスは、そのまま机の端に置いていた鞄へ手を伸ばした。革鞄の留め具を外し、中をがさごそと探る。


 やがてアルスは、小さな布包みを二つ取り出した。


「あん? これってお前……」


 それを見た瞬間、ガーディールは眉をひそめる。見覚えがあった。ヒヒイロに来る前、営業活動と称した活動の結果怪しげな宗教家たちに囲まれ、半ば押し売りされる形でアルスが購入していた代物だ。


「なにこれ?」


 エスカは包みを受け取り、中から現れた首飾りをまじまじと見つめた。

 銀色の細工は決して豪奢なものではない。簡素な輪と鎖だけで構成された、どちらかと言えば質素な装飾品だ。


「これは、銀で作られた指輪。銀は反魔導体……つまり魔法をある程度弾く性質があるから、リリスの魔法対策になるんだ」


 そう説明しながら、アルスは半ば押し付けるように二人へ首飾りを渡した。


 エスカは戸惑い気味にそれを受け取り、指先で重さを確かめる。

 一方ガーディールは、感心したような呆れたような顔で肩をすくめた。


「お前コレ、持ってきてたのかよ。まさか有効活用できるもんだったとは……わかんねぇもんだな」


「ほんとに銀じゃない。高いのに二つもよく買えたわね」


 エスカは疑わしげな目を向けながら、銀細工をくるくると手の中で転がした。

 その質感を確かめるように爪先で軽く叩き、光を透かして眺める。


 アルスはそんな視線を受け、わずかに苦笑した。


 アルスが二つも購入できたのは今買えばもう一つ無料だったからだ。

 いかにも胡散臭い売り文句ではあったが、少なくとも素材自体は本物の銀なので問題はない。


 もし疑うなら、この場で澱みの検査(ディテクト)を使って証明する事だってできる。


 銀のような反魔導体は魔力そのものを拒絶する。

 魔機で検査をかければ、「アンノウン」──検査不能の表示が出る。それが本物の証拠だった。


「銀素材なのに安いじゃーんって思ったからそれだけ買っちゃったんだよね。しかも今なら二つついて来るっていうし」


 アルスが照れくさそうに笑うと、ガーディールは額を押さえ、深いため息を吐いていた。


「まぁありがたいけれど……いざとなったら捨てても良い? これ」


「あ? なんでだよもったいねぇ」


「……魔機使いよ、あたし。反魔導体なんて身に着けてたら何もできなくなるんですけど」


 エスカは半眼で睨みつける。

 魔力を弾く銀は、当然ながら魔機の出力にも干渉する。魔機を扱う者にとっては、防具であると同時に枷にもなり得るのだ。


 そう聞けばガーディールは「あー」と納得したように頭を掻いた。


「もちろん分かってるよ。邪魔になったら捨てていいし、失くしても構わない」


「おっけー。じゃ、もらっとく」


「捨てる時言ってくれよ、俺が拾うから……って、アルス。お前の分はねぇのか?」


「僕の分もあるよ。ほら」


 そう言ってアルスは鞄の奥から自分用の首飾りを取り出した。


 しかし、それを見た瞬間。

 ガーディールの顔が露骨にへの字に曲がる。


「なんか随分汚くねぇか……それちゃんと効果あるんだろうな?」


「……ふ、古いから。効果は変わんない……と思うから」


 アルスは視線を逸らした。

 自分の首飾りは傷だらけで、銀色もくすみ、所々黒ずんでいる。どう見ても長年放置されていた代物だった。


 そんなやり取りをしていた、その時だった。


 コンコン、と。

 静かな部屋に小気味良いノック音が響く。


 三人の視線が自然と扉へ向く。

 宿の女将だろうかと思いながら、アルスは立ち上がり、扉の鍵を開けた。


「はーい、どうぞー」


「あ、あの……失礼します」


「あれ、ミーティアさん」


 扉の向こうに立っていたのは、先ほど気絶したばかりのミーティアだった。


 両手の指先を胸元でつんつんと合わせ、申し訳なさそうに視線を揺らしている。

 少し俯いた姿は、どこか小動物のようにも見えた。


「ミティ? もう大丈夫なの?」


 アルスの肩越しから顔を覗かせたエスカが心配そうに尋ねる。


 ミーティアの顔色はまだ少し青白い。

 けれど、その瞳には先ほどよりちゃんと力が戻っていた。


「う、うん……その、さっきはごめんね。私びっくりしちゃって……」


「いや、あれはあたし達が悪かったというか……な、なにかあたし達に用事?」


「あっえっと、む、村のみんなが……せっかく来てくれた博士様(はくしさま)たちをおもてなししたいって。良かったら……」


 そう言いながら、ミーティアはおずおずとアルスを見上げた。


 その言葉を聞いた瞬間。

 アルスの頭は一瞬真っ白になった。


「おもてなし……? 誰を……????」


「落ち着けアルス。本気で解せねぇ顔するな」


 アルスは本気で意味が分からないという顔をしていた。

 自分を指差しながら、困惑したように首を傾げる。


「だって、僕だよ?」


 アルスの声には心底不思議そうな色が混じっていた。


 研究家として変人扱いされる事には慣れている。

 だが、誰かから歓迎される事には、まるで慣れていなかった。


「言ってて悲しくならねぇかそれ?」


「もっもちろん無理にとは……! その、本当に良かったらで良いので……も、もうみんな張り切っちゃって……準備、進んじゃってますけど……」


 ミーティアはおろおろしながらも、一生懸命言葉を続ける。

 どうやら村人たちは既に準備を始めてしまっているらしい。


 その様子を見た瞬間、アルスの胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。


 歓迎される。

 必要とされる。

 そんな当たり前の事が、自分にはどこか遠い世界の話のように思えていた。


 だからこそ──。


「いやいやいや、そういう事ならご相伴に預からせてください! なんだろう、心の底から嬉しい……!」


 勢いよく首を横に振りながら答えるアルスに、ミーティアはぱっと表情を明るくした。

 安堵したように胸を撫で下ろし、柔らかく微笑む。

 その笑顔につられるように、エスカもガーディも自然と席を立った。


 夜の気配が近づく民宿の廊下へ、三人はミーティアに導かれるように歩き出す。

 窓の外では、群青色に染まり始めた空に、ひとつ、またひとつと星が灯り始めていた。

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