表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/50

18.舞い下りる希望

 


 ブレイズ(首都)から高速飛空艇で約二時間。


 空を埋め尽くしていた飛空艇の往来もとうに途絶え、都市の喧騒はすっかり遠ざかっていた。

 山々に抱かれた温泉郷――ヒヒイロは、未だ魔力エネルギーの普及が十分とは言えず、都市部のような利便性とは無縁の土地だ。その代わり、ここには都会にはない穏やかな時間が流れている。最近も雑誌で「幅広い世代が暮らす活気ある山村」として特集が組まれていたのを、アルスはうっすらと覚えていた。

 本来なら、その言葉通りにのどかな場所のはずだった。


「……誰もいないわね」


 村の入り口に足を踏み入れたエスカが、不安げに声を落とす。その呟きが不気味に響くほど、辺りは死んだように静まり返っていた。


 立ち並ぶ木造の家屋、軒先で風に揺れる洗濯物、道端に無造作に置かれた農具。どこを見ても生々しい生活の痕跡が残っているにもかかわらず、そこにあるはずの「人の気配」だけがごっそりと削り取られている。


「みんないなくなっちゃったの……? まさか、もう手遅れだったんじゃ……」


 みるみる顔面を蒼白にさせ、エスカは祈るように拳を震わせた。


「消えたのは男連中だけって話だったろ。なら他の奴らは家にでも隠れてんじゃねぇか」


 最悪の想像に押し潰されそうになる彼女の肩を、ガーディールがぶっきらぼうに叩いて宥める。


 確かに、得体の知れない脅威が村を徘徊しているのなら、戸締りをして息を潜めている可能性は高い。

 アルスは一つ頷くと、軽く息を吸い込み、腹の底から声を張り上げた。


「すみませーん!! 誰かいませんかー!」


 山に囲まれた静かな村中に、やまびこが虚しく響き渡る。

 数秒の、ひりつくような沈黙。

 やがて――ギィ、と。どこかで重い木の戸が開く乾いた音が聞こえた。それを合図にしたように、ぽつり、ぽつりとあちこちから同じ音が続く。


「僕はアルス! 魔物研究家です! この村の話を聞いて来ました!」


 アルスがさらに声を重ねると、家々の物陰から、住民たちが恐る恐る姿を現し始めた。


 しかし、その誰もが酷く疲弊しきっていた。目の下に濃い隈を作り、互いに怯えた小鳥のように身を寄せ合っている。それでも、他所から来たアルスたちの姿を認めたその顔には、確かな安堵の色が広がっていった。


「研究家様……本当ですか? ブレイズから来てくださったんですか?」

「本当だわ……! みんな! 街から魔物研究家さんが来てくれたわ!」

「研究家様、どうか話を聞いてください! 息子と主人が行方不明に……!」


 一人が声を上げると、それを呼び水にするように女性たちが次々とすがり寄ってくる。事前に聞いていた情報通り、群がる村人の中に男の姿は老若問わず一人として存在していなかった。

 アルスは眉をひそめる。想像していた以上の深刻な異常事態だ。


「えっと、皆さんちょっと落ち着いて……」


 アルスが宥めようとするものの、限界に達していた不安が弾けた彼女たちの喧騒はなかなか収まらない。ガーディールも早々に諦めて肩をすくめている。

 嵐が過ぎるのを待つしかないかと思った、その時だった。


「……エスカ?」


 ざわめきを縫うように、誰かを呼ぶ小さな声が響いた。

 人混みをかき分けて飛び出してきたのは、一人の少女。肩で息をし、今にも泣き出しそうな顔で辺りを見回している。


「エスカ!!」


「ミティ! 会えてよかった!!」


 少女は真っ直ぐにエスカの元へ駆け寄り、縋り付くようにその胸へ飛び込んだ。

 涙ぐみながら固く抱きしめ合う二人を見て、パニックに陥っていた住民たちも少しずつ熱を冷まし、落ち着きを取り戻していく。


「お待たせ、ミティ。ごめん、遅くなったわ」


「そんなことない……っ。ありがとうエスカ。本当に来てくれたんだね……」


「そりゃ来るわよ。どんな手を使ってでも」


 声をつまらせる二人の様子から、どれほど互いを心配し、どれほどの孤独と不安を耐え抜いてきたかが痛いほど伝わってきた。

 アルスは少し離れた場所からその再会を見守っていたが、村の惨状を前にこのまま時間を過ごすわけにもいかない。小さく咳払いをして、慎重に声をかけた。


「えっと、貴方が今回の依頼人ですよね。僕はアルス。ブレイズから来た魔物研究家です」


「あっ、あっ……ご、ごめんなさい! ご挨拶が遅れてしまって……っ! み、ミーティアと申します」


 びくりと肩を跳ねさせた少女――ミーティアは、慌てて深々と頭を下げた。過度の緊張と疲労で今にも倒れそうな様子に、アルスは慌てて手を振る。


「いやいや、そんな畏まらなくても。……でもこの様子を見る限り、事態はかなり切迫してそうですね」


 アルスは改めて周囲の女性たちを見渡した。藁にも縋るような祈りの視線が、一斉に自分へと突き刺さる。

 涙目でこちらを見上げるミーティアに、アルスは真剣な表情で頷いた。


「まずは詳しい話を聞きたいです。数人でいいので、村の代表を決めてもらえますか。現状把握から始めましょう」


「わ、わかりました……! ありがとうございます。本当に……」


 胸元で両手を握りしめ、何度も頭を下げるミーティア。

 魔物の脅威に怯える人々を見るのは初めてではないが、その不安と命運を「専門家」として真正面から引き受けるのは、アルスにとってこれが初めての経験だった。


 肩にのしかかる責任の重さに、静かに息を吐く。

 そして、後ろで様子を見守っていたガーディールと、目元の涙を乱暴に拭ったエスカへ力強く頷いてみせた。


「二人とも行こう。調査開始だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ