優しい笑顔で、私を信じて。
努力なんかに意味は無い、結局重要なのは結果だ。
世界はこんなにも現実的で簡単な事も忘れてしまう。
いつか私は王子を奪われ、婚約者の立場を追われ、追放される。それが結果。
誰にも必要とされない貴族の女は不要、そしてして必要とされる為に賢く立ち回るよう教えてくれたのは他でも無い母である貴女でしたよね。
だからいま、貴女が何を考えているか、私は手に取るようにわかるんです。
(ルージュはまだ子供、自分の置かれている状況を理解していないのね。
なら今は気に入らなくても、そこの子供と敵対するのは悪手・・・養子でも、懐柔すれば・・・)
怒りより冷静に、胆略より緻密に。
マゼンダは周囲を一瞥し、知恵を巡らせながら自分の感情を押さえ冷やす。
貴族が才能が有ったり美形の子供を養子にして、皇室に送り込んだり王宮の執務官に推挙する事は良くある事。
庶民の女は自分の子供ですら貴族に搾取され、そうして貴族国家が成り立っていた。
(家を乗っ取られる恐れがあるなら、外に出して利用すれば良い、少なくとも夫のボルスはそれに近い考えで連れて来たのでしょう・・ね)ふぅ・・
(ならここは公爵の妻として、ふさわしい態度で接するべきでしょうね)
「・・ライル、と言いましたね。あなたには公爵家の者として相応しい振る舞いを期待します。
ルージュ、貴女は新しい弟を『良く見て』上げなさいね」
ライルが余計な事をしないように見張っていなさい、そう釘を刺したマゼンダはゆっくりと立ち上がり、ライルを一瞥し
「私は少し疲れました、グラフ、私は部屋に戻りますから後はよろしくお願いしますよ」
そう言うと母は、美しい微笑を作り部屋を出て行った。
・・・・・・・・・
マゼンダが部屋を出た事でライルに向かっていた敵意はわずかに薄れる、だが重々しい空気は消えず二人の子供を包み込む。
「ルージュ、マゼンダはああ言ったが、そこの子供・・ライルはお前の弟では無い。
あくまでも養子として扱いこの屋敷に住わせるのだ、その事を勘違いしないように」
家族とは違う他人、その線引きをハッキリさせそのように扱いなさいと。
「・・・はい、お父様」
(チッ、やっぱりオヤジは別格か)
貴族の娘として育てられたマゼンダとは違い、家督相続を勝ち抜き公爵になった男の圧力は強く、今の私はただ頷くことしか出来なかった。
「話は以上だ。
ライルにはグラフからこの屋敷の中を説明させるので、ルージュは部屋に戻っていなさい」
「お父様、お屋敷の案内なら私が!」
「ルージュ様、後の事は全てお任せを」
これ以上の反論は無用、そんな空気が部屋を支配し私を襲う。
(・・・ここまでか、)
この二人を今の状態で相手するには不利、そう理解した私は少しだけライルに手を伸ばして弟の指先を少し掴む。
「ライル、お父様達とのお話しが終わったら、また私ともお話ししましょう。ね?」
恐怖で固まった弟を少しでも安心させるように笑顔を作る、それだけで私が掴んだ指が私の指に答えるように握り返して来た。
(オヤジ達に心が折られて、言葉も出せないようにはなるなよ?)
「はい、ルージュお姉ちゃん」
新しい弟は、私にこたえるよう必死に笑顔を作る。
その無理して作った笑い顔を確認し私は「グラフ、私の新しい弟をお願いしますね」そう言葉を残し、追い出されるような空気の中で扉に向かう。
「失礼致しました」部屋の主人である父親に頭を下げ、最後の抵抗としてライルに手を振った。
・・・・・・・・・
本当の友人とは、自分が困窮し本当に困った時に手を差し伸べてくれる人間の事を言うらしい。
だが現実は違う、人が困っている所に近づいてきて『お助けしましょうか?』と笑顔で手を差し伸べる。
そうして相手の心に入り込み、[自分は信用出来る人間]と印象付ける、それは一種の洗脳手段だ。
1度助けられ、相手を信じた人間は、信じた人間を裏切れなくなる。
[相手を信じた自分]を裏切れ無くなる、それが人間。
客観的に見れば詐欺だと理解出来ても当人からすれば、信じた相手が信じている物を
[自分も信じなければ]と考える。
信じれられない自分が悪い、とすら思い込む者もいる。
親に売られるように屋敷に連れて来られたライルからすれば、この屋敷は恐怖の象徴でしか無く、そこにいる大人達も敵にしか見えないだろう。
(窮地で手を差し伸べてくる人間が、善人だけとは限りませんわよ?)
むしろ現実は悪人の方が多い。
信者に取り込もうとする宗教団体の人間、詐欺に引っ掛け騙そうとする者、犯罪に引き込もうとする者。
(あとは、自分が良い事をする事で気持ち良くなる偽善者、クソオ〇ニー野郎だ)




