私、可愛い子犬を拾ったわ。
木の陰に隠れるように横たわる灰色の獣、その獣に寄り添い傷を舐める小さい獣。
「・・・まぁ、記憶どおりだな」
グルルルルル!!!
声を出したルージュを威嚇するように傷付いた獣が立上がる。
「脅かしてすまない、お前達に・・お前の息子にようがあって来た。
すまないがお前の息子を預からせてもらう」
猪に腹を裂かれた獣は私を睨み、小型の獣を庇うように押えるが子犬は母親を庇うように前に飛び出して私に吠えてくる。
「お前のそれはすでに致命傷だ、お前が死ねばその子は害獣として捕えられるだろう。
いずれは私の元に来る事になっているが、それまで酷い時間を過ごす事になるぞ」
そう用意された物、私の所有物になる為に配置された犬。
本来私がこの犬に会うのは3年後、薄汚れ痩せた体で人間に打ち据えられた野良犬だった。
[私]はその惨めな生き物に憐憫を感じたのか、野良犬を小銀貨1枚で買い取り、餌を与え庭師に面倒をさせ屋敷で飼う事になる。私達はそんな関係だ。
「親から狩りを学べず、自然の中で生き残るにはその子犬はまだ幼すぎる。解るだろ」
親犬は吠えるのを止め、私の言葉に耳を立てている。
「まだ死ぬな、ちょっと待ってろ」
私は動く事も出来ない体の犬に背を向け、猪を解体しているセバスの所に戻る。
「お嬢様、一体どこへ・・?」
ルージュは猪の体から心臓を抉り出し、鉈で血管をブチ切って取り、牙を鉈で叩き折り数本を拾う。
「皮は剥いだらその辺の木の枝にぶら下げて置いたらいい、1度に全部持って帰っても処理に困るだけ、本当に私は手伝わねぇからな」
「え・・はい」
怒りも喜びも感じ無い平淡な声、激情と狂楽・狂気の中に生きているような怪物から吐かれた、氷りのような冷たい雰囲気と言葉だった。
(一体、何があった?、この場を少し離れただけだぞ)
他人の犠牲など銅貨1枚ほどの価値も感じ無いお嬢様が・・・
近寄りがたい冷気、激情の怒りとは正反対の氷りのような殺意を、誰に向けている?
去って行くルージュの背に近寄り難いオーラを感じ、それ以上の言葉を無くすセバス。
その視線を感じながら(・・・すまないな)少し冷静になるルージュ。
(そうだった、私は笑った仮面を着けていないとな)
ハハハハハハッ。。。
・・・・・
「お待たせ、まだ大丈夫だよな」笑顔を作り犬達の元に戻る。
親犬はもう私を立上がる事が出来ず、睨むような目で私を見ていた。
「猪は私が倒した、コレが証拠だ」
猪の牙と心臓を放り投げ、親犬の前に転がす。
「仇を伐った、とかは考えちゃいねぇよ。
お前らだって弱肉強食の生き物なんだからな、オレが言いたいのは・・・」
強者である私がお前から子犬を奪う、それを正当な権利と言い放つにはこの場の空気は静か過ぎる。
牙の匂い・心臓の匂いを嗅ぐ親犬、子犬も親の真似をして血の塊のような心臓に鼻を近づける。
親犬は堅い筋肉の塊である心臓を噛み、何度も何度も噛み千切り肉の破片が挽肉・ミンチ肉になるまで噛みつぶしてから子犬の口に顔を近づけた。
親が子に最後に与える餌、それが堅い獣の心臓だった。
何も解らない子犬は意味も解らず、堅く美味くも無い肉を口に流し込まれ困惑し、吐きそうになりながら何度も噛んで飲み込んでいく。
噛む事に疲れたのか、それとも噛む力すら無くなったのか、母犬は最後に子犬の顔を舐め続け、子犬も猪の心臓の血で汚れた母の顔を舐め返す。
・・・・・そして母犬は静かに目を閉じ、子犬の頭に顔を乗せるようにして動かなくなった。
「じゃぁ悪いが」
母犬を動かし、その場所に鉈を振り下ろす。
何度も何度も振り下ろし、そうして出来た土に今度は鉈を差し込んで私は穴を掘る。
・・・・時間を掛け膝下くらいまでの穴を掘り、親犬の体を入れた。
「本来獣は死ねば、死体は他の獣の餌になるべき、、、なんだが。
お前も、自分の母親がカラスに啄まれ蟲が涌くのは見たく無いよな」
穴に自分の親を放り込んだ私に吠えつき噛み付く子犬、その頭を片手で押さえ付け言い聞かせる。
「恨もうと憎もうとお前の親はもういない、ここに眠らせて置くからそう吠えるなよ」
家族の死体を獣に喰われてボロボロの肉片にされるより、形のある内に埋めて思い出にする方がいい、それが埋葬という行為の意味だ。
「少し貰うぞ」
母犬の背中、尻尾から少し獣毛を切り取り手袋の内側に入れた。
「後で小さい袋に入れてやるから、今はこれで我慢しろ」
土を被せる度に姿を隠す親犬、訳も解らず土を掘り返す子犬。
ルージュは子犬の行為を無視して、土を被せて墓を作った。
「もう掘り返すな、それは死者への冒涜だ」そんな事をして良いのは私だけなんだよ。
穴を掘ろうとする子犬の首を右手で掴み、頭を左手で押えて持ち上げる。
「お前は私が拾ったんだ、もうお前は私の物だ、理解しろ」
子犬と目を合わせ、私はその目をジッと見た。
子犬の目は潤み、掴んだ私の手を噛もうとするが、私は指を口にねじ込み噛み付きを封じる。
「お前は私の物だ。逆らっても無駄だ、大人しく付いて来い、いいな?」
力で頭を押さえ込み、口に突っ込んだ指が牙を押え口を力で開けさせる。
強くて澄んだ良い目だ、私にさえ関わらなければ強い獣として生きられただろうか・・・・
大人しくさせた子犬を抱き抱え、セバスの元に戻ってきた。
猪は腹を裂かれ、内蔵をかれている最中。
「少し手伝ってやる、セバスはコイツを捕まえて少し休んでろ」
血塗れを手に手拭を渡し、鉈の先を猪の四肢に当てる。
「まずは手足を外すぞ」
胴体は後で取るとして、持ち帰りやすい手足の肉を取り外してやる。
「お、お嬢様?!この犬は」
「拾った、前に言っておいたろ?役に立つヤツだ。餌やりとか面倒をみてくれ」
ブンッ!
腹側から鉈を振り下ろし、腕の剣をブチ切って関節を外す。
毛皮ごと手足を切って紐で木に吊しておけば、1日くらいは獣に取られる事は無いだろう。
「あの、お嬢様。この子犬は多分、野犬じゃありません。山犬ですが」
大きい手足と丸い顔、狼に近い山で生活する犬、それが山犬。
長毛で野性の狼に近く、肉食で人に懐く事は無い獣だ。
「ああそうだな」ブンッ!右腕の次ぎは左腕。
関節の間を鉈が突き刺さり、鉈を引っこ抜いて二度目の鉈を振り下ろす。
「どこにいたのかはお聞きしませんが、山犬は家族単位で生きる獣ですよ。
勝手に拾って帰っては親が追ってきます、元いた場所に戻してこないと面倒な事になりますよ」
「心配するな、コイツの親はもう土の下だ。
それにソイツは私の物だ、なにも心配しなくていい」
ソイツは[私の為に用意された物]だ、どうしたって私に飼われるように配役された駒だ。
くそ王子に吠え掛って恐がらせ、私の命令でアイツに吠え掛る、そして殺される。そんな役割を与えられた哀れな獣だ。
(だからこそ忌々しい、そんな子犬すら使わないと斬り進めない運命ってヤツがな)
ブンッ!!怒りを込めた鉈が猪の足を斬り飛ばす。
その事を知っていて、そんな天涯孤独の獣を利用するルージュは口の中に苦い物を感じる。
これから先も味わうだろう屈辱の苦み。
こんなクソッタレな世界が用意した物、そんな物に軽蔑と哀れみを持ちながら次ぎの用意をする自分。
世界に流され・用意された舞台に上がらされ、演じさせられる。
(今に見ていろ糞野郎ども!私はお前達の裏を掻いてやる!)
運命と言う脚本のプロットを叩き壊す、何度でも逆らってやる。




