クマの仕事。
「また一人、この屋敷を辞めたいと言う者が」
「・・・今度は何だ?また下らない妄言を口にした訳じゃないだろうな?」
明るい魔法石のランプが部屋の四方に灯り、天井からも十分な光りを放つ魔法石の照明、その下で顔をしかめているのがルージュの父、ボルス。
男は公爵家を継ぎ30年、跡目争いで兄弟達を出し抜き、今も合法・非合法問わず商売に手を広げ、歴史ある公爵家を守っている。
[権力は金と暴力で出来ている]金の無い貴族、暴力を捨てた権力者は潰される。
[特権とは、金を集め暴力を振るう為の力だ]そう男は信じていた。
権力と暴力と金、その三つは三位一体。
父と子と精霊が切り離せない存在なら、権力と暴力と金も同じ存在。
どれが欠けても公爵と言う地位は保てない、それは王族とて同じ。
そんな男が今、いら付きを隠さず、長年自分に仕えて来た執事長を前に眉を潜めていた。
二ヶ月ほど前から屋敷の中で起こり出した怪異、廊下を徘徊する影・階段を上り下りする足音・厨房から聞こえる謎の会話。
『真夜中、明かりの無い場所で何者かが動き回って居る』そう言って辞めていく召使い達。
「古い屋敷だからな、そう言った下らない噂もでるだろうよ、だがな!」
「はい、5年に1度、司祭様に浄化の奇跡をお願いしておりますから、そのようなモノが現われるはずがございません」
公爵家は、毎年教会に支払われる[寄付]、決して安くはない額を寄付している。
領地に教会を置く事まで許可しているのは、教会に背教徒と名指しされたく無いだけではない。
「こんな時に悪魔払いをさせる為に、安くは無い金を払っているんだぞ!」
悪魔・幽霊・亡者、ヤツ等は神に祝福された場所では存在出来ないとされている、だからヤツ等に大枚をはたいてい浄化させているんだ。
元々貴族という存在は庶民からすれば妬みの対象、ヤツ等は有らぬ噂を囃し立て面白おかしく噂する。
そして貴族という存在は、他家の下らない噂を聞きつけ、陥れる事に必死になる。
「それで・・・きちんと口止めはしたのだろうな」
「はい、この屋敷の事は何があっても喋りません、もし誰かに話した場合は、それなりの処置はとると」
口封じ、下らない事をぺらぺら喋る人間は消えた方が良いに決まっている、それをきっちりと伝え、退職金を払ってやれば、殆どの人間は笑顔になって辞めていく。
だが、、、人の口に戸は立てられない。
酒を飲ませ女を与え金を握らせ、少し脅せばヒトはなんでも話し出す。
そんな時に与えておいた[警告]が役に立つのだ。
身内に軽い怪我人でも出してやれば、殺さずに口を閉じさせる事が出来る。
『平民などいくら殺してしまっても構わないが、金も力も無いクズでも殺す事で余計な面倒事が増える事もある』そう、男は父親に聞かされ来た。
見せしめに殺す時はより酷く、残忍に、そして万人に解りやすい罪を被せて殺す。
それが貴族という存在であり。
その逆に公爵家に取って邪魔なモノを排除する者、
『人間を殺す時は静かに後腐れ無く、誰にも知られずに』
それを体現しているのが目の前に立つ白髪の男、私の良き友人であり決して裏切らない執事長であった。
「ですが、ご安心を。
今度辞めた男もまた、つまらない小遣い稼ぎをしていた男でしたので」
「またか、、、見逃せる程度の事なら、私は目をつぶるようにしているのだがな」
人間は欲に目が眩む、自分の愛人の存在や他国との貿易に隠した秘密の売買、それら不正を国や司法に駆け込まれた時、先にコソ泥として訴え黙らせる為にも悪事は見逃す方が役に立つ。
お互い悪なら権力を持つ方が法廷では勝利する、それが世の中だ。
「隠し持っていた小銭を私のテーブルに放り出し、『辞めさせて下さい、お願いします』と」
(『毎晩耳元で、誰かが呟くんだ!』などと馬鹿げた事を言っていましたが、それは報告しなくてもよろしいでしょう)
執事長は男が小遣い稼ぎをしている事は把握していた、その上で[問題無し]として見逃して来たが、その男が自ら罪を告白し辞めていくのだ。
「・・先日も妻の情夫だった男が消え、妻に私が責められる日が来るとはね。まったく女は恐い。
それに引き替え男はダメだな、臆病が過ぎる」
ハハハッそう笑うボリスを前に、執事長が頭を下げる。
[始末済み]口には出さない返事だ。
「また若い男でも雇うか、アレの気晴らしにも玩具が必要だろう」
「・・では、そのように」
妻が浮気で妊娠すれば、即刻別れて新しい妻を用意する、それも良いだろうとボリスは考えていた。
所詮は幽霊など、気の弱い人間の前にしか現われない。
そんな物ではあるが、放置しておく事も問題があるだろう。
(忌々しいが、また神官の派遣を要請するか)
教会に頼れば寄付の額が上がる、口止め料としても多くの御布施を求められるだろう。
「チッ、金の亡者どもめ!」
綺麗事を並べ立て、裏では金の無心をする。
そんなヤツ等が金と権力をもって、自分の領地で集金しているのだ。
今以上に力を与えたく無いのは、領主としは当然だった。
「・・・では調伏士達を呼びましょうか、金の折り合いさえつけば役に立つ連中ですが」
「公爵の家にどこの誰とも解らない妙な者が土足で上がるのはちょっとな、それくらいなら出自のハッキリした教会の神官の方が信用できる、、だが・・・」
教会のヤツ等は強請たかりと同じだ、1度弱みを見せたら次々と際限なく金の無心を繰り返してくる。
「どちらを使っても似たような物か・・さて、どうすべきか」
「わたくしの方で、信用出来る口の堅い者を探して置きます」
迷いを見せている主人の考えを読み、執事長が深く頭を下げる。
「ああ、頼む」
公爵が命じたのでは無く執事が慮り行動した、その形を取る事で教会の面子を立たせる。
二人は阿吽の呼吸でお互いの考えを読み取り行動する、それは長い間積み上げた信頼と信用の証しだった。
そして今夜も徘徊するクマのヌイグルミの魂、果して彼は成仏させられるのだろうか。
それはまた別の話。




