新しい姉、みんなで笑顔。
チェックメイト、破片を突き付けられた目と反対方の目を私は覗く。
「終りだウイエ、それともまだやるか?」
「・・・・」
「動けば刺すぞ?」
そんな私の問いに身体を強張らせ、身動き一つ出来ないウイエ。
「目玉一つを犠牲にすれば、この場は逃げられるかもな、それでどうする?
片目で情婦でもするつもりか?
公爵の家を追い出され借金まで背負わされた片目の女、いったい幾らでうれるんだろうな?」
蒼白の顔で瞬きの出来ず、目を見開くウイエの目に私が写っていた。
「ウフフッ、そんなに恐がらないで下さい。
私、なにも貴女を捕って食べてしまおうなんて事、考えてませんから」
「ウイエ、私は貴女を許しましょう。
貴女の罪も苦しみも、私が許し救って上げます」
「な、、」
「なぜって?私は貴女の味方になりたいの、だからこんな所に呼出したのよ?
私は本当に、貴女と二人っきりで話したかっただけですの。
解ってくれるかしら・・・・・解ってくれたのなら、まばたきで答えて下さらない?」
パチ・パチパチ・・パチパチパチパチパチ!!!!
凄い勢いで瞬きを繰り返すウイエの目、歯も身体もガチガチと振るえて、なんて可愛いのでしょう。
「瞬きは一度でよろしくてよ?
うふふっ、貴女も苦しんでいたのよね?
だから私、まず貴女の友達になりたくて色々調べたのよ?
だからねお願い、恐い恐いナイフなんか出さないでくださいませ」
「パチッ」瞬きが答える。
「いい子です、では私もこんな無粋な物はいりませんわ」
私は破片を床に、ガツッ!と踏み付け破片を粉々にする。
そして粉々にした破片を踏み付け、その代わりに金貨を1枚、ポケットから取り出した。
「私のお小遣いです、どうぞお受け取りを」
私の部屋に置かれた小さい箱、その中に毎月入れられる数枚の金貨。
欲しい物を言えば買って貰える、必要な物はメイドが用意してくれる。
そんな公爵の娘に与えられる金貨、好きに使える小遣いだ。
(それも魔法量を計られるまでだったけどな)
その後の両親は私をいない者のように扱い、ぎりぎりメイドが日用品を用意するようになる。
とうぜん小遣いなんか無くなるわけだが。
「私の世話をしてくれるメイさんご存じでしょう?あの人、私の日記を直ぐに読んでしまいますの。
きっと私が変な事を書いてしまったら、お父様に言い付けるつもりなのよ。
それに歳も離れてますし、私の気持ちなんてなにも理解して下さらないの。
ね?私には同じ位の歳のお友達が必要だと思いません?
ねぇお願い、私のお友達になって私を守って下さらない?」
金貨をウイエのポケットに、私は顔を寄せてお願いした。
「貴女が私の部屋の掃除係になってくれたら、メイさんも日記を覗く時間が無くなりますよね?
それに貴女と私が仲良くお話ししていたら、おかしな事も出来なくなる、そうでしょ?」
『メイド同士の噂話を聞かせろ、[密告者]告げ口がお前の仕事だ』
言葉の中に真意を隠し、笑顔で言い含める。
本当はすでに知っている事でも、出所がウイエと思われた方が何かと都合が良い。
未来の事・自分達が隠している事を、小さい子供が知っていたら不気味に思われるだろ?
それを隠す為の捨て駒が必要なんだよ。
(ウイエ、このメイドは3度死ぬ事になっている。
一度はこの皿の事がバレて自殺、もう一つは私の父の[お手付き]になって毒殺、弟が病死、屋敷を出て行ったあと自分のオヤジに殺されている)
それ以外にも、私の身代わりに殺されたり、まぁ私にとっては必要な肉壁だ。
「それとも、今日の夜にお屋敷を去りますか?
もし貴女がそんな愚かな選択を貴女が選んでしまったら、ワタクシ、悲しいですわ」
『逃げた時点で皿の事実が明らかになるぞ、お前が家に逃げ帰ったら、捕まえて借金を背負わせ娼館行きだ』と。
「そっそのような!私、私、お嬢様の御力に」
「嬉しい!」
私が強く抱き締めると、彼女の腕が躊躇いながら私の小さい身体を包みこんだ。
頬にキスした私は彼女から離れ「ではお母様にご相談して、お部屋係にして戴きますわ!
うふふっ、私、お姉様が出来たみたい。
私達、きっと仲良しの姉妹になれますわよ・・・ね?」
笑顔で彼女に振り向き、私は庭師小屋の扉を開けた。
ふふふ、捨て駒一つ手に入れましたわ。
「・・・お嬢様、コレでよろしいので?」
セバスは小屋の影に隠れるように潜み、声だけが聞こえる。
「・・・あの娘、いつか裏切るぞ」
「解ってますわ。
飴と鞭を使って従わせた者は、より痛い鞭・より甘くて大きい飴を持った人間の下につきますわねよね、それが道理でしょう?
いまは美少女の私を見せて、十分に侮らせておきますの、うふふっ」
油断させて侮らせ、裏切った時点で完全なとどめを刺す事が目的さ。
裏切る時も裏切る理由も、その時集まって来るヤツ等の素性もやり方も、私は全部憶えている。
「そしてその油断を私は利用する、次ぎは有りませんの」
「・・・・裏切り者は裏切り者らしく、地獄を見て貰います」
今度は鞭じゃ済ませない、心をポッキリへし折る。
その為に[こんな子供、いつでも裏切れる]そんな希望を与えて置くんだ。
ヤツの希望を簡単に握り潰し、生殺与奪の権利を誰が持つか、ソレを教えてやる為の下ごしらえだ。
「くくくっ」
(私の為に身も心も捧げた感情の無い肉人形を作る。
そんな女が必要な場面もあるからな、キッチリと型に嵌めてやる)
「・・・そうか」
私が少し笑っただけで気配が消えた、私の事を心配するとは本当に優しい男だ。
・・・・・・・・・・・・
一方その頃、ルージュの部屋で動く物がいた。
黄茶色で手足の短いクマは、ルージュが出て行ったあと定位置であるベットの上から降りて、床にしかれた絨毯の上で立ち上がり、ぐるぐる回って歩いていた。
「う~~ん、まさかゲームのキャラクターって、あんな感じでキャラメイクしてたのか」
自分が作ったゲームは学園に入る所からだ、彼ら彼女らのステータスは全て憶えている。
でも今じぶんが見ているルージュは自ら身体を鍛え、本を読み知識を蓄えている。
「それに・・この家の人達って・・・」
メイドはルージュが朝食に行った後、シーツを取り替え部屋を整え、堂々と日記を盗み見る。
父親は他の貴族を脅し、権力と暴力で自分が支配する商会を広げている。
母親の方も夫が家を空けると男を引き込み、遊んでいる感じだった。
メイドも執事もみんなどこか啀み合い、足を引っ張ろうと目を光らせている。
中世の貴族世界ってこうなの?
「こんな家だから、ルージュがあんな性格になっちゃたのか。
う~~ん、やっぱりボクが彼女を誰もが認めるような淑女に導いて、優しさと美しさを持ったいい子にする、そうすればきっとみんな仲良くハッピーエンドになるはず!
その為には、悪い大人はどんどん退場してもらわないと。
みんな良い人じゃないと、誰も幸せになれないからね」
ちなみに現実の中世の子供の死亡率30%以上、貧富の差が激しく、子供は少しの病気で死ぬ。
食料事情も不安定で、裕福な貴族でも無い限り冬が来る度に飢餓の危険が存在する時代だ。
そのうえ彼が作り出した魔物の存在、現実ではアジアから侵略、北の異民族と南の異教徒、遊牧民達の移民達に囲まれ、都市から離れた国境周辺では常に小競り合いが続いている世界。
そんな事も知らないクマの魂は、ヌイグルミから抜け出し屋敷の中を動きまわる。
壁に埋められた顔の無い男、階段の下でうずくまるメイドの少女、竈で焼かれて自分の形すら忘れた黒い影、地下牢で飢え続ける痩せ細った幽霊。
この屋敷・この公爵家を恨む怨霊や行き場の失った幽霊、亡霊達を仲間にして悪い大人達を監視し情報を集める。
時に忠告の文字を残し、時には眠っている彼らの耳元で警告する。
無力な自分でも出来る事がある、そう思って頑張るのだ。
『みんなで幸せ、みんな笑顔!』そう言って。