45.魚事情と2人の偉い人
「お魚美味しかったね~!」
「ああ、始めて食べる食感だった!」
わたしとディルは水の山を急いで下山している。わたしは魔物が出てくるまではディルの頭の上で寝転がって寛いでいるつもりだ。
「ねぇ、帰りにあのカジキ・・・じゃなくてメバチっていう魔物を持ち帰れない?」
「うーん、あれを持ったまま山を下るのかぁ・・・丁度いい訓練になりそうだな!いいぞ!」
「やった!ありがとう!」
宿に戻ったらメバチで色々と試してみようっと!
そして、わたし達は行きと同じようにして突進してくるメバチを倒して、その中の一匹だけをディルが抱えて下山した。
急いだお陰で、だいぶ早めに宿に着いた。カカとプラティは出かけているのか見当たらない。女子組の部屋に戻っても誰もいないので、わたしはヨームがいる男子組の部屋にお邪魔する。
「おかえりなさいディルさんにソニアさん、思ったより早かったですね。・・・それは魚ですか?何故?」
ヨームがディルが背負っている大きなメバチを指差して、首を傾げる。
「これは後で皆で食べるんだよ!」
「え・・・食べるんですか?皆で?魚を?」
「うん!すっごく美味しいんだよ!」
「はい?」
ヨームが頭に「?」を浮かべまくっている。見兼ねたディルが水の山であった事を簡単に説明した。
「水の妖精がそんなことを・・・?魚が食べられなくなったのは水の妖精が発端だったと思うのですが・・・」
「え?どういこと?」
水の妖精はそんなこと欠片も言ってなかったよね?
「古い書物に記されていたものなので確かな事かは分かりませんが、ずっと昔に水の大妖精様が人間達に『魚は人間が食べるものではない、だから食べるな』と言った事が発端で、世界中で魚は食べられない物という認識になったと」
「何それ・・・というか水の妖精の影響力凄すぎない!?」
「昔は今よりも妖精信仰が盛んでしたからね。まぁ、今でも変わらない人達もいますが・・・」
ヨームがどこか遠い目で言った。
そういえば、グリューン王国の孤児院の院長先生がそんな感じだったね。ああいうのはちょっと嫌だな。平等とまではいかなくても、もう少しフランクに接して欲しいよね。
「水の妖精がそこら辺のことを何も言っていないのでしたら、その古い書物が間違っていたんでしょうね。ボロボロでしたし」
「いや、俺は水の妖精がただ忘れてるだけだと思う」
「わたしも」
水の妖精とはまた会う約束をしたし、その時に聞いてみよっと。忘れてるんだとしたら聞いたところで意味はないと思うけど。
「そういえば、普通に話してるけど、ヨームの体調は良くなったのか?」
「今朝よりは、ですね。まだまだ本調子ではないですが、こうして起き上がって話せるくらいには回復しましたよ」
ヨームがベッドに座った自分の身体を見下ろしながら言う。
「それなら魚も美味しく食べれるね!」
「本当に皆さんに食べさせるつもりなんですか?調理方法など分かるのですか?」
「わたしは分かるけど、どうやって・・・?」
どうやって捌けばいいんだろう?やり方は分かるんだよ。でも、このちっちゃい体じゃ上手く出来ないよ・・・。
わたしが肩を落としてしょんぼりとしていると、ディルがわたしの頭にポンっと指を優しく乗っけた。
「俺がやるよ。波の妖精が魚を切るところを見てたし、細かいとこはソニアが分かるんだろ?教えてくれ」
「ディル、料理とか出来たっけ?」
村に居た時は、ディルが料理をしてるところを見たことない。
「切ることだけは出来るぞ」
「そうなんだ!そしたらお願いしてもいいかな?」
切ることだけなのは心配だけど、まぁ、なんとかなるでしょう!
「任せとけ!その代わり、少し多めに食わせてくれ」
「もちろん!カカとプラティが帰ってきたら厨房を貸して貰えないか聞いてみよう!」
ヨームが「部屋が生臭くなりますね」と嫌そうな目でメバチを見たあと、近くにある窓を開けた。すると、外から誰かが言い争っている声が聞こえてきた。
「だから!いないって言ってるでしょ!?私達これから予定があるんだからさっさと帰ってよ!」
「伝言なら戻ってきたら伝えてやるから、今はさっさと帰っておくれ」
プラティとカカだ。内容からしてわたしとディル、それか、ジェシー達のどちらかが関係してそうだ。いや、きっとわたし達だね。
「カカ達だな・・・俺、ちょっと様子見に行ってくる。ヨームはどうでもいいけど、ソニアはここで待っててくれ。昨日の夜の事もあるし、一応な」
「え~!わたしも行きたい!気になる!」
わたしはポコポコとディルの肩を叩く。
「だ・め・だ!ついて来たらあの魚切らないからな!」
「ぶぅ~!」
わたしが頬を膨らませて睨んでいると、ディルが小指で突ついて「大人しくしててくれよ」と言って駆け足で部屋から出て行ってしまった。
「昨日の夜って何かあったんですか?」
ヨームが疑わしい目をわたしに向けてくる。
「え、え?別になーんにも無かったよ?」
「本当ですか?」
「・・・」
ヨームがじーっとわたしの目を覗いてくる。わたしが堪らず目を逸らすのと同時に窓の外からディルの声が聞こえてきた。わたしは逃げるように移動して、窓から外を覗いでみたけど、ここからでは何も見えなかった。
「カカ!プラティ!何かあったのか?そいつらは誰だ?」
「ディル君!戻って来てたんだ?」
「ディル・・・こいつらがあんたを探してるんだとさ」
「俺を?」
「其方がディルか?黒い髪に黒い目・・・確かに特徴は一致しているな」
若い男性・・・ぽい。喋り方からして、貴族かそれに近い偉い人かな?
「・・・探してるのは俺だけか?」
「そうだが、何か?」
「いや、なんでもない」
「お父様から聞いていたよりずっと大人っぽいですわね」
今度は女の人の声だ。もう明らかに貴族ですと言ってるような喋り方だよ。面倒事じゃなきゃいいんだけど・・・。
「それはそうだろう、あれから3年も経っているんだから。私達もあの頃はまだ大人ではなかった」
3年と聞いて、わたしの脳裏にザーリス伯爵の汚い顔がよぎった。ザーリス伯爵に売られそうになったのは3年前だ。
「ああ、すまない。私は今回の武の大会を取り仕切っているグリューン王国第一王子のクラウス・グリューン・アイルだ。そしてこの者は・・・」
「わたくしは、クラウス様のこ、婚約者の!アザレア・エーテルワイス、コンフィーヤ公爵令嬢ですわ」
「・・・王子様?えぇ!?王子様だったの!?お母さんどうしよう!?王子様達にとんでもないこと言っちゃったよ!」
「落ち着きな!プラティ!アタシ達は別に何も悪いことはしてないんだから、堂々としていればいいのさ」
王子様に・・・コンフィーヤ公爵令嬢!?カラスーリとコンフィーヤ公爵の娘さん!? っていうかコンフィーヤって名前じゃなかったんだ・・・。
「それで、その王子様とコンフィーヤ公爵の・・・じゃなくて、婚約者様が何で俺を探してるんだ?俺は別に夜中に他の貴族を蹴っ飛ばしたりとかしてないぞ」
ディル!?自白しちゃってるよ!もしかして、いきなり王子とか言われたから動揺してる?・・・ちょっとヨーム!そんな犯罪者を見るような目でわたしを見ないで!
「私達はそれを攻めるつもりはない。アレの素行は知っている。ただザーリス男爵がその事で大げさに騒いでいてな。周囲の目もあるし、大会を取り仕切っていてこの島に居る誰よりも身分の高い私が傍観している訳にもいかないのだ」
よかった~!ブルーメに着いて早々に貴族を蹴り飛ばした罪とビリビリさせてた罪で捕まるかと思ったよ!
わたしはホッと胸を撫でおろしたけど、ヨームは変わらずにわたしを疑わし気な目で見てくる。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ・・・ですか」
「今から島の東側にある私達が滞在している屋敷に来もらいたい。そこで事情聴取・・・という名目で迷惑をかけた謝罪をさせてほしい。それと、喋りやすい話し方でかまわない」
「今からは無理だ、これから大事な用事があるんだ」
そうだよ! 今から宴会なんだから邪魔しないでよ!
「そうか・・・仕方ないな。明日の都合の良い時間でいいから屋敷に来てくれないか?」
「分かった」
ちゃんとこっちの事情を汲み取ってくれるんだね。案外いい人かも?
「ねぇ、妖精さんはいませんの?お母様から可愛らしい妖精も一緒にいたと聞いていたのですけれど。わたくし、一度会ってみたいですわ」
アザレアと名乗っていた女性が弾んだ声で言う。
「確かに、ザーリス男爵は自分に都合が悪かったのか妖精の話は一切しなかったが、私も父上から少年の近くには妖精がいたと聞いているな。いないのか?」
これ、行ってもいい感じなの?でも、行ってディルに魚を切って貰えなくなるのは困るしな~。どうしよう・・・
「いるけど・・・明日屋敷に行く時にソニアが行くって言えば一緒に行くよ」
わたしが迷っている間に話が進んでしまった・・・。ま、いっか。明日なら何の予定もないし、会ってゆっくりお話ししよう。
ディルが戻って来た。カカとプラティと、実は陰から様子を見ていたらしいジェシーとデンガとマリちゃんも一緒だ。
「昨日の夜何があったんですか?」とベッドに寝そべりながら若干尖った声で聞いてきたヨームと事情を知らない他の皆に、「昨日の夜に変態貴族に襲われたんだ」とディルが言って、「反撃したら少しやりすぎちゃったよ☆」とわたしが言った。
「そんなことがあったなら言えよ!」
デンガがディルを咎めるような顔で見て言う。
「あわよくば、このまま何事も無ければ・・・って思ってたんだ」
「まぁ・・・その気持ちはよく分かる。俺も昔寝ぼけてプラティの服を着ちゃった時は・・・あ、いや、何でもない!」
デンガが「しまった!」と自分の手で口を塞ぐ。それを見たプラティが手を腰に当ててプンプンと怒り出した。
「やっぱり!あのびよんびよんに伸びきった服ってお兄ちゃんだったんだ!凄く気に入ってたのに!」
プラティがデンガの足をゲシゲシと蹴る。
「と、とにかく!あの王子が話の分かる奴で良かったな!もう済んだ話だ、この話は終わりだ!」
「ハァ・・・デンガは後で妹さんにしっかり謝ることね。それにしても、グリューン王国の第一王子って去年成人したばかりでしょ?もう婚約者がいるのね」
ジェシーが呆れたような顔でデンガを見る。
「貴族にとってはそれが普通なんじゃないか?そもそも婚約って時点で俺達には分からない世界だしな」
婚約かぁ・・・。
わたしはふと思った。デンガとジェシーは成り行きでここまで来たけど、ちゃんとプロポーズとかそういうのを経てから来たんだろうか・・・。野暮な質問かもしれないけど、気になるから聞いてみた。
「プ、プロポーズか!?」
「うん、そういうのってしたの?結婚式とかの予定ってあるの?」
デンガとジェシーはそっと視線を逸らした。マリちゃんが首を傾げて、プラティが信じられないというような顔をして、カカが「あんたらは・・・」と溜息を吐いた。部屋の隅ではヨームがディルに詳しい説明をさせていた。
読んでくださりありがとうございます。ヨームもディルと同じお弁当を食べてました。




