44.水の山
「黒い少年はどうして水の山を登って来たんですか?雷の妖精についてきたんですか?」
水の妖精は「どうしてですか?」とずずいっとディルの顔に近付く。
「俺は行方が分からないお母さんとお父さんの手掛かりを探しに来たんだ」
わたしはボーっとする頭をブンブンと振って思考を切り替える。
「そうだね。どちらかと言うと、わたしがディルについて来た感じだね」
水の妖精は「そうですか」と何故か少し落ち込んだ。
「俺と同じ黒髪黒目の大人の男と茶髪に深緑の目の大人の女、見なかったか?」
「そうですねー・・・黒髪黒目と茶髪に深緑・・・うーん?」
忘れっぽい水の妖精が腕を組んで首を傾げる。
「男の方は、格闘家って分かるか?拳で戦う職業で、女の方は弓を持ってたハズだ」
「あ~、そういえば見ましたね少し前に」
水の妖精がポンと手を叩く。
「え!?本当か!少し前っていつ?」
「10年ほど前でしょうか・・・もしかしたらもう少し最近だったかもしれないです」
妖精の時間間隔っておかしいよね。ミドリちゃんも50年とか100年とか軽々と言うもん。わたしもいつかそんな風になるのかなぁ。
「久しぶりに私に会いに来た人間だったので、印象に残っていますね」
「お母さんとお父さんと話したのか!?何を話したんだ!?」
「話しましたよ。えーっと、なんでしたっけ・・・?」
だよね、覚えてるわけないよね~!
「思い出してくれよ!」
ディルがグイっと水の妖精に顔を近付ける。水の妖精が「近いです」と手を突っぱねて、顎に手を当てて考え始める。
「えーっと・・・何か・・・何かを・・・」
「何かを?」
「駄目です。思い出せませんね」
「ハァ・・・だよな~。ま、仕方ないか。そんな直ぐに都合よく手掛かりが見つかるわけないよな」
ディルが気分を切り替えるようにそう言って、開けっ放しになっていたリュックからお弁当箱を取り出した。
「え、今食べるの?」
突然のお弁当タイムだね。
「元々山頂に着いたら食べようと思ってたし、山頂よりここの方が暖かいからな」
ディルがそう言いながら、お弁当箱を開ける。
「そうなんだ・・・さっきも見たけど、美味しそうだね!」
「だろ?今朝カカとプラティが渡してくれたんだ」
お弁当箱を開けると、美味しそうな唐揚げが沢山詰め込まれていた。そのお弁当箱を覗いた水の妖精が不思議そうに首を傾げる。
「お魚は無いんですか?」
「お魚?お魚ってあのお魚か?」
ん? この世界ではお魚は食べられないんじゃなかったっけ?
「何のことを言ってるのか分かりませんが、海や川で泳いでいるお魚のことですよ。美味しい奴です」
「え!?お魚って、やっぱり食べられるの!?」
わたしは勢い良く水の妖精の肩に掴みかかって、ゆさゆさと激しく揺らす。
久しぶりに食べたい! お刺身! お寿司! ちらし寿司!
「わわわっ、何を言ってるんですか?普通に食べていましたよね?」
水の妖精が目を回しながら言う。
「食べてないよ!ねぇディル!?」
「ああ、魚を食べてる奴なんて見たことないぞ。そんな奴がいたら俺も食べてる」
「おかしいですね、少し前に見た時は食べていたはずなんですけど・・・」
また「少し前」か・・・いったいどれだけ昔なんだろうね?
「どれくらい前の話なの?」
わたしはゆさゆさと水の妖精を揺らす手を止めて、じーっと水の妖精を見つめる。
「ここの島に人間が集まり始めた頃・・・ですね」
よく分かんないけど、絶対に少し前ではないのは分かる。
「やっぱり・・・ディル、何年前か分かる?」
「えっと・・・グリューン王国が出来たのが800年くらい前で、それよりも前からブルーメに人が住んでいたらしいから・・・1000年くらい前?」
とんでもなっ!
「それは流石に少し前で片付けられる年数じゃないよ!」
「そんなに前でしたっけ?まぁ、ともかく、お魚は食べられますよ」
水の妖精の時間間隔は置いといて、これは良い情報を教えて貰った。戻ったら早速料理して食べてみよう!
「ちなみに、どうやって食べてたか覚えてる?」
わたしは駄目元で水の妖精に調理方法を聞いてみる。
どうせ忘れてるでしょうけど・・・。
「覚えてますよ」
「覚えてるの!?」
水の妖精の肩を掴んでいた手をバッと突き放す。水の妖精が「おっとっと」とバランスを崩しそうになりながら、わたしの質問に答えてくれる。
「はい、ただ身を切っただけの物や、塩を付けて焼いたもの、色々とありましたね。私は生で食べるのが好きでしたが、少し手を加えた物も大好きです」
お刺身に塩焼きかぁ・・・うんうん、美味しいよね。わたしも食べたい。切実に。
「何で数年前のことは覚えてなくて、そんな大昔のことは覚えてるんだよ・・・」
ディルが呆れ顔でそう言う。
「お魚は美味しいですから、よかったら今食べますか?」
「え、今食べれるの!食べたい!食べたい!」
「はい!はい!」と元気よく手を挙げて、食べたい欲を主張する。
「ふふふっ、それじゃあ少し待っていてください」
水の妖精が元気に挙手するわたしを微笑ましそうに見て、この空間から水の中へと出ていった。
そして、ディルがお弁当を食べ終わった頃に、水の妖精がぐでーっとしたシシャモの様な小さな魚を水球に入れて戻ってきた。水の妖精の後ろには、ここに来る途中でわたしに手を振り返してくれた青い髪の妖精がいる。
「この妖精は波の妖精で、魚を捕まえるのが得意なんです。その捕まえた魚を捌くのもとっても上手いんですよ」
「こんにちわ!雷の妖精さんと黒い人間さん!私は波の妖精です!」
長く青い髪を後ろで縛ったポニーテールの可愛らしい女の子がニコリと笑って元気に挨拶をした。
「こんにちわ! 波の妖精がこの魚を捌いてくれるの?」
「はい!任せてください!」
そう言いながら、波の妖精は水球の中に入っている魚に向けて手をかざした。
・・・どうやって捌くんだろう?
わたしとディルは興味深々にその様子を見る。波の妖精が「えいっ」と言った瞬間、水球の中の魚が凄い速さで回転し始め、水の勢いで鱗が落ち、頭とワタが取れ、あっという間に3枚におろされ、最後に皮を取って、わたし達の前に差し出された。
おぉ!すごい! 一瞬でお刺身になった!板前さんもびっくりだよ!
「おお!すげー!これ食べてもいいのか!?」
「どうぞ!召し上がってください!」
ディルが目の前に差し出された小さな水球に手を入れて、お刺身を2つ取り、片方をわたしに渡してくれる。ディルが一口でパクっと食べ、わたしは刺身の端っこに噛り付いた。
「うっわ!なんだこれ!めっちゃ美味い!少し生臭いけどあっさりしてて食べやすい!」
「本当だ!うまうまだよ!それに、少し甘いんだね!」
出来れば醬油が欲しいところだけど、このままでも充分に美味しい!
わたしと水の妖精と波の妖精で一切れを食べて、残りを全部ディルが食べた。
「そういえば、この池の底ってどうなってるの?」
「ふぃ~」とお腹をポンポンしながら横目で水の妖精を見る。
「そのまま海に繋がっていますよ」
「え、じゃあここの水って海水だったの!?」
・・・の割には全然髪がギトギトにならないんだけど。
「下の方に行けば海水になりますね、まだここら辺は真水ですよ」
じゃあ、ただの池の水なんだね。
「水の山が噴水する理由が池の底にあるんじゃないかと思ったんだけど・・・どうなの?」
「あー、それは、ただ水を入れ替えてるだけですよ。常に綺麗な水の中で過ごしたいですからね」
人間でいうところの空気の入れ替えみたいな感じかな? うんうん、換気は大事だよね。
「ソニア、そろそろ戻らないとまずくないか?」
ディルがソワソワし始めた。
「え?まだお昼くらいでしょ?大丈夫じゃない?」
「いや、下山する時間を考えたら早めに戻った方がいいと思う」
確かに、ここまで登ってくるのに4時間くらいは掛かったもんね、帰りもそれくらいだとしたらあんまり長居は出来ないかも。
「そうだね、そろそろ戻ろうか」
「もう帰っちゃうんですか?」
「えー!私まだ全然話せてないですよ!」
水の妖精と波の妖精が悲しそうな顔でわたしとディルを見つめる。
「ごめんね、今日はこれから予定があるから」
夕方にジェシーとデンガの結婚祝いの宴会がある。それまでにはもどらないとっ。
「それは仕方ないですね」
「また来てくださいね!雷の妖精さん!」
「うん!また来るよ! ディル、お弁当は仕舞った?」
ディルが「今仕舞ってる」と言いながら、お弁当箱とお金が入った袋をリュックに詰め込んで、可愛い上着を着る。
「結局着るんだね、それ」
「せっかくカカがわざわざ貸してくれた物だからな、使わないと悪い気がして・・・」
ディルが自分の体を見下ろして、「やっぱおかしいよな」とわたしを見る。
「ううん!可愛いよ! 女の子みたい!」
ピンク色の生地に色んな色のハート模様が可愛いフード付きの上着だ。
「うるさい!さっさと行くぞ!」
耳を真っ赤にしたディルがわたしを睨む。
もう・・・恥ずかしがるくらいなら自分から着なければいいのに・・・眼福だけど。
「それより、水の妖精さん、ここに来た時みたいにまたアレお願いできるか?多分大丈夫だと思うんだけど、自分で泳いで地上まで息が持つか不安だ」
あ~、水球に入れられて運ばれるやつね。
「それなら、もっと良い方法で上まで送りますよ」
水の妖精が怪しげな微笑みをディルに向ける。
「何か嫌な予感がするんだけど・・・」
口角をひくつかせながらディルは言う。
「なんかか分かんないけど、面白そうじゃん! 送ってもらいなよ!」
「またソニアはそうやって・・・まぁいいけどさ」
「準備ができたら水の中に入ってください」
忘れ物が無いか確認し終えたわたしとディルは、水の妖精が言う通りに水の中に一緒に入る。ディルが「ふっ」と息を止めた。
何か忘れてる気がするんだけど・・・ま、いっか。
「行きますよ、雷の妖精は黒い少年と逸れたくなければしっかりと少年に捕まってくださいね」
「え、うん!」
わたしはディルの服の端をぎゅっと掴んだ。直後池の中の水が下から上へとせり上がり始める。
「着地は心配しないでください」
水の妖精のその言葉が聞こえたと同時に、わたしとディルは池の水と一緒に地上へと噴出された。
「わああああああ!」
「・・・・・・っ!」
目を開けると、遠くにグリューン王国が見える。池の中にいる間に晴れたみたいだ。真下に水の山があり、今わたし達は上空に放り出された状態だ。
「ディル!見てよ!グリューン王国が見えるよ!それに緑の森も!」
こんな空高くに来たのは初めてだよ!
「ああ!本当だな!でも、こっからどうするんだよ!」
ディルが体で風を受け止めながら言う。
「大丈夫だよ!水の妖精が着地は心配しないでくださいって言ってたでしょう?」
「言ってたけど!これはっ・・・流石に怖いぞっ・・・」
「えー!?すっごく楽しいじゃん!」
「いや!普通に怖いよ!」
怖いという割には良い笑顔で言うね。
どんどんと地面が近づいている。ディルが「本当に大丈夫か?」と言ったところで、地面すれすれに大きな水球が現れた。水の妖精がどうやってディルを着地させるつもりか知らないけど、わたしはディルの服を掴んでる手を放して、先に離脱する。
「あー!ソニア!またお前だけ先に・・・ぶぶがぼべ!」
ディルは大きな水球の中に落ちて、その中でぐるんと回転したあと、地面にぺっと吐き出された。
「がふっ・・・。ハァ、もうちょっと丁寧に扱って欲しかったな」
「どうでした?楽しかったですか?」
地面に無造作に吐き出されたディルが愚痴りながら立ち上がる。池の中からゆっくりと出て来た水の妖精がいい笑顔で問いかけて来た。
「うん!すっごく面白かったよ!ありがとう!」
「それは良かったです。また近いうちに会いましょうね。水の妖精とその子供達はいつでもあなたを歓迎しますよ」
「またねー!」
さっ!この後は早く戻って宴会だ!
読んでくださりありがとうございます。お魚美味しいねというお話でした。




