35話 揺れる想い
芝生の上で寝転がって見上げる空は曇り模様。お陰でハゲの照り返しもなく、平和なもんだ。
うるさいこいつらを除いては。
「黒いつぶつぶ見えた!」
「ジョリジョリするぞ!」
「……不毛の大地に芽吹く毛。抜こう」
「やめろ!」
俺の再発毛されたハゲを見に、ドリアードたちが集まっていた。つんつん、つっつかれて嫌な気分だ。
――――いや、嫌な気分はこの間からずっとだ。マリーの前世を聞いた日から。
あの日からちょっとギクシャクしてしまった。突然どう接していいか分からなくなって、不機嫌な態度とっちまったな。その時のマリーの寂しそうな表情が思い出すたびに辛くなる。何やってんだか、俺は。
前世の未練は分かったのに、なんだかスッキリしない。マリーが町で暮らせるようになって、そこで誰かと一緒に暮らすのが夢ってことだろ。俺がやるべきことは、マリーが人の暮らしの中で生きていけるように助力をして、誰かとの縁を持たせる。
間違いないじゃないか、それが正解だ。なのに、もやもやしやがる。
……あぁぁっ、叫びてぇ!!
「あー、なんだよチクショウ!」
「このハゲ可笑しい」
「このハゲ楽しくない」
「やはり毛を抜くしか」
「うるせぇ!」
ハゲを指差してくるな! ったく、ゆっくり考えてもいられねぇ。……気晴らしにはなるけどな。
俺が怒ったせいか、ドリアードたちが円座になってごにょごにょと言い合い始めた。なんだよ、陰口だったら直接言えよな。
じーーっと眺めていると、突然こちらを振り向きやがる。地味に怖いぞ。
「ハゲは治りかけ」
「話し合ってそれしか言えねぇのかよ」
本当にこいつらは高位な精霊なのか疑わしいんだが。
「マリーの魂のブレが三重から二重になった」
「ハゲのくせに、中々やりおる」
「へーへーへー、ありが――――今なんつった?」
最初の頃に言われたことだ。三重から二重、きっと未練の鎖のことだろう。
それってあれのことだったのか。こいつらはそれが見えている? 俺にもマリーに見えない、あの時しか見えなかったものをこいつらは違う形で見えてるのか。
「グランも同じ」
「未練は毛髪だけにしとけ」
「いや、真面目な話だけにしてくれ」
いちいち、ハゲのことに触れるんじゃねぇ。話しが逸れちまう。
俺のことも言い当てたし、こいつらには相応の力がある精霊ってことだろうな。だが、それが見えて何になる。必要なことなのか?
「なぜ、お前たちはそれが分かるんだ?」
「この世界ではない異物だから分かる」
「別の力を感じるから分かる」
「分かるだけで別に意味はない」
分かるだけで意味がないって、呑気な。
自然とため息が出ていく。だが、ドリアードたちの話は続いていた。
「ぼくたちはこの世界に生きているから、世界に馴染めない魂を見ると悲しい」
「身近な命だからこそ、悲しくなる」
「今を生きているのに、なぜ過去を見るのか」
返す言葉が浮かばない。じっと俺を見上げる目はどこまでも真っすぐな疑問を投げかけている。理由はないが悲しい、か。感情に理由なんか必要ない、そう言われているような気がした。
――――じゃぁ、俺のこの感情に理由はないのか?
「……いいや、違うな」
ドリアードたちが首を傾げた。
「お前たちが悲しいのは、俺たちを知ったからだ」
なぜ悲しくなるのか、単純な理由だ。俺たちは繰り返す会話の中で意思疎通をしてお互いを知った。同じ時間を過ごして、相手のことを思うようになったんだ。
こいつらは俺たちと、俺はマリーを。この感情の理由は見つからないが、黙っていても解決はしないな。
……マリーに心配かけちまったかな。
「グラン、意味が分からない」
「えっ、あー……まぁ簡単にいうと仲間として意識したんじゃねぇか?」
「精霊じゃないのに仲間?」
「仲間っていうものは種族を越えると思うぞ」
「いつどこで仲間に……」
「いつの間にかなってるもんじゃねぇかな」
まるで幼稚園の先生にでもなった気分だ。一通り話しを聞き終わったドリアードたちがまた円座になってごにょごにょ言っている。少し待っているが、全然終わる気配がしねぇ。
今のうちにそーっと離れて、善は急げだ。マリーの様子でも見に行くか。
……それにご機嫌を取りてぇ。
ドリアードをそのままにして、俺は家の玄関までやって来た。赤い扉を前にして少しだけ緊張が高まる。落ち着け俺、こういう時は深呼吸だ。はぁー、すぅー、はぁー……行くぞ!
玄関を開けて中に入る。短い廊下を進み、いつものドア前にやってきた。気軽に開けていたドアが、今になって開け辛くなる。少しだけ震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと開いていく。
中に一歩入り、部屋の奥に視線を移す。マリーがいるであろう低いソファーの位置にだ。
「あっ……」
マリーがこちらを見ていた。遠くからでも視線が合わさったのが分かり、つい視線を外してしまう。
いやいや、ここはそうじゃねぇだろ!
臆病になる心を叱咤するように、手をきつく握りしめる。少し多めに息を吸い、全身に力をいれた。
「何を縫っているんだ?」
当たり障りのないことを尋ねてみた。
するとマリーは一度こちらを見た後、少し俯く。
「えっと……クッションの生地に刺繍を施してました。グランさんは何してました?」
「外でドリアードたちに勉強会を開いてた」
少しぎこちない会話だが、幸いにも続いている。俺は少しずつマリーの傍に近寄っていく。
「何についての勉強会だったんですか?」
「んー、仲間意識についてだったような」
「私も聞いてみたかったです」
お、今少し笑ったよな。良かった、良かった。よしこの調子で隣に座るぞ。
「と、隣に座って良いか」
「はい、もちろんです」
か、噛んでしまった……情けない。それなのにマリーは全く気にする素振りもなく、端に寄ってくれた。その優しさが嬉しい。
よいしょっと腰を下ろすが、肝心の言葉が出てこなかった。ここはズバッと、ズバッと……いけない。
「……すいませんでした」
「えっ?」
突然の謝罪に驚いて凝視してしまった。俯き加減な横顔は少し悲しそうに見えて、少しだけ胸が痛くなる。
「私が、変なこと言ったから……その」
「そんなことはない」
あー、言わせちまった。俺のバカヤロウ!
「俺が勝手に不機嫌になっただけだ。マリーは全然悪くない」
「なら、良かったです。正直嫌われたんじゃないかなって不安に思っちゃいました」
ようやくこちらを向いた顔は安堵の色が見えた。そんなに不安に思わせてしまっていたのか。さらに胸が痛くなる。早く行動していれば、嫌な思いをさせないで良かったんだが……すまねぇ。
「本当にすまない。償いは気が済むまで、なんだってするぞ」
頭を下げて許しを請う。しかし、返答は貰えなかった。不安になりながら顔を上げて様子を窺う。マリーは眉を下げて微笑んでいた。
「それだとグランさんが罪を背負ったみたいで、嫌です」
重苦しかった胸の内が軽くなる。たった一言でこんなにも救われる思いになるのは、とても不思議だ。自然と顔が綻んでいくのが分かる。マリーの表情一つ、言葉一つで心が浮ついてしまう。
自然と俺の顔が綻んでいき、目の前のマリーも優しく微笑んでくれる。それだけでもやもやとした嫌な気配が消え去っていく。
「ははっ、ありがとう。なんだか最近はマリーには敵わないなぁ」
「グランさんのお陰ですよ。こうして一緒に暮らしてくれるお陰です」
嬉しいこと言ってくれる。頬の筋肉が緩んで仕方ねぇな。いつの間に、俺は弱くなっちまったんだかわからねぇ。
――――だから、調子に乗ってしまう。
「ここは暮らしやすくて、今更傭兵団に戻るのが億劫になるな」
「……それは」
「マリーの夢の相手が羨ましいな。できることなら俺がとって変わりたいくらいだな!」
いやー、本当に羨ましいな! はっはっはっ!
呑気に適当なことを喋ってしまった俺。反応のないマリーが心配になって様子を窺うと、馬鹿な思考が吹き飛んだ。
一目見ただけで分かるほど、耳まで赤く染まった顔。驚いて見開いた目が真っすぐ俺を見つめていた。
――――やべぇ、やっちまった!
「あっ、いやっ、これは言葉のあやでっ!!」
うおぉぉっ、今度は俺がクソ恥ずかしいぞ!
全身が熱くなり、汗が噴き出て加齢臭が気になる。
「そそっそうですよねっ、そういう意味ですよね! いや、でも……もしかしたらって……あっ! そういう意味ではなくてですね!」
マリーも慌て出して手をパタパタさせたり、頷いたり頭を振ったりして世話しない。また微妙な空気が流れたぞ、どうするんだよコレ!
助けを求めるように視線を彷徨わせると、窓に気配がした。ドリアードたちがこちらをじっと眺めている。どんな羞恥プレイだよ、コレ!
「マリーとグランも仲間になる!?」
「仲間は家族、そういう意味だね!」
「良きに計らえ」
こいつら窓開けて、こっちに飛んで来る! しかも、よりによってマリーに突撃しやがった!
「きゃぁ!?」
マリーがこっちに倒れてくる。
この状況でそれだけはやめてくれーーっ!!




