22話 独り言
一本の釣り竿が空に向かって伸びる。竿先がゆっくり上下に動くが、川の流れのせいだろ。変化のない暇な時間だ。
「釣れねぇなぁ」
大岩の上で仰向けになり、釣りを始めて一時間が経った。竿先はちっとも反応してくれない。
……そろそろ戻って来ただろ。
起き上がって周りを見渡すが、大樹と大きな川しか見えなった。肝心のハーマリーはここにない。
「はぁぁ……今日の夕飯はデカイ魚って言わなきゃ良かったなぁ」
最近会話ばかりしてたから、独り言がすげぇ多い。こんなことなら薬草採取についていけば良かった。くだらねぇ見栄なんかやめれば良かったな。
「あ~~、暇」
……駄目だ、自然と独り言が出る。あー、別のこと考えるか。
部下や団長にも定期的に連絡してるけど、団長も厳しいわ。首都を守った立役者なのに、サボってないで早く帰ってこいってうるさい。
減給と隊長職のはく奪を匂わせて来やがった、パワハラじゃねぇのか。最近は窓際族で暇だったし、副隊長三人もいるし平気平気。
ん、もしかして。
「……別に無理して続ける必要ないのでは?」
席を譲って気ままに生きるっていうのも手だな。酷使してきた体にはガタがきてたし、頭はハゲたし……これは神のせいだな。
ハゲのままではいざという時に助けられない。
っていう決め台詞が良かったな……代わりに俺の心が痛んだが。団長だって超万能な創造スキルが使えなくなるのは、立場的にもキツイはずだ。
そうだそうだ、俺は悪くない。
団長もいい年になったんだから、結婚すればいいのになぁ。一応王族の血筋ですげー美人だから、そういう話あると思うんだが。
そろそろ、かなぁ。
起き上がって周りを見たら――――
「いねぇなぁ……」
溜め息が止まらん。あの金髪は見えなかった。あれから一時間経ったと思うんだが、まだ終わんないのか。
「まさかっ……いや、でもあれをみたら。んー、でも」
そうなんだよな、ハーマリーって強いんだよ。魔法でなんでもできるし、常に防御魔法を展開できる。
一回深淵の大樹森にいる魔物との戦闘見せてもらったが……あれだ。ドラゴンお母さんの娘ってだけあるわ。どんな相手でも瞬殺だった。
絶対にあの魔法クソジジイよりは強いね。流石俺のハーマリーだ。
「いやいや、俺のじゃねぇしっ!」
うわぁっ、何言ってんだよこのハゲ!!
冗談は頭だけにしろよっ!!
本当にすいませんでしたぁっ!!
あ~~、クッソ恥ずかしい。顔が火照ってるし、汗が出る。しかも頭皮の脂汗も出てきやがった。今ここにハーマリーがいなくて良かったな。
ハゲが反射すると、いつもハーマリーの表情が曇るんだよな。ハゲのプレッシャーだ。未だにハゲを治せる度胸がつかないのは見ていて分かる。
気にしてない素振りをみせてるが、バレバレだよな。そりゃぁ早く治ってさ、ハゲじゃない格好いい俺の髪型を見て欲しいんだが。
って何を言ってるんだ?
まぁとにかくだ。ハゲじゃない俺を見て欲しいっていうか……いや見せてどうするんだよ。
……今度こそ、いるかな。
――――いなかった。
あー、駄目だ駄目だ! 一人でいると訳分からんことばかり考えてしまう!
「……本当に最近は一緒にいたんだな」
口から言葉が滑っちまう。
何か喋れば絶対に返答があったから、癖になっちまったのかなぁ。つーか、以前の俺はどんな生活してたのかあんまり思い出せねぇ。ここに来てからの生活だったら、すぐ思い出せるんだが。
最初はどうしたもんかと思ったが、意外となんとかなるもんだ。
ミイラにはビビった。俺もミイラにされるんじゃないかって夜はビクついてたな。
後々聞いたらハーマリーも夜にこっそり忍び込まれて、脅されるんじゃないかってビクついてたって言ってた。
「ははっ、そんなわけねぇのにな」
姿を消したのって正解だったんじゃないか? あの微妙な距離で少しずつ交流を持てたのが良かったんだと思う。
まぁ、姿を隠せなくなった時が一番大変だったな。逆に今まで普通に会話していたのに、急にできなくなったのが精神的に辛かった。荒治療だったが、お母さんにはいいきっかけ作ってもらったし……感謝だな。
その後、体調不良で倒れた時は焦った。あれが一つのきっかけになった訳だが、俺が原因だったのがすごくショックだったな。無理させちまったんだなって、一晩中反省してたわ。
あれからできるだけ一歩引くようにはしていたんだが、丁度良くつき合えていたと思う。うん、自画自賛。今じゃ時々触ってくれるようになったし、あともう少しってとこ――――
「俺は傭兵団に戻るのか?」
あの家から出てしまう?
傭兵団に戻って、戻って――――どういう暮らしだった?
脳裏に過るのは、ここで過ごした日常だけ。
心地いい日差しが降り注ぎ、涼しい風が通り抜ける芝庭。
流れる小川のせせらぎが心地よく耳を打ち。
目で楽しませてくれる、ゆっくりと回る水車。
大樹森の奥地から具現化してうるさく纏わりつくドリアードたち。
そして、そして――――
「……あーーっ!! 今は分からん、分からんぞ!!」
立ち上がって乱暴に衣服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になる。そのまま水面に向かって、大岩から跳躍した。
近づく水面が目の前にくると、大きな水しぶきが上がる。
◇
足で水をかき、全身に力を入れて浮上する。
そして、眩い水面に向かってハゲを突き出す。
「ぶはぁぁっ!!」
パンツどっかいった! クッソやばい!!
だが、腕に抱えるこの獲物だけは絶対に離すわけにはいかねぇな。銀色に光る魚体、今日の夕飯だ。頭はハゲてるが、なんとかボウズにならずにすんだわ。
大岩のある岸は……右手か。すいすいす~いっとな。
川辺の石ころが足の裏を刺激して、いてぇなぁ。
「グランさんっ!」
「ん? おっ、ハーマリー!」
見上げると大岩にハーマリーが立っていたのが見えた。
おお、帰ってきたんだなぁ。顔がにやけてしまうわ。ん、なんで俺の服を抱き締めてるんだ?
「これだけ置いてあって、すごく心配しました!」
あ、降りてきた。なんか声が震えているような……良く見ると涙目、なのか? こっちに近づいて……ヤバイっ!!
「くっ、来るな! 今来ちゃいけないっ!!」
「何か伝言を残してくれてもっ……!」
「違う、そうじゃない!! 俺から離れてくれっ!!」
「~っ! 私のこと嫌ならはっきりと言ってくださっても!!」
「パパパッパンツ履いてないんだよっ!!」
しーーん、となった。
めちゃくちゃ気まずい。お魚さん、本当にありがとう。ハゲは隠してくれないけど、今一番防がなきゃいけない所を隠してくれる。俺の救世主。
「~~っ!!」
めちゃくちゃ唸ってる。ちらっと盗み見ると、すごく顔が赤かった。
……い、いい表情するねぇ。
「ごっ、ごめんないっ!!」
やっぱりそうなるよな。ん、ちょっと待て……俺の着替えは?
「あっ、ちょっ……待ってくれっ!!」
「おっおぉっおかまいなくぅっ!!」
「ち、違う違う!! 俺の着替えぇぇえっ!!」
待て待て。いてっくそっ石がっいてぇぇっ!!
◇
その後、なんやかんやあって着替えを取り戻した。
ひたすら顔を真っ赤にして謝るハーマリー。穏やかに終わると思ったが、結局最後の最後まで慌ただしかった。
まぁ、なんだ。刺激的っていうか、可笑しかったわ。
大岩の上で釣り竿を回収したし、よし!
「さて、帰るとするか。木箱出してくれ」
魔女のマスコット、ハゲおっさんとは俺のことよ。
だが、お願いしたのにも関わらずハーマリーは木箱を出してくれない。怒らせちまったか? と思ったんだが、そうでもなさそうだ。俯いて、なんかあったんかなぁ。
とりあえず見守っていると、杖を手に取り呪文をかけ始めた。
あれ、いつもと違うぞ?
首を傾げながら見ていると、杖の柄の部分が長くなった。
「あの……」
お、なんだ。なんかくるな、これ。
ハーマリーが先に杖の柄に横向きで腰かけると、手を伸ばしてきた。
「一緒に飛びませんか?」
戸惑いながら上げられた顔。
恥ずかしげに逸らされた目線がちらり、と何度か合う。
それだけで体の奥から熱が上がり、頭の中が真っ白になる。
「い、いいのか?」
「……はい」
「大丈夫なのか?」
「……はい」
「途中で突き落としたりしないか?」
さっさと誘いに乗ればいいのに、なんで何度も問いかけるのか訳が分からん。いや、でも確認は大事だ。うん、大事だ。
一人悶々としていると、俯いたハーマリーが杖から降りてこちらに近づいてきた。怒らせちまったかなって思ったんだが、そんな感じではない。俺の隣に並び立つと、杖の柄を後ろに回す。
優しく俺の手に添えらる、ハーマリーの手。
触れた瞬間から熱量が上がる。
徐々に力がこもり、俺のごつい手をしっかりと柔らかい手が握った。
鼓動が早くなる。
「大丈夫です」
はっきりと言い切った。
見下ろすと、青い瞳と視線が合う。真剣な眼差しだ。
だが、すぐにそれが崩れた。
優しい微笑みを浮かべ、口元は緩く弧を描く。
「一緒に乗って下さい」
あぁ、嬉しいな。
体が軽くなって自然と飛び上がりそうになる。
ほら、顏だって自然と綻んじまう。
隣に並ぶだけだっていうのに、どうしてこんなに心が躍るんだろうな。




