21話 夜更かしボードゲーム
玄関を開けると、暗がりの廊下に夕日が差し込む。そこに移る影が二つ、俺とハーマリーだ。
「やっちまったな」
「やっちゃいましたね」
二人で肩を落として家の中に入った。
別にヤバイことをしていたわけではない。無為に過ごした時間はとっても有意義だった。が、昼飯を食ってぐーたらしていたら、夕方まで寝てしまっていたんだ。
素晴らしきスローライフな日々よ。スローライフの日常はガタついた四十の体に優しく染み渡ってやみつきになるな。
廊下を進み、キッチンへと続く扉を開けて中に入る。
「今日はどうします? 夜は寝れなさそうですが」
「そうだなぁ……何かゲームでもしようか」
「あ、いいですね! 新しいゲームとか教えてくれますか?」
長い夜には気晴らしできるものがいいよな。さて、今度は何をしようか。
◇
光球が照らし出すキッチンの隣の部屋。低いソファーの前に絨毯を敷く。さて、アイテムボックスさん……アレを出してくださいな。
すると俺の手にずっしりと重いものが掴まされる。引き抜くと抱えるほど大きな四角い箱が出てきた。
「その箱が人生ゲームっていうすごろくなんですか?」
キッチンから料理の乗ったお盆を手に持ち、こちらに近づくハーマリー。今日は薄紅色のワンピースに灰色のショールを羽織っていた。ちらりとショールの隙間から見える肩が眩しい。
「ちょっと広げるから、待っててくれ」
絨毯の上に座り、箱のストッパーを外す。中から折り畳まれたボードを手に取って広げる。二畳分の大きさになったが、相変わらずでけぇなぁ。あとは持ち物を分けて、んーこんなもんかな。
「かなり大きいですね」
俺の隣にお盆を置くと、並んでハーマリーが座った。
「ちなみに裏面もあるぞ。全部で千コマある、超特大盤だ」
「今夜中に終わるんでしょうか?」
「ま、ゴールできなくても楽しめればいいな」
ゴール目的だったらサイコロの数を増やせばいいしな。なんとかなる。
「本当ならボードに指示が書いてあるんだが、コマの数を多くするために指示は別の冊子に書いてあるんだ。ほら、これだよ」
「分厚いですね。辞書みたいです」
冊子を差し出すとハーマリーは目を丸くして驚いた。中身をペラペラ読み始めると、不思議そうに首を傾げる。
「これ……グランさんの前世のもの、なんですよね」
「おう、そうだが」
「文字は初めて見るのに、読めます」
「神スキルの効力かな」
この辺は楽でいいよな。
さて、先に一口食べるかな。薄い焼いた生地に野菜と肉を撒いたトルティーヤっぽいヤツ。うんうん、シャキシャキジュワッて美味しい。
「こちらをどうぞ」
「んっ」
両手でそっと渡される木製のジョッキ。取っ手を持ってあおりながら飲む。ん、今日は白か。
「他にも強い蒸留酒、口直しにスッキリとした果実酒ありますよ」
「つまみも色々揃ってて、準備万端だな」
「はい、やりましょうか」
なんだか楽しくなってきたぞ。お互い向き合って笑うと、サイコロを握る。よし、頭の角度を間違えないようにしないと。またハゲ乱射して大変なことになるな!
◇
サイコロを振り、コマを進めて数字を確認した。緊張しながら指示書の内容を確認して――――
「そっそんなっ!!」
ハーマリーが床に手をつき項垂れた。
「また五マス戻るって酷くないですか! しかも、借金までして! 学生ってあれですよね、働く前の職業ですよね! どうして働く前から借金するんですかぁぁっ!! 働いていないのがいけないんですかぁぁっ!!」
「お、おう……」
ハーマリーは絶望的に運がなかった。サイコロを振って出た目を見て、しょんぼりとする。コマを進めて指示書を確認すると、頭を抱えて打ちひしがれる。悲しみ八割、喜び二割……二割あったか?
お陰で俺は二十コマくらい先をいっている。流石にこれだけ差ができるのはつまらんな。競うからこそ楽しいもんだ。
「なぁ、ハーマリー。今からサイコロ二個にしてやってみないか?」
「うぅ、ですが……平等ではありません」
「こういうもんは皆で楽しむもんなんだよ」
ほろ酔いの姿を俺は楽しんでいるんだがな。いやいや、そういうことはちょっと横に置いておいて。しっかし、ショールから覗く白い肩が……いやいやいやっ!
「何か負荷をください。ズルをするので、それ相応のものをっ」
「えっ、えーっと……酒を一気飲み、は体に悪いし」
「では、それにします!」
「えっ、待て待て! あっ、あ~~……」
こいつ、蒸留酒をコップに注いで飲みやがった! いやいや、ちびちび飲むヤツを飲むのは流石にハーマリーでもキツイんじゃないか?
ほら、少しえずいているし。あぁ、もう。
「ゲホッ、ゴホッ」
「だ、大丈夫か? 水持ってくるか?」
「いいえ、やりましょう。サイコロ二つにして、逆転しますよっ」
い、意外と大丈夫そうか? 結構元気そうだから大丈夫……だよな、うん。
優しく転がるサイコロ。コロコロと転がって出た合計は――――5。
瞬時に床に両手をつくハーマリー。
「あぁぁぁぁっ」
「い、今のは試し振りな! もう一回、もう一回振ろう!!」
この後、もう一度振り直す羽目になったのは言うまでもない。こりゃぁ、サイコロ三個も考えておかないとな。
◇
サイコロ三個目を導入したハーマリー。サイコロ二個でも俺たちの差が全然縮まらないってどういうことなの。再び強い蒸留酒を飲んだんだが、徐々にアルコールが回って来たんだろう。かなーーり、俺にとって刺激的な展開になってきた。
「どうしてぇ、社会人ににゃったのにぃ……借金抱えて独り身にゃのぉっ」
絨毯の上に寝転がる扇情的な姿。ショールを脱いだ薄紅色のワンピースから覗く、白い腕や足。ふっくらと盛り上がる谷間が覗き見える。
顔は頬や耳まで赤くなり、虚ろな目が少し潤む。少し見るだけで終わりたかったのに、視線を外せねぇ。思い切って目を閉じたとしても――――
「うぅんっ、はぁっ……」
ふぅぅぅぅっ、いらん想像するから駄目だなこれ。
「ほら、出番回って来たぞ」
「どうせぇ、私がサイコニョふっても……」
いやいや、と寝転がりながら体を揺するんじゃないっ!! あれだっ、それだっ、これだっ!! 揺れてる、揺れてるんだ。くっそぉぉっ、見ちゃいけない見ちゃいけないっ!!
「ふぇぇぇっ、グランしゃんは順風満帆でしゅねぇ……」
そそそそっそう! っていうか、別の意味でのハーマリーのハマリ具合がすごかった。
狙ったかのようなマイナスのコンボは、慰めの境地を越えていた。だからやさぐれたんだろうなぁ。俺が恋人ができて臨時収入を得ると「えっ、私を置いていくんですか?」って涙目に言われた。
それが結婚に至ると「グランさんのバカァッ!!」って何故かビンタ貰うし。子供が出来たら「もう……望みはないじゃないですか」って泣き出すし。
いやいや、ゲームにハマリすぎだろ。……でもそういうところが、って俺が冷静にならないでどうする。
「しっかりしろよ。もうやめるか?」
「勝ち逃げは、許しましぇんよっ!」
うおっ、急に起きやがりやがった!
「毎回っ、私がっ、負けりゅとでもっ」
正面でっ揺れるっ!! 見えない、何も見えないぞっ!! 絶対に目を開けるなっ!!
「ちょっと、どうして目を閉じているんですかっ」
いやいや、精神衛生的に悪いじゃねぇか!! 目を閉じているけど、両手で顔を隠してやる!!
アレ、何も反応してこないぞ。可笑しいな、と思い指の間から覗き見た。
――――うわぁっ、こっち睨んでるっ!!
可愛いけど居た堪れない。さっと指の隙間を閉じた。
束の間の静寂。何事も起こらなければ、そう思っていた。
手の甲に気配がする。ゆっくりと近寄って、ピタリとくっつく熱い手のひら。細い指先が少しだけ食い込み、弱弱しい力が加わる。抵抗もできず、顔を覆っていた手を外された。
視線の先に青い瞳が見える。潤んだ上目遣いに上気した頬。息が詰まる。うるさく鳴る鼓動が自分の耳にまで聞こえ、さらに羞恥心をあおった。
視線を外そうにも、射抜かれて無理そうだ。ただ見つめ合う、それだけなのに体は火照り出す。
そしてゆっくりと表情が変わる。
優しく細められた青い瞳。
緩く上げられた口元。
「顔は見せてくださいね」
へにゃり、と蕩けた力のない笑みだ。
「私のこと、しっかり見てくれないと嫌ですよ」
避けられた手は今も優しく握られて、離れない。柔らかい感触に熱い体温。異性を意識する甘美な匂いが、酒気に混じって体内に入った。
――――頭がクラクラする。
視界が揺れに揺れ……んん? 揺れているのは俺じゃなくて、ハーマリー?
「いにゃでしゅよぉ……」
バタンと横倒れになった。手をしっかりと握りながら。
俺は手で額を叩き、ハゲをつるりと撫でた。
「このままでどうしろとっ……」
いっそ魔法で眠らせてくれっ!!




