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20話 花に笑う

 色彩豊かな花が一面に広がる。太陽は少し傾きかけたが、温かな日差しは続いていた。


 視線を少し上げれば、空に舞うのは先ほどの精霊たち。嬉しそうに跳ね、喜びで輪を作り、風に乗って心地いい歌声を響かせていた。


 俺とハーマリーは並んで座っている。ハーマリーは膝を抱えて遠くを見たまま、口を噤んでしまった。時折口を開いては、戸惑いながら閉じていく。中々本題には入ってくれない。何か話したほうがいいな。


「そういや」

「えっ、あっ、はいっ!」

「……どうしてハチがここまで案内してくれたんだ?」


 すぐに反応はしてくれるんだな。ま、話しやすい話題を出せば何かのきっかけになるだろうよ。


 もう一度問いかけるように、首を傾げた。こちらを凝視していたハーマリーは少し慌てた様子で、視線を逸らしながら話し始める。


「この辺りに生息しているミツバチです。花からミツを集めるハチにとって花の精霊は……親のような存在ですね。だからその親が苦しんでいる姿を見て、黙ってはいられません」


 確かにそうだ。ミツバチにとって花はなくてはならない存在。そしてそれは花にも言える。ミツバチは花粉を運んでくれる大切な存在。お互いにいなくてはならない、そんな感じだな。


「お互いに大切な存在なのと、優しい場所なのは分かった。が、邪気とは無縁に見える。どうして、あの花の精霊はエレメンタル化しそうになったんだ?」

「あの子はここを旅立った花の精霊です。空を漂い、きっと人の傍に降り立ったのでしょう」


 人の傍、か。もうその時点でなんとなく想像できてしまう。


「人の身近にある物の精霊はエレメンタル化しやすいです。特に花は人の様々な感情を受けるものでしょう。良いものもあれば、悪いものもあります。あの子は悪いほうに傾いてしまいました」

「ならどうして自分の故郷を(けが)すことが分かって、ここまで戻って来たんだ?」


 黙って花畑を見つめるハーマリー。微かに頷いた。


「生まれ育った場所、というのは心の拠り所……ではないでしょうか」


 その言葉が俺の心を(えぐ)ってきた。


「自分が亡くなる前に、故郷に戻りたかったんだと思います。穢れると分かっていても、望郷の念は消えません。この場所で生きる存在は温かく迎い入れて、寄り添ってくれます」


 慈しみに溢れる声とその目。それが羨ましそうに見えた。

 ハーマリーの中で令嬢だった頃の記憶が残っているせいだろうな。あんな酷い記憶でも、望郷の念になるのだろうか。


 大切な存在がいた故郷、か。


「ハーマリーがいてくれるから、帰ってこれるかもしれねぇな」

「えっ?」


 なんでそんなに驚いているんだよ。あー、これはあれですよ。無自覚だな。


「その様子だと、今回のことは一度や二度じゃないはずだ。定期的にこんなことをしているんじゃないか?」

「……何も言っていないのに、良く分かりますね」

「まぁ、傭兵団でそれなりに人を引っ張って来たから。なんとなく、だったけどな」


 と、曖昧に言ってみたりした。


 本当はハーマリーを観察してたから分かったことだ。ハチが来た時から、今までの行動や表情。落ち着いて行動できていたし、動きに無駄がなかった。俺にまで意見を求める余裕もあったしな。


 ま、今はそんなことはどうでもいい。


「こいつらが帰ってこれる理由はもう一つ。ハーマリーがいる安心感ってやつだ」

「私が……ですか?」


 なんだその、信じられませんって顔は。少しは自分を存在を認めろっつーの。


「ここにいるヤツらは学習してるんだよ。何かあったらハーマリーが絶対になんとかしてくれるってな」

「……私って頼られているんですか?」

「ん、そうじゃねぇの? 助けられたヤツに聞いてみっか」


 これは困った生徒さんだ。立ち上がり手を添えて空に向かって大声を飛ばす。


「おーい! お前らはハーマリーがいるから、ここに戻ってくるんだよなぁ!!」


 ふわふわ浮かんでいた色がピタリと止まる。一呼吸の後、一斉にこちらに向かってきた。様々な色や形をした花の精霊があっという間にハーマリを覆い隠しやがった。いや、集まりすぎだろ。


 そして、一斉に声を出すからすげぇうるせぇ。


「あぁあぁっ、あのぉっ」

「なんて言っているんだこいつら」

「えっと、その……私のお陰だと言っています」

「ほらな」


 やっぱりそうだろ。自覚したんなら、こいつらをコキ使うような態度でも取ってりゃいいんだよ。


 一人うんうん、と唸る。しばらくすると、満足したのか花の精霊が離れていくが、変なものが見えてすかさず掠め取る。捕まえた精霊は小さいおっさんの形をしていた。

 気持ち悪ぃ。とりあえず、遠くにぶん投げてみた。


「はぁぁっ、びっくりしました」


 うん、俺もびっくりした。

 ここでようやくハーマリーが姿が現れる。髪の毛がすげぇボサボサになってて、笑えるわ。もう一度隣に座り、尋ねてみる。


「んで、何を話してくれるんだ?」

「あっ……ご、ごめんなさい」


 慌てながら髪の毛を整える姿を見て、俺もそっとハゲを撫でる。毛が生えたら、毎日ブラッシングするんだ。


 ハーマリーが息を吐き、吸い込む。もう準備はいいのか?


「怒らないで聞いてくださいね」

「内容次第だな」


 少しだけ茶々を入れると、少し噴き出して笑ってくれた。うん、いいね。


「この世界に転生する前に神に言われました。唯一の魔女として役割を全うして生きろ、と」

「……精霊の浄化、か?」

「そう思っていましたが、今は良く分かりません。何かしらの意図があり、謎かけをしているように思います」


 魔女、人ならざる者の代弁者。

 このまどろっこしい名前からして、良く分からん。


「はじめは前々世の罪の償いのためだと思ってました。魔女の魔力には邪気や悪意を浄化する力があるそうです。でも浄化するには、悪意に触れなければいけない。誰かの悪意を受ける、それが償いだと思いました」


 それが神の意図なんだったら、俺はぶん殴ってるわ。


「でも精霊の手助けをしていて、悪い事ばかりではありませんでした。だからでしょう、神の意図が見えなくなりました。本当は何をさせたいのか、今では良く分かっていません」


 世界の邪気を払う役目がどーたら、こーたらじゃないってわけか。確かに最終的な目的が見えないのが憎たらしいな。


「自らの答えを出せ、そう言っている気がします。でも、問いからして分からないので答えは当分でなさそうですね」

「他には分かったことはないのか? どんな小さなことでもいいぞ」


 苦笑いを浮かべるハーマリーに問いかけた。すると、少し表情を固くする。

 こりゃ、何か来るな。


「そう、ですね。分かったことは前々世の時、私の周りには悪意しかなかったことでしょうか」


 少しだけ触れたハーマリーの記憶が脳裏に蘇る。断片的にだが、関係する者たち全てが悪意の塊のように見えた。だから思う、悪意しか知らなかったから悪役令嬢なんて生まれるんじゃないかって。


「なぜ自分が悪逆非道な行いをしたのか、今世になってようやく分かりました」

「それはなんだ?」

「私は知らなかったんです、悪意以外を。それを理解した時、私だけが原因ではないという事実を受け入れられました」


 自分のせいだと抱え込むのは簡単だ。

 だが、自分のせいじゃないと理解するのは難しい。

 ハーマリーは千年以上の時間を使い、自分で結論を出したんだな。


「自分で考えを呑み込めた時、すごくホッとしました」

「……そうか、偉いな」

「……はい」


 安堵したと思ったら、また小難しそうに表情を歪めた。まだこの問題は根深そうだ。

 膝をぎゅっと抱えて、顎をその上に乗せる。遠くを見つめている目は憂いを感じた。


「償いって……どこまで続くんでしょうか」

「もしかしたら、その答えも自分で出せってことか?」

「難しい、ですよね。許してくれる誰かもいない中で、誰に許してもらえばいいのでしょうか」


 それがハーマリーが話したかったことか。

 一人でずっと考えていたんだろうな、そう思うと胸が詰まる思いだ。わずかに見える目は遠くを見つめて揺れ動いていた。


 ありがとな、話してくれて。

 少し勇気づけてやるか。


「誰にも許してもらえなかったら、自分で自分を許せばいいんじゃないか?」

「……えっ?」

「答えがないなら勝手に作っちまえよ。誰かじゃなくて、ハーマリー自身がさ」


 顔を上げて驚いた表情を向けている。ポカンと口開けて、だらしねぇなぁ。


「それが嫌ならのんびり人と暮らしながら、死ぬまでに答えが出ればいいじゃねぇか。おっと、俺のハゲは優先してくれよ。できるだけ早くな」


 おどけて言ってみる。すると、ハーマリーが釣られて笑ってくれた。肩を揺らして可笑しそうに。……そんなに可笑しかったか?


「……実は夢に少し追加が入りました」

「へー、どんなのだ?」


 こちらを見ながら明るい声で話してくれた。こうして何気ない視線を交わせるようになったのは良かったな。


 聞き返すと、視線を外さず顔を少し傾げて微笑んだ。


「……秘密です」


 少し顔が赤い気がした。きっと傾いた夕日のせいだろう。視界が全て赤くなっていたのだから。


 ま、その内教えてくれればいいか。なんて、呑気に思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここだけでの感想というわけではないんですが。 ハーマリー、すでに腰と(釣りの時)手を(毛に見えた私は末期)握ってるんですよね。 これはアレですよ、すでに頭をさわ……うん、ハゲ頭に触れるには…
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