99.
よろしくお願いいたします
皇帝の前で花瓶の水を被ったジェイルにアムド2世は呆気に取られていたが、みるみるうちに金髪の髪が燃え立つような赤毛に変わるのを見て、驚愕の声を上げた。
「あ、赤毛!?ジェイル、おまえは一体……」
ラドハルトの王子は俯いていた顔を上げ、アムド2世に向かい合った。そして皇帝はその顔を見てはっとする。
「……キース・ダッケル!」
まるで幽霊でも見たかように皇帝は驚愕の顔をひきつらしたまま、声を絞り出した。
そう、ここにいるはずのない男の名を……
「どうです、叔父上。瓜二つでしょう?ふふふ。ガラスレンズを取ると、もっと似ていますよ。」
ジェイルは瞳にはめ込んでいたブルーのレンズを取り外す。そこには皇帝のよく知った、若かりし頃のダッケル公爵が立っていた。
「うわぁぁぁー!!」
アムド2世が悲鳴を上げる。
「そ、そんなばかな……」
「信じたくないお気持ちは分かりますが、これが真実です。母国への信頼の印に母は兄に貴方の名前に似たアルドという名を付けました。だが、私には……」
「ジェイル……!!ジェイラル・ダッケル!」
「そうです。先代のダッケル公爵から名前をもらったのですよ。アムダルグにいた頃から二人は愛人関係でしたが、母がラドハルトに嫁いだ後もこっそりと繋がっていたのですよ。
さすがの母も跡取りだけはちゃんとラドハルト国王の血を継ぐ子を産んだようですが、その役目を終えたあとはやりたい放題でした。国王が黙認しているのをいい事にね。なんて恥知らずな女なのでしょうね。」
まるで金縛りにあったようにその場から一歩たりとも動けずにいる皇帝を尻目に、ジェイルは水に濡れた赤毛を懐から取り出したハンカチで拭きながら話を続けた。
「父は全てを知っていて私を我が子として扱ってくれました。それは母と愛人が亡くなってからも変わりなく、いや、それまで以上に愛してくれています。ですから貴方はラドハルト国王には借りがあるのですよ、叔父上。」
「ううっ……」
ジェイルの話を聞き終えた皇帝は唸り声をあげた。
「……それで今さら私にどうしろというのだ?」
しばしの沈黙の後、皇帝が重い口を開く。
「そうですねえ…、まずはソルシアンとアニスの嬢の仲をお認めになり、私がナターシャに求婚することをお許しください。そして我が父、ラドハルト国王に叔父上から話をしてください。」
「ど、どうしてもあやつに頭を下げねばならんのか?」
「それはそうですよ。一応私はラドハルトの第二王子ですからね。アムダルグで暮らすとなると、父王の許可がなければラドハルト国から出られませんから」
「ええ?おまえ、アムダルグに移住するつもりなのか?」
「勿論ですよ、義父上。繊細なナターシャが他国でなんか暮らせるわけありません。幸い私の動物学的な父である、ダッケル公爵には直系の血族がなく、ダッケル領は現在、貴方預かりになっているそうではありませんか?それを私に下さい。」
「……よく知っているな。そ、それに義父上と呼ぶな!!まだ認めたわけではないわっ!」
「ふふ。この日のために全てを調べ尽くしましたからね。なんてったって私の父はあのラドハルト国王ですよ。それにしても、諦めが悪いですよ、義父上。それとも叔母上いいえ、義母上にご相談させていただく事にいたしましょうか?」
「だ、駄目だ!あれは今、風邪気味で体調を崩している。余計な心配をさせてはならぬ!わ、分かった。おまえのいう通りにしようではないか。但し、必ずナターシャを幸せにするのだぞ。よいな?」
「はい、お約束いたします。彼女を泣かすことは未来永劫いたしません。私の一生を懸けてナターシャ姫を幸せにいたします、義父上。」
こうして、ジェイルはまんまと皇帝の許しを得て、現在ナターシャの住む離宮にいるのだった。
「まあ、こんな感じさ。」
不敵な笑みを形のいい唇に浮かべ、楽しそうに話しながら今度は瞳からブルーのガラスレンズを取り外した。そこには
「赤い瞳……」
ジェイル本来の夕陽のような赤々と輝く双眸がナターシャを見つめていた。
「……なんて綺麗なの。」
彼女は無意識のうちにそう呟いていた。その言葉にジェイルは不思議な生き物を見るように彼女を見た。
「綺麗?私は王子でもラドハルト人でもない、不義の子なんだよ。そんな汚れた血が流れる男なんて、由緒正しきアムダルグの皇女様からみたら穢らわしい存在なのではないのかい?こんな真実を知ってしまったからには君は私を嫌悪するんじゃないのかい?」
「そ、そんな事、思わないわ。貴方を穢らわしいなんて思わない!私がそんな風に考えると思うなら、何故そんな重大な秘密を私に打ち明けたの?」
「君には私の全てを知って欲しかったからさ。」
燃え立つような瞳でジェイルはナターシャを見つめた。
「そして、そんな私でも受け入れてもらいたいと思ったからだ……」
そして彼は人差し指で優しくナターシャの顎を上向かせた。顔が近づき、吐息が彼女の薄紅のさす頬にかかる。ジェイルは今度はゆっくりと唇を近づけ、先ほどのような不意討ちではなく、嫌なら拒める速度で彼女の気持ちを試しているかような口づけを求めてきた。そんな彼の気持ちを知ってかしらでかナターシャもジェイルからのキスを心待にしているように、そっと瞳を閉じる。
「殿下……」
「ちがう、ジェイルだ。言って……」
「ジェイル様……」
「君が好きだ。」
告白と共に唇がそっと重なりあう。ナターシャは身を震わせながら彼から贈られる二度目の口づけに酔いしれた。




