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80.

 シーザーとロザリーはあっという間にとても気の合う友達になっていた。そしてロザリーは仕事にも慣れ、ロックフォード家に来て一年が過ぎようとしたある日、


「ロザリー、仕事が終わったらいつでも図書室を使ってもいいからね。」


「シーザー様!いつもありがとうございます!!実は昨夜お借りした本の続きが気になって仕方なかったのです。」


「クスッ…君は本の事となると、目の色が変わるな。そんなに読書が好きなのかい?」


「はい!昔から本が読めればそれだけで幸せでした。あ、こんな女、変ですよね。自覚はしているんです。普通と違うことは…」


「そんなことないよ!君は全然変じゃない。大体、世の女性たちはお洒落にばかり気を取られていないで、もっと本を読むべきだ。男性陣だって、いくら外見を着飾っても、中味がない女性には魅力を感じないからね。


 ……その点君は博識だし、物事をよく考えてから行動に移す。……君はとても魅力的だ。」


 シーザーは熱い眼差しでロザリーを見つめた。最近の彼はなんとも言えない表情を彼女に向けることがある。その視線にどぎまぎしながらロザリーは答えた。


「シ、シーザー様はお優しいですね。わ、私なんて綺麗でもないし、殿方とお話するのだって上手に出来ない、つまらない女なんです。」

 

「君は全く自分の魅力が解ってないようだね。……その髪も、その瞳も……その唇も。君は全てが魅力的なんだよ…」


 シーザーはそっとロザリーに近づくと、その唇に自分の唇を押し当てた。

 

「あ…」


突然の出来事に少女は動く事すら出来ずにただされるがままに彼の口付け受け止め、シーザーは夢中で彼女の唇を貪り続けた。しばらくすると、された時と同様にゆっくりと唇は離れてゆく。そしてお互いの唇を名残惜しそうに目で追いながら二人は離れた。


「ごめん…我慢できなかった。僕とのキスは嫌だった?」


 ロザリーは無言で首を横に振った。初めて会った時から彼に惹かれていた。真剣に本を読む彼の姿が好きだった。自分にだけ向けてくれる、彼の優しい笑顔が好きだった。でも遠縁とはいえ、自分はただの使用人に過ぎない。ロザリーはどんなに好きでも報われない愛だと思っていたから、この想いに蓋をしていた。


「ロザリー、君が好きだ。初めて会った時からずっと。」


「わ、私もシーザー様が好きです。でも私は使用人です。貴方とは釣り合いません。」


「そんなことはない。君は男爵令嬢でロックフォード家の身内でもある。ロザリー、僕と結婚してくれるかい?君との事、父に話すよ。いいね?」


「は、はい。シーザー様……うれしい……」


 ロザリーの涙をシーザーが口付けで吸いとる。想いが通じ合った二人は幸せそうに抱きしめ合った。


 ……しかしその直後、疫病がイール国を襲い、二人の運命を狂わせたのだった。父に王宮に呼ばれた時、シーザーは嫌な胸騒ぎを感じた。


「シーザー、おまえにはロックフォード家の嫡男として、この国を守る責任がある。アビゲイル女王陛下と婚儀を挙げ、陛下を支えていくのだ。」


 彼の予感は的中した。いつも父の命令は絶対だった。シーザーは幼い頃から父の言うことを忠実に守って来た。しかし、今回だけは譲れない。彼はロックフォード家の嫡男として、色々な事を諦めてきた。だからロザリーだけは彼女だけは、他の男に取られたくはなかった。これは生まれて初めて彼がみせた執着だった。


 しかし……


「……分かりました。女王陛下と結婚いたします。」


 シーザーとて今がイール国の非常事態だという事は痛いほど理解できていた。父ガロンが宰相として今為すべき事は、即位したての若い女王を盛り立てて、国の再建に心血を注ぐ事だ。シーザーは自分一人の幸せの為にイール国を見捨てる事が出来なかったのだ。


「ロザリー……」


 人気のない暗い廊下でシーザーは愛しい少女の名を呼んだ。


 その日のうちに二人の婚約は正式なものとなった。そのニュースはロックフォードの屋敷に一番に届けられたのだった。


 「ねえ、聞いた?シーザー様が女王陛下とご結婚されるそうよ。」


 使用人たちは屋敷のいたるところでこの朗報を喜んだ。仲の良いメイドがロザリーにも知らせてくれたのだが、彼女が一体何を言っているのか、少女は一瞬理解できなかった。


「え?」


「だから、シーザー様が女王陛下とご結婚されるそうなのよ!」


 ロザリーは自分の耳を疑った。『だ、だって、シーザー様は私に結婚しようとおっしゃったわ。それが女王陛下と結婚?そんなの嘘に決まっている!』少女はふらつく足取りで図書室に入った。ここでシーザーと色々な事を語り合った。そして見つめ合い何度も口付けを交わした。ロザリーは室内のソファーに崩れ落ちるように腰を下ろした。


「シーザー様……」


 誰もいない室内に少女の声だけが響いた。



***

 


 ロザリーは目を開いた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


「いけない!早く仕事に戻らないと!」


 少女がソファーから立ち上がろうとしたその時、ガチャッと部屋の扉が開き、少女が恋い焦がれてやまないシーザー・ロックフォードが死人のように真っ青な顔をして入って来たのだった。


「シーザー様!!」


 駆け寄ろうとするロザリーを遮るように、シーザーが少女に言い放つ


「ロザリー、君とは結婚出来なくなった。」


 優しい彼からは今まで聞いたことのないような低く冷たい声が少女の心を無惨に引き裂いた。

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