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19.

 翌朝アニスは早めに起床し身支度を整えた。何故なら、昨夜ルルドールと約束し、共に朝食を採らなければならなかったからだ。


「もう、面倒くさいわね!なんであんな約束をしてしまったのかしら?」


 少女は言葉とは裏腹にウキウキしている自分が鏡に映っていることに気付くと、お行儀悪く『チッ』と舌打ちをした。正直、こんな気持ちは久しぶりで嬉しいと素直に認めるのが嫌だった。そんな気持ちと葛藤していると、早々とルルドールが現れた。用意のいいことに、後ろには食事の支度をしたメイドも控えている。


「おはよー、アニス!!元気~?さあ、朝ごはん、朝ごはん!!」


 ……朝からかなりのハイテンションだ。ある意味、凄いなと少女は思うのであった。



 食事の最中もルルドールは少女に色々と話しかけた。


「アニスは川魚は好き?イール国は海に面しているから川の魚はあまり食べないかな?」


「そんなことはありません。父は私の為に外国の食材も取り寄せてくれるので、川魚の料理もよく食べます。」


「へえ、そうなんだー。じゃあさ、今度うちの国に遊びにおいでよ!沢山美味しいもの、ご馳走するからさ。」


「え?ええ……」


「あ、社交辞令だと思ってるでしょ?絶対だからね。約束だよ!」


 しかしこの少年、妖精の様な美しい顔をしてなんとも押しが強い!アニスはまたまたルルドールと約束してしまっていた。しかしこの『約束』で本当に隣国まで出向く事になるとは今の少女は夢にも思っていなかった。そんなこんなの朝食は順調に進んでいった。


 アニスは本当に久しぶりに家族以外の人間と楽しく食事をし、ルルドールの話はどれも興味深く、終始少女を笑わせた。他の上流階級のご婦人が見たら、食事中に声を上げて笑うなんて、はしたないと叱られそうだが、ここには気心の知れたメイドとルルドールしかいない。アニスは自分の心のままに感情を表に出した。


「ああ、お腹も一杯になってきたし、そろそろデザートをお願いしようかな?」


 ルルドールがメイドに向かって言ったとたん、今までの和やかな雰囲気がガラッと変わるのをアニスは感じた。デザートの用意をするメイドの手が明らかに震えている。


「どうしたの、アンナ?」


 アニスが年輩のメイドの名を呼ぶ。アンナはうっすらと目に涙を浮かべ、アニスを見つめた。


「お嬢様、お嬢様は幸せにならなければいけません!このアンナは、いえ、使用人全員があなた様の幸せを願っております。今日、アニス様の笑顔を見て確信しました。アニス様、ご自分の運命と戦ってください!逃げては駄目です!」


「アンナ、何を言っているの?」


 アニスの問いに俯くアンナにルルドールが助け船を出した。


「アンナ、ここは僕が用意するから、お皿を片付けてくれるかい?」


「は、はい。かしこまりました。ルルドール様、後はよろしくお願いいたします!」


 すがるような瞳でルルドールに頼むとアンナはそそくさと空いた皿をワゴンに乗せて部屋を出ていった。何が何だか理解出来ないアニスの目の前に、ルルドールは蓋のついた陶器の入れ物を置いた。


「さあ、アニス、デザートを食べよう。」


 彼は陶器の蓋をそっと開けてみせた。それは空気に触れたとたん、甘い香りを部屋一杯に漂わせた。甘いイチゴの香り……。アニスは一瞬にして凍りついた。しかし、直後に凄まじい怒りが込み上げる。アニスは信じていたルルドールに裏切られた気持ちになっていた。


「……一体、どういうつもり!?あなた、知っていてやっているのよね!」


 怒りで声が震えるのが自分でも分かる。しかし、当のルルドールはどこ吹く風で全く慌てていない。


「え?ただのデザートだよ。ほらね。」


 ルルドールが陶器の中から取り出したのはストロベリーキャンディーだった。それを一つ自分の口に入れた。コロンと飴が口の中で転がる音がする。


「んー、甘酸っぱくて美味しい!!さあ、アニスも食べてごらん。」


「嫌よ!私は絶対にこんなもの、食べないわ!!」


「くすっ。」


 ルルドールがアニスを小馬鹿にしたように笑う。


 「なにが可笑しいのよ!!」


 アニスは鋭い眼差しでルルドールを睨んだ。


「確かに、君の母上はお気の毒だったけど、だからといって君は何にもされてないし、今も元気に生きてるじゃないか。今の君を見て、亡き母上はどう思うのかな?この屋敷の皆が本気で君の事を心配しているのが解らないの?」


「あなたに何が判るのよ!?私の気持ちなんて知らないくせに、偉そうなこと言わないで!!」


 アニスの感情は爆発し、とうとう泣き出してしまった。ルルドールはそれを見て静かに話を続けた。


「うーんと、これは誰にも話した事、ないんだけどさー。僕が産まれる時、母上は心臓の病を患ってて、ホントは僕を産んだらダメだったんだって。それでも母上は自分の命と引き換えに僕を産んだ。そして母上は死んで僕は生き残ったって事。僕は父から最愛の妻を、兄たちからは優しい母を奪った罪な子どもなんだって言われたよ。」


「!!……酷い!誰がそんなことを!?」


 ルルドールの突然の告白に、アニスは思わず尋ねていた。


「ああ、当時僕付きだったメイドにね。まだ五歳の僕にしつこく言い寄ってくるもんだから、ちょっと突き放したら、親切に教えてくれたよ。」


「そんなの貴方のせいじゃないのに。貴方のお母様だって、貴方を愛しいと感じたから命を懸けて貴方を産んだんだわ。メイドのその言葉、亡くなったお母様を冒涜しているわ!!」


 アニスは涙に濡れた瞳に怒りの色を宿しながら言った。


「だろ?君の母上だってそうだよ。母上が君への土産を買う為に、寄り道した先で命を奪われた事は、君のせいじゃない。君は幸せにならないといけないんだ。亡くなった母上の分までね。さあ、美味しいよ。食べてみて。ほら、あーん。」


 ルルドールはストロベリーキャンディをアニスの口元に持っていった。アニスは少しだけ躊躇ったが、素直に口を開いた。


 コロンと小さな赤い飴が口の中に転がり落ちた。とたんに、甘酸っぱいイチゴの味が口一杯に広がった。10年ぶりのそれは、アニスが忘れかけてた優しい味がした。


 幾年もの間少女の閉まりきった心の扉が開いた瞬間だった。熱いものが一気に込み上げてきて少女の頬を濡らした。しかしそれは悲しみの冷たい涙ではなく、暖かい、喜びの涙だった。


 そんな少女をルルドールは静かに慈しむように見守ったのだった……



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