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一史の予感は当たっていた。
青波一中に現れた新任の監督―鈴木は青波一中のОBだった。
古い青波一中の野球帽をかぶっていたいた訳がわかる。
三十五年前、青波一中に全国優勝の赤旗をもたらしたエースピッチャーだったという。
監督―といっても今は前監督にあたる宇井先生は鈴木のことを『最強のピッチャーだった。』と言っていた。
鈴木は一見唯の中年の男だったがその瞳には、強い光が宿っているのを一史は感じていたのだ。
帰り道、一史は空を見上げながら、何気なく言った。
「なあ、普。」
「ああん?」
「今日、いいピッチングしてたぞ。」
「・・・うん。」
「明日からもこの調子だぜ。」
「おう。」
普は口数が少ないほうではない。むしろ教室ではぎゃあぎゃあ騒いでいるタイプだ。
なのに、今日の普は何かがおかしい。
「あの男・・・。鈴木だっけか?」
一史は横目で普を見ながら続ける。
「なんか俺、感じるんだよな。」
「何をだよ。」
やっと普が反応する。
「なんかあの鈴木ってやつについていけば、俺ら、いけるような気がする。」
「どこに?」
「全国。」
一史が立ち止まる。普も二、三歩歩いてからつられて立ち止まった。
真剣な目で見つめてくる一史の視線をかわそうとしながら顔を伏せる普。
「なぁ、普。いけるよ、俺たち。」
一史の言葉と鈴木の顔が浮かぶ。
そしてあの大炎上の記憶も・・・
「やめろよ!」
思わず普は叫んでいた。
ビクッとして仰け反る一史に普は強い口調で続ける。
「俺は、俺はもう無理なんだよっ!
投げても投げてもだめなんだ。
ストライクが入らない。
マウンドに立つと県大会の決勝の記憶がよみがえって…
腕に力が入らないんだ!」
「普。」
「あの時だって、一史は絶対大丈夫だから四番の牧原の時ストレートを投げろって言ったのに
俺は、打たれるのが怖くて、一史のサインを無視してフォアボールにしたから」
「普っ。」
「あの時素直に一史のいう通りにしとけば優勝を逃さなくて、先輩たちと今頃」
「普っ!」
「だって・・・。」
「あの時だって普はいいボール投げてた!負けたのは普のせいだけじゃないんだよっ!
先輩たちだって『ありがとう』って言ってただろっ!」
「でも、もう自分に自信が持てないんだよ。・・・ごめんな、一史。」
「泣いてたな、普。」
走り去っていく普の後ろ姿を見ながら、一史は深いため息をついた。
夕焼けが西の空をオレンジ色に染め、街を生暖かい風が吹き抜けていった。
次の日、一史が学校に行くと隣の席の石川唯が声をかけてきた。
「おはよー。」
「おう!」
「ねぇ、昨日野球部に変なオジサンがきたんだって?」
「変なオジサン?」
少し考えると、鈴木の顔が浮かんだ。
「あぁ!鈴木?」
「そうそうそれそれ!その人私たちの学年の体育主任になるらしいよ。」
「まじかよっ!?」
思わず石川の肩を掴んでいた。
「痛い痛いっ!ホントだってばぁ!だって偶然職員室の前通りかかった時にきこえたんだって。」
「そうだ!普に報告してこよーっと!!」 一史は二年三組、普は二年二組だった。
そう言って教室を飛び出しかけた一史の足がぴたりと止まった。
(俺、何やってんだ…。)
昨日から普のケータイに電話もメールも繋がらなくなっていた。
ずっと一緒にいた幼馴染だからといって、鈴木がいれば全国に行けるなんてことを言って普のプライドを傷つけた罪は重いのだ。
普は相当怒っている。
幼馴染がスランプに陥っているというのに、俺はなんて自分勝手で無神経なことを言ったんだ。そう自分で自分を責める。
鈴木がいても誰がいなくても、全国に行けるか行けないかは普や俺たち野球部の実力次第なんだ。普は自分の実力と理想の野球の間で悩み、もがいていたのに一史は鈴木がいるから全国に行けるかもという一言で片付けようとした。
(あぁ俺、馬鹿なことしたのかな。いや、したんだな。)
席に戻ろうとした一史に後ろから普の声がした。
「おい!一史!聞いたか!鈴木が俺らの体育の主任って!おいっ・・・一史?お前・・・。」
次の言葉をかけようとした普は固まった。
「一史、お前どしたん?」
見ると一史は涙を浮かべて立っていた。
「あーもう!目にゴミが入った!普、おまえのせいだ!」
一史は泣き笑いのような表情になった。普は笑った。
「昨日ごめんな。一史に図星言われてちょっと戸惑っただけだから。全国、目指そうぜ!」
一史はもう我慢の限界だった。両目から溢れてくる涙を見て同じクラスの福井が叫んだ。
「いやー!!カズちゃん、メッチャかわいいわー!!」
どっとクラスが笑いに包まれた。




