アウトローに学ぶ異界.7
俺の放った弾丸は磔にされた奴隷の右肩に命中した。
呻き声を洩らすヤヌ族の男。
右肩は血でべっとりと赤く、赤く……
しかし、右肩の怪我は思ったほどではない。これは……
「合格だ。カーマ」
フーガ少尉の合図とともに周りで歓声を上げていた兵士たちの中から数人がヤヌ族に向かって何やら唱え始め――
ヤヌ族の男の足元から火が上がり、それは徐々に火柱となり縛り上げられた哀れな男を焼き始めた。
生の人間が焼ける臭い。俺はあまりの酷い臭いに顔を顰め、男が黒焦げになる様子に耐えきれず吐いてしまった。
「神の裁きだ!」
「野蛮人め!死ね!」
兵士たちは口々に他の縛られたヤヌ族に向かって罵声や怒声を吐き、うずくまる俺の様子などお構いなしだ。
そんな背中に優しく手をかけ、フーガ少尉は撫でるようにしながら俺から銃を引っぺがす。
「そして!勇敢なる帝国のタイタニア人により!この地の野蛮な猿どもには神の鉄槌が!降り注ぐ!」
演説するように兵士たちを煽り続けるフーガ。
それに呼応するように、酔っぱらった兵士が剣を持ちヤヌ族たちの方へと歩み、剣を突き刺す。
「勝利だ!」
フーガに扇動された兵士たちは無抵抗のヤヌ族を切り刻み、その様子を酒のつまみとしながら宴会を続ける。
少尉が満足そうに頷く声が聞こえた。
俺が撃った弾はペイント弾だったようだ。化け物の大男が俺に初めて見せた人間の噴水のような血と比べ不自然な赤みを持った色で分かった。
しかし、処刑の口火を切ったのは紛れもなく俺の発砲だ。
その罪悪感や何とも言えない喉に汚物が詰まっているような感覚により俺はまた吐いてしまった。
フーガにより施された食事をあらかた吐き出し、胃袋にはもはや何も残っていないのだが、俺の吐き気は収まることがなかった。
「自分の行為により人が死ぬのを見るのは初めてか?貴様の部族はよほどぬるい所のようだ。そんなようだからヤヌ族などの奴隷に落ちるのだよ」
少尉の言葉に侮蔑の意味などは感じられなかったが、俺からしたら全く違う世界に住む人間の意味の分からない言葉に聞こえた。
冷たく、淡々とした言葉。
テレビの向こう側の話だ。俺には関係ないと思っていた事が、目の前で、しかも俺が始まりの合図を行った。こんな複雑な嫌悪感を抱くのは生まれてこの方初めてのことだ。
「フーガ少尉……テントに戻っては――」
「ダメだ」
少尉は言い終わるより先にばっさり言い放った。
「これは貴様が我々の益となることを部下に示すような物だ。未だ貴様をのぼせ上がらせずに殺せという声も大きい。ここは戦場だからな、いくら戦闘と無縁な後方の学者たちが価値があると言おうが、兵士が気に食わなければ切り捨てられる。折角盛り上がっている中、主役が退場しては場が白けてしまうだろう?」
そして、うずくまる俺と同じ高さまで背を屈め、俺の瞳を見ながら冷淡に言った。
「カーマ。貴様にはこの地でまだやってもらうことがある。それまでは私が保護してやろう」
俺は少尉個人から初めて恐怖を感じた。彼もまた、あの大男のように何の躊躇もなく人の生き死にを決めるのだろう。
彼は紛れもなく、この中の兵士たちより強いのだろう。だからこそ、部下たちに不満を持たれても尚、自分の目的のためにカーマ・ケージを生かそうというのだろう。
俺の脳裏によぎったのは、逃げ道が徐々に狭まり、そして、大した確信もない言葉から自分の首をこの上なく締め上げてしまっている自覚であった。
少尉の満足のいく結果が出せなかったらどうすればいいのだろうか?
自分が異なる世界から来たかもしれないことを言えば興味から生かしておいてくれるだろうか?
いや二度目があるとは到底思えなかった。
狼少年は嘘を吐きすぎて真実を言っても信じてもらえなかった。
その"真実"が荒唐無稽な異世界などという俺の場合はどうなのだろう?
わかりきった答えを認めるのが恐ろしくなった。