アウトローに学ぶ異界生存戦略.35
「――ああああああッ!」
走る。ただ強者の顔を目掛けて。
片手で構えたリボルバーを撃つ。撃鉄を起こし、撃つ。
一瞬でも早くハンマーを掴み、その頭部にお見舞いしてやるために。
意識していた時は喉は一言も言葉を紡がなかったが今なら出来る。
「認めろッ!認めろッ!俺を認めろぉおお!」
空しいだけの叫びには、何も応えてくれない。
二発目。蜘蛛の胴体に命中。
三発目。蜘蛛の下顎に命中。
四発――。
意識が飛びそうな衝撃を受け、天と地が何度も回る。
数メートル吹っ飛んだ末に背中を強打して焦点が戻る。
「ゲホォッ……ゲホッ……」
神官服が切り裂かれ、衣服の下から血が滴る。
腕が動かない。
足も震えるだけで力という力が抜けてしまった。
捕食者は絶対だ。その現実だけが俺の脳裏に浮かぶ。
大蜘蛛はダーヴィルのことなど既に覚えてすらいないのだろう。
首元にぶら下がるだけの弱者に何ができる。
できないだろう。
弱者であるなら。
俺はリボルバーを見る。
狙うべきは頭部、対象を即座に制圧することだ。他に方法なんて思いつかない。
化け蜘蛛の負傷具合。脚を数本失った以外は軽傷。
内臓は魔法により負傷したのだろう。口から粘着性の液体を垂らしている。
もしかしたら……
先ほどから糸を使ってこないのは使わないのではなく"使えない"のではないか――?
あまりに希望的観測すぎて自分でもおかしい。
蜘蛛は遠くから俺を観察するように左右に移動している。
虫とはいえ魔物となるとかなり賢いのか。いや恐れなどという愚かな隙を作るほど『知性』とヒトが呼ぶものに毒されてしまったのか……。
「さあこいよ……。畜生が……」
言葉が通じるわけはないが俺がリボルバーを向けると大蜘蛛は一層忙しなくフェイントをかけてくる。
魔法に対する恐怖というのは全種族の共通言語なのだろうか。
こんな時に魔法がまた発動するなどという奇跡を期待するのは賭けすぎる。今の自分ができるのは生き残るための最後の手だ。
間合いが詰められていく。このままジリジリと攻められたら俺の集中力が持たない。
大蜘蛛のその瞳。密集するような視線を感じる。
その瞳の色に感情は見えない。そうだ本来虫と目線で会話などできないのだ。だが先ほど感じた恐怖、畏敬。それまで嘘だったとは思いたくない。
あの感覚があったからこそ今の自分がこのバケモノに勝てる唯一の道を見出したのだ。
――読み取れ。読み取るんだ……。
呼吸を整え、その複数の瞳の中、中央に並ぶ二つに標的を絞る。
感じる。感じる。こいつは怒っている。子供を殺され、自身の生命すら危うくさせる俺たちに。
蜘蛛の脚、全てが折りたたまれた。態勢を低くし、攻撃態勢に――。
瞳の中の光が、一瞬――。
そして、その瞬間が来た。
「ダーヴィルッ!杖を俺の胴に向けて投げろッ!刺し殺す気で来いッ!」
最後の一発を撃つ。一瞬でいい。奴を怯ませる。
放たれた弾丸は蜘蛛の胴体部に着弾。
魔の存在として生を受けた蜘蛛は、その苦痛に耐えるが、外骨格から内部に入った弾が内部で跳弾し内臓をさらに痛めつける。
――跳躍。
縮めた脚部の力を解放し、一気に勝負をつけるための大跳躍。
空中を滑空する蜘蛛の巨体。その計算しつくされた曲線は迫りくる死そのものだ。
その到達最高点の高さに来たとき、ダーヴィルが屈めた腰のバネを使い俺に向けて杖で刺し殺すように投げつけた。
やはりヤヌ人の足腰の強靭さは良い。
常人であったなら大蜘蛛の跳躍に両手も使ってしがみつかなければ振り落されてしまう所だった。
蜘蛛の跳躍による速度。そして蜘蛛に跨り、踏ん張りと腰の捻りを加えた投射。
それは容易く俺の胴体を貫く槍と化す。
残った力を振り絞り、横に倒れこむ。
投射が蜘蛛の突撃より遅くとも死。
投射を避けきれなくとも死。
全てはタイミング。敵と自分の息を合わせた決戦の時。
「……!」
大蜘蛛に覆いかぶされた俺に黒い影が落ちた。