アウトローに学ぶ異界生存戦略.32
俺は頭を抱えた。
巨大蜘蛛の大きさはざっと見ても二メートル以上。距離の関係で見間違っていたら四メートルはあるだろう。
腰のリボルバーを引き抜いてしまった。手が震える。
かちゃかちゃと音を立てているのは歯だ。
「カーマ様お下がりを――私が――アレと殺りあいます――」
小声であったこともありところどころ聞いていなかったが、ダーヴィルが前に躍り出たことでその真意を汲み取ったつもりだ。
音もなく忍び寄る大蜘蛛に僧兵の冒険者は気付いていないようだ。声をかけるわけにもいかない。
それに対しダーヴィルは視界の出来るだけ隅に移動しながら接近する。
俺は震える手を抑えながら照準を魔物に合わせる。
暗がりの中、僧兵の男に向けて忍び寄る魔の手。
弾は六発。狙うは頭部。
当てるしかない。
当たらなければ俺たちの道は死しか残らない。
――よく狙えよく狙えよく狙え
脈動する心音がこれでもかと集中する意識に割り込んでくる。
その距離が近づくにつれ心臓がはち切れそうなほどに悲鳴を上げる。
撃鉄を起こす。回転式の弾倉が回る。
シリンダーに収まった六発の弾丸がどれほどの威力が出るのかさえ分からぬまま狙いをつける。
カチャリと撃鉄が止まる。
視界の隅でダーヴィルも襲撃の瞬間を窺っているようだ。
ここで初手にどうするか――。
俺がすべきことは――。
撃鉄を起こした手をグリップに添える。
照準器を覗き込むため自然と腕を上げ射撃体勢をとる。
アイアンサイト内に蜘蛛のその巨躯が入る。
――狙うは頭。照準に入ったら撃つ。照準に入ったら撃つ。
その時の俺はあまりに杜撰な事だと気づいていないのだろう。
暗がりで素人が頭部を狙う。どう考えても不可能に近い。
――撃て!撃つんだ!撃てよ!
大蜘蛛と僧兵の距離が近づく。今撃たねばやられてしまう事は分かりきっている。
しかし、指が動かない。
まだ撃つべきではないと、思考の片隅で語りかけてくる者がいる。
最も隙が生まれるのは蜘蛛が喰らい付こうとした瞬間。いや、それでいいのか俺は!?
その数瞬、俺は自分が何を望んでいるのか初めて理解したのかもしれない。
ただただ生き残る。そんなことで満足するわけではない。だが英雄気取りで早死にする気も、周りにチヤホヤされながら生きていたいわけでもない。
――俺は……俺は……。
何を望むのか。
嫌な記憶だけが頭を巡る。
最速でレールの上を走る事のみしか教えてもらえなく、懸命に言うとおりに生きても何も認めてももらえなかった。
いざレールから外れたら、俺を蔑み侮り、そして罵倒した。
俺はあの絶望を繰り返したくない。
こんなことはただの泣き言だ!俺が本当にやりたいのは!
俺が本当にしたいこと……?
心が、感情が引き潮のようにサーっと引いていく。先ほどまで満ちていた感情の波がピタリと止む。
――俺には……。
何もなかった。斜に構えて不良を気取っていた俺には何もなかったのだ。
だからこそただの闇バイトで生きているだけの人間だったのではないのか……?
すぐさま否定する。俺の自尊心に火が付き始めた。
俺にはやりたいことがある!あるんだ!
俺は空虚なプライドに生きていることを認めたくがないために正面の大蜘蛛へと弾丸を放った。
――俺の邪魔をするなぁあああ!
ただ俺には考える時間が必要だったのかもしれない。




