アウトローに学ぶ異界.1 奴隷編
辺りが暗く日が沈んだ頃、俺を乗せた馬車はどこかへと到着したようだ。
一人ずつ下ろされる貧相な人間たち。その中には俺も含まれる。
目の前に並ぶ枷を付けられた人間たちを品定めするように見下ろす小男。
その隣には馬車内で俺を無視した監視役の男もいた。
こう見るとかなり屈強である。隣の小男より身なりは悪いということは部下という事なのだろう。
俺の番だ。人間たちを下すよう指示された者たちが、俺の両手足の枷と馬車を繋げる鎖を解き馬車から引きづりおろす。
「ふむ。こいつは中々いい暮らしをしていたようだな」
馬車内の見張り番の男ではない。多少は身なりのいい服を着た痩せた小男が俺を興味深げに待ち構えていた。
俺の体を見回し、男は俺の鳩尾へと一発拳を突き出した。
抵抗できない状態での不意打ちで悶絶する俺に対し、男は嘲笑するように笑う。
「ふむ。見た目ほど頑丈ではないようだな。だがいい労働力にはなりそうだ。」
小男は馬車を引いていた下男風のうだつの上がらない男に対して顎で命令をする。
下男はやりなれた動作のように俺の口から猿轡を取り外す。その間も監視役の男は槍を肩に担ぎどこか彼方を見ている。
「抵抗はなし……か。頭がいいのか諦めがいいのか……。小賢しいだけの猿だな。やはりこいつらは奴隷が相応しい」
小男はつまらんと一言いうと隣に向けて顔すら向けずに言い放った。
「先ほど抵抗したソレとアレを見せしめにしろ」
俺よりも先に下りていた者のうち2人を指さす。
そして次の瞬間。槍を持った大男が近いほうの人間へ槍を振りかぶり叩きつける。
"ソレ"と呼ばれた物は、頭が首から下にめり込み血を吹き出しながら倒れる。
即死だ。既に人ではない。
俺は恐怖より先にビクンと体が飛び跳ねた。
その後に目の前で人間が死後に痙攣をピクピクする様への言いようのない恐怖が襲った。
体が反応した理由が直ぐには分からなかったが、次の"アレ"と呼ばれた奴隷が首を跳ね飛ばされる様子を見て己の体が震える意味が分かった。
全く見えなかったのだ。大男が槍を振りかぶる前に、ずらりと並んだ奴隷の前を通って数メートル歩かなければならない。
その距離を数瞬で詰めるのが全く見えなかった。
そして、大男が"ソレ"から"アレ"までの距離をまた凄まじい速度で移動した。
次の瞬間には槍を振るい血飛沫が男を赤く染める。
先ほどの体の反応は、そのことへの理解より先に動物の本能として命の危機を感じた結果なのだ。絶対的強者の前に俺は今手足を繋がれた状態で立たされている。これがどれほど恐ろしいことか俺には経験がない。
たとえば動物園でライオンに飛びかかられ、檻がなければ死んでいたとかそんなちゃちな物じゃない。
目の前で起きたことは常識を覆すオカルト現象が実際に起きたようなものだ。経験なんてのがあるはずがなかった。
首を跳ねられた奴隷の両隣の者は返り血をもろに浴び、大男が槍を肩に担ぎなおした後に倒れこむ形でリアクションをした。
他の者もそうだ。目の前で起きたことに対し理解が追いついていない。
俺には小男の言った"つまらん"という言葉が頭に残った。もし何か気に障ることをしてしまっていたらこうなっていたのは俺だったのかもしれない。
とっくに腰を抜かし倒れこんでいる俺の股間がほんのりと生暖かくなった。