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改造戦士サンダルガー  作者: 実時 彰良
登場人物
7/15

06.魔法少女は魔王を絶対に許さない。

 ドロドロセリー砲が、中野上空で発射された。

 対象者は交戦中の八名――。

 勇者、魔王、改造戦士サンダルガー、魔法少女五名。


「ここは…」


 闇。

 重力を失ったゼリー状の生暖かい空間。

 呼吸はできるものの、天地逆さでスカートがめくれあがり、下着が顕になった魔法少女エミは、途切れそうになる意識を繋ぎとめていた。

 ゴボゴボゴボと鼓膜を震わす音。

 不思議と口の中にゼリーは入ってこない。思えば鼻の穴も塞がれていなかった。


「ミリ…リカ…カヨコ…コズエ…」


 姿を見失った四人の名を呼ぶ。

 だが漆黒のゼリーでは彼女たちはおろか、雷丸や勇、ゆりね、そしてあの憎き大魔王の息子である魔王の姿さえ見えなかった。


 とりあえずステッキを振り回そうとするが腕に力が入らない。文字どおりゼリーに閉じ込められた果実のようだ。魔力を溜め込む先端のハート部分が点滅するものの、魔法が使える気配はなかった。


「このゼリー…。おそらくダーク・コフィンと同じ材質ね…日本政府はどのルートでこれを手に入れたんだか」



 ダーク・コフィン――。

 かつて大魔王メフィパレ一世、魔王メフィパレ二世を三百年に渡り封印していた初代勇者による聖なる宝物。


 コフィン=棺状のものを連想される名称だが、その実は「ゼリー状の封印物質」を意味し、大魔王親子はその中に入れられ、マジカル山脈の岩山で意識あるまま封じ込められていたという。


 エミがその事実を知ったのは、十才のときだった。

 何者かの手によって「ダーク・コフィン」が岩山ごと破壊され、大魔王親子が、魔界に降り立った日だ。


「我ら大魔王親子に続け!長き封印によって失われた魔力も、三年で元に戻る!さすれば逢魔ヶ扉を破壊し、人間界へ出てイヴィアル王国を制圧せよ!争いは憎しみを生み出し悪意となる!それはやがて我が魔界に多大なる利益を齎すのだ」


 大魔王は高らかに宣言した。


「それって人間たちとの不干渉条約を破るってことか?」


 民衆の声。


「関係ない!人間界が平和になったせいで我ら魔族が苦しい思いをしているのは明白だ!三百年前の魔界はもっと豊かであったぞ!」


 大魔王の言葉。


 三百年前、大魔王親子が「初代勇者」により封印されたことで魔界は勢いを失い、疲弊した両者間で「人・魔不干渉条約」が結ばれ、人間界と魔界は断絶状態にあった。


 だが、ここ魔界では、表の世界=人間界で発生する人々の「悪意」を逢魔ヶ扉から吸収し「魔力」へと変容させ、日々の魔法生活を営んでいるという事情がある。


 現在、人間界では戦争の数が減少し、魔界に供給される「悪意」の質も量も最盛期の半分以下となり、魔法節約に不満を漏らす魔族も少なくはない。


「たしかに今の魔界じゃ、薄い魔力を皆で奪い合ってる状況だよな」


「大魔王様をもう一度、王にしよう。投票で選ばれたとはいえ、魔法使い崩れの、現・魔導王じゃ頼りにならん」


「そうだ!そうだ!大魔王様に続け!人間どもを支配し、争わせるんだ!悪意の大量生産で我が魔界に再び富を齎そう!


「っていうかよ、人間界は魔界より空気がうまいらしい。植民地にするのもアリだぜ」


 下層魔族が言う。世論の半数以上が傾いた。



「争いはよくない!魔族といえど、悪魔とはワケが違う。魔界といえど、地獄になってはいけない。人間界に宣戦布告するならば、我々は魔界を出て、海の向こう不毛の島へ渡り独立国家を創る。名はマジカル共和国とする」


 エミの父――上級魔導士ヒイロは言い放った。


 彼は「人間界依存の魔力」を脱却すべく、魔樹や魔草から魔力を生成する研究に勤しむ上級魔法使いだった。


 結果、ミリ、リカ、カヨコ、コズエらの父もそれに倣い、マジカル共和国の建国に携わった。不毛の地を豊穣の地へ変えるまで数ヶ月を要したが、植林した魔樹が功をなし魔力の供給は「悪意」不要のまま魔界本土と変わらぬ正常値まで達した。


 それが、ちょうどエミらが十才の頃で「マジカル学園」に入学する三年前の話である。



 そして三年後――。


 三百年に渡る封印により失っていた魔力を、たった三年で取り戻した大魔王がマジカル共和国へと宣戦布告することとなる。


「魔界からの独立は一切、認めない。これより我ら魔界はマジカル共和国を攻撃する」


 魔界に背を向けたマジカル共和国の独立を容認すれば、いずれ国内の統制は乱れ、大魔王の権威が失墜する。反逆者への見せしめとして魔界軍は、マジカル共和国へと大規模な攻撃をしかけた。


「これはマジカル共和国を守るための戦いだ!老若男女問わず、魔法を会得した者たちは戦線へ出ろ!」


 マジカル学園一年生だったエミら見習い魔法少女たちも戦線に駆り出された。



 上空及び本土全域に魔法結界を張り巡らせたマジカル共和国に侵攻すべく、魔界軍は海を渡り、強大な魔力砲撃で結界の一部を辛うじて破壊。陸地からの一点突破作戦へ切り替えた。


 激戦地となったマジカル渓谷。

 森林地帯奥深く、マジパネ樹の陰でヒイロは事切れる寸前にあった。


「エミ…父さんはもうじき死ぬ」


 右腕を失い、左右の肺は貫かれ、戦闘で疲弊したエミの回復魔法さえ追いつかないほどの出血量。


回復(ヒーリング)


「もういい…回復魔法は、自分のためにとっておきなさい」


 ヒイロはマジカル共和国大統領の顔から一人の父親へと戻っていた。


「お父さん」


「戦いは我がマジカル共和国が優勢だ。父さんはドジを踏んでしまったが…我が国の魔導士はゲリラ戦に長けている。魔界軍はじきに撤退するだろう…」


「だったら死なないで…お父さん…お父さんのいないマジカル共和国なんて…意味がない」


「そんな事は言ってはいけない。お前には、ミリ、リカ、カヨにコズエという素晴らしい友達がいるだろう…明日からは彼女たちを家族と思いなさい」


「死なないで」


「命あるものは、いずれ死ぬ。大事なのは、どう生きたか…さぁ、ミリたちが戦うマジカル渓谷へ戻って戦ってきなさい。彼女たちはお前を必要としている」


 大粒の涙。

 エミはヒイロの死を見届けると、転移魔法で最前線へと戻った。



 程なくして――。


「お~い!!!魔界とマジカル共和国に休戦協定が結ばれたぞ!!!」


 東の空を太陽が照りつくす早朝、マジカル渓谷キャンプ地に声がこだました。

 傷ついた魔導士たちが飛び起き、戦争終結の吉報に歓喜する。


「そんな…私たちはまだやれる!戦えるのに…」


 岩場に腰をおろしていたエミは、震えながら野戦食のアルミ缶を落とした。琥珀色の粥がぶちまけられ、テントの中で仮眠していたミリら他の魔法少女四名も目を覚ます。


「おお、よかった」


「これでもう誰も死ななくて済むわ」


「でも休戦協定だろ?」


「降伏よりはいいんじゃないか?事実上、独立を黙認したって解釈できるしよ」


「よっしゃ!んじゃ帰るか」


 魔導士、魔女たちの弾むような声。


「みんな…こんなにも失ってしまったのに…なんでそんなこと言えるの?…今なら弱った魔界を叩き潰せる。戦おうよ!!!」


 エミをはじめとする五名の魔法少女は、納得がいかないという具合に立ち上がる。ミリ、リカ、カヨコ、コズエらの親族も、この戦争で命を失っていた。――魔界を徹底的に叩きのめし、マジカル共和国が圧倒的勝利を得なければ、意味がない――魔法少女たちはいつしか独立の為ではなく復讐の為に日々、戦闘していたのだ。


「エミ…おれたちは守るためには戦うが、復讐心だけでは戦えない」


 温厚そうな顔をした魔導士が言う。頷く者が過半数だった。


「なんで…じゃあパパたちは無駄死にだったって言うの?」


 エミの叫び。


「いや、これは君の父上…今は亡きヒイロ大統領が掲げたスローガンなんだ。彼の死は残念に思う。だが、俺たちマジカル共和国は、守るための戦いだけを行い、奪う為の戦いはしない。休戦協定の申し出があった今、それを呑み応じるしかできない」


「そんな…」


 魔法少女たちが崩れ落ちる。

 戦争はあらゆるものを彼女たちから奪い、あらゆる不条理を学ばせた。


爆裂(ボム)!!!!!!!!!」


 やり場のない怒りに心を焼き尽くされ、エミは衝動的に渓谷の岩壁を、次々に攻撃魔法で爆発させた。


 落下する岩の破片。


「逃げろ!」


 魔導士たちの慌てふためく声。


「皆さん落ち着いて…!障壁(バリア)!!!!!!」


 育ちのいいリカが障壁魔法で皆を保護した。


「あぶねえな!なにしやがる!」


「気でも狂ったか!」


 皆がエミを(なじ)る。

 エミは何も言わず泣きじゃくり、次第に詰る者はいなくなった。


「わたくしの家には使っていないお部屋がたくさんありますの。エミ、ミリ、カヨコ、コズエ…今夜から皆で住みましょう」


 リカは作り笑いを浮かべ、涙を堪えた。

 リカの父もまた、騎士道精神をかけて戦争に挑み、真っ先に命を失った魔導士だった。


 こうして二年に及ぶ独立戦争が終結し、マジカル共和国側の死者は五十万人を超えた。



 一方、魔界では――。


 魔界とマジカル共和国が休戦協定を結ぶに至るまでに、その裏では大魔王(ちち)魔王(むすこ)の、このようなやりとりがあった。


「父上、もうこれ以上の争いは無益です。彼らは最後のひとりまで戦い続けるでしょう。中でも魔法少女…純血である限り彼女らの魔力は尽きることがありません。このままでは我らの損失も増えてゆきます」


 メフィパレ二世――魔王が、父たる大魔王の玉座の前で方膝をつき進言した。


「二世よ、父に歯向かうのか」


 大魔王はワイングラスを傾け、呆けたように息子を睥睨する。


「いえ。我が魔族の繁栄のためです…これ以上マジカル共和国など相手にせず、残りの魔族を人間界へと投入し、侵攻を進めるべきです。ちょうど先ほどイヴィアル王国の国王から通信がありました。近年、軍事力を増す他国からの防衛のため、我が魔族に領地を委ねたいと。また、表向きは侵略という体で支配をしてほしいとも申し出てきています。恐怖による征服という意味ではこれに乗る手はございません」


「ふむ。お前も交渉がうまくなったな。三百年前とは違う」


 大魔王は愉快そうにワインを飲み干し、グラスを宙に浮かせた。


「人間界に…そして我輩たちを封印した、あの勇者の末裔に興味があるのです」


 魔王は父の余興を眺めつつ言う。


「では、お前がイヴィアル王国を制圧してこい。余は魔界から水晶玉で見ておるぞ」


「はい、父上」


 魔王は立ち上がった。


「イヴィアル王国は三百十七年前に、かの憎き初代勇者が生まれた地だ。勇者の血を引く者たちが国民の五分の一ほどいるという。心しておけ」


 背を向けた息子へ大魔王の言葉が追いかけてくる。


 初代勇者――。

 魔族討伐の際スティージャス王国で勇者の称号を受け、聖なる力を得た。国をまたいで王家に取り入る巧みな話術は討伐された側の魔族の間でも話題になるほどだった。


「そのつもりです」


「意味は分かるな?勇者の血筋はすべて絶やすということだ」


 振り返らず立ち止まったままの息子へ、大魔王は釘を刺すように言った。


「覚醒前の勇者を皆殺しにしろと?」


「そうだ。魔の王家に必要なのは戦闘力を誇示することではない。繁栄だ。我らが封印されていた間、王家は滅びた。姑息な手段であれ存続を選ぶのだ」


「それでも…我輩も勇者と剣を交えてみたい」


 魔王は首を父の玉座へと向ける。


「たわけたことをぬかすな!また封印されるぞ!意識あるまま封印された三百年の苦痛を貴様は忘れたのか」


「出すぎたことを申しました」


 立ち上がる大魔王に、畏怖の念を覚え魔王たる息子はその場で平伏した。


「もういい、お前を大魔王の息子にそぐわない戦闘マニアのバカに育ててしまった余の責任だ。さっさと行ってこい。ともあれ、イヴィアル王国が魔王に侵略されたとなれば、人間たちは勝手に争いをはじるだろう…。それともう一つ、人間界では魔王らしく振る舞え」


 大魔王は興を失ったかのように玉座に腰を降ろすと、右手人差し指をクイクイと曲げ、五十六杯目のワインを、宙に浮かぶグラスに満たし始めた。


「行って参ります、父上」



 やがて、魔王は、水面下でイヴィアル国王の手引きを受けながら、イヴィアル王国を、攻撃、支配。


「このままじゃ我が国も魔族に侵略されるぞ」


 エシア大陸の各国は、魔王が支配する「イヴィアル魔国」を駆逐しようと動いたが、魔王はことごとく跳ね除け、その日のうちに同大陸を魔族の領土として統一した。



 一方、海の向こう、ユロピ大陸では――。


「魔族が不干渉条約を破り、エシア大陸に降り立ったらしい」


「我が大陸が今こそ統一せねば、エシア大陸の二の舞になる」


「大陸間同盟を結べばいいのではないか」


「他国は信用ならん。一刻を争う今、戦争で決着をつけてしまえばいい」


 魔族侵略の噂が全世界を駆け抜けた翌日より、ユロピ大陸は統一戦争をはじめ、三大陸が一つ、カフリ大陸の援護も加わり「人間同士の争い」は熾烈を極めた。


 その間、魔王は統一戦争中のユロピ大陸を敢えて侵略せず、静観。

 大規模な戦争で膨大な「悪意」が魔界に齎され、魔界に棲む魔族たちは歓喜した。



「父上にはああ言ったが、我輩は待つぞ。監視の目を逃れるべく水晶にも細工をした。さぁ、いつか我輩を殺しにやってこい、現代の勇者よ。三百年前、父上と初代勇者の戦いを傍で見て以来、この胸は高鳴り続けている…我輩が求めるのは強者(ツワモノ)なのだ」


 この魔王の願いは数年後に叶えられることとなった。


「魔王様…勇者を名乗る男が連合国軍を引き連れ、宮殿へ進軍しております。その勇者はユロピ大陸統一に一役買ったスティージャス王直属の近衛兵だそうです」


 配下が玉座に報告に来た。


「ふむ。スティージャス王の和平条約を握りつぶし、進軍するとはなかなか好戦的な勇者であるな。…して、その男の素性は?」


「この国の城下町でパン屋を営む夫妻の一人息子だとか」


 話によると、現代の勇者イサムは奇しくも、初代勇者と同じようにイヴィアル王国で生を受け、スティージャス王国にて勇者の称号を与えられたという。彼の戦闘力も伝説に名高い初代勇者に引けを取らないと耳にし、魔王は笑みを漏らした。


「イサムとやら。やつの両親…不死者(アンデッド)をよこせ。怒りに任せた本気の力というものを見てみたい」


 魔王は部下に命じた。



「光…」


 エミが目を覚ます。

 狭い部屋。

 脱ぎ散らかしたパジャマやお菓子の包み紙、この日本という国で買い漁った雑誌が散乱している。


 間違いなく「バベルタワー中野」の二階B号室だった。


「みんな」


 ミリ、リカ、カヨコ、コズエらもそこかしこで毛布を被って、寝息を立てている。


「気がついた?」


 窓際で雑誌を読んでた安東ナツが話しかけてきた。


「他のみんなは」


 エミは意図的に声を抑制させて、言った。

 みんな、とは騒動の渦中にあった霆雷丸や勇者、そしてあの憎き大魔王の息子、魔王のことである。


「それぞれの部屋でしっかり寝てるわ」


 ナツは静かにそう答えた。


「…そう」


 魔王を殺し損ねた。

 だが、残念な気持ちよりも疲労が心に一気に広がっていった。あのまま戦闘を続行していたら、中野はもとより東京、日本、世界が大惨事になっただろう。数万、数十万、数百万の命が失われ、自分たちと同じような境遇の者たちが多数うまれたに違いない。


 数週間前――。

 エミたち五人の魔法少女は、好奇心からマジカル学園の校庭に生じた「異世界と異世界を繋ぐ渦」に飛び込み、この日本へやってきた。


 外務省の國分に「次に元の世界へ繋がる渦が現れるのは一年後です」と言われた後も「それはそれでいいか。こちらで学生生活を楽しもう」と思えるほど、この世界を好きになりかけていたし、何より大事に至らずに良かったと心から安堵した。


「止めてくれてありがとう」


 エミは誰にともなく言った。

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