07.思い込みで、本物のゾンビになった俳優
屋上の乱闘騒ぎで「バベルタワー中野」の親睦会は、中断された。
意識を失った勇者と魔王は、体内の予備電源でいち早く意識を取り戻した改造戦士サンダルガーこと霆雷丸が、魔法少女五名と、変身が解けて全裸に近かったアツッガ星人の少女、月見里ゆりねの方は、安東ナツが、それぞれ部屋へと運んだ。
今回、出席しなかった住人が何名かいるが、彼らが参加していたらもっと大事になっていたのではないかと、外務省の國分は冷や汗をかく。
このアパートは「政府特別措置枠ヒューマン」のうち、もっともやっかいな人種が集まっている。ドロドロゼリー砲が保険になっているとはいえ、彼らが一斉に暴れ出したら改造戦士サンダルガー、いや日本中のヒーローが集まっても押さえ込めるか怪しい。
「親睦会開いて仲良くなんて、やはりムリか…」
ドロドロゼリー砲の効果が一時間でなかったら、彼らをずっと閉じ込めておきたいくらいだった。國分は溜息を吐く。
屋上に繋がれながら親睦会に参加していたゾンビ生島は、鎖に繋がれながらも、興奮が冷めずいつまでも吼え続けていたが、國分によって部屋へと連れ戻された。
「それじゃまた来ますね。今日は豚で我慢してください」
ゾンビ映画の役作りをしていたら、本物のゾンビになってしまった俳優――、生島龍也は窓に繋がれ、首輪の届くぎりぎりの場所に國分が放り投げた豚の臓物や生肉に喰らいつく。
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生島龍也は、金目当てで近寄ってくる大人たちに囲まれて育った。両親もその例に漏れない。いや血が繋がってるだけあって、他人に比べ、節操がないとでも言い換えた方がよいか。
三歳から人気子役だった龍也を、私物化し、馬車馬のように働かせ、己が欲望のまま、贅沢の極みを尽くした両親たち――。
しかし、龍也には彼らを恨む気持ちなど毛頭もなかった。
反面教師という言葉がある。まさに、それだ。龍也は一番、身近な存在である両親が「子供に働かせ、自分はラクして贅沢する」という最低な人間だった為、自分だけは大人になってもそうならないように、と常日頃、胸に秘めていた。
生島龍也という天才俳優の誕生は、両親の堕落にあった。
「よし、世界一の俳優になろう。それ以外のことは、どうでもいい」
龍也は演技にのめりこんだ。様々な役に対応できるように、政治家から資産家、裏社会の人物から精神病患者、ホームレスに至るまで、様々な人物と接触し、徹底的に彼らを観察し、必要に応じては、自ら実践してみた。
ある時、猟奇殺人鬼の役が回ってきた。
龍也は刑務所に赴き、殺人罪で服役中の受刑者と面会したり、ある筋に金を握らせて頼み込み、精神病棟に入院している連続殺人犯をカメラ越しに観察させてもらったりもした。
しかし、それだけでは何かが足りない。
「よし、殺してみるか」
そう。実際に人を殺してみた。都内から電車、バス、タクシーなどを乗り継いでアシがつかぬよう工夫して、遠く離れた県の田舎町で、目に付いた老若男女四名をナイフで、鈍器で、ロープで殺してみた。
殺人は大々的に報道されたが、アリバイのない無職の青年が逮捕され事件は風化した。
おかげで龍也は常軌を逸した猟奇殺人鬼の役で日本アカデミー賞を受賞。逮捕された青年はいまだ無罪を主張しているが、死刑が確定している。
次に舞い込んだ役は「ゾンビ」役だった。
しかもハリウッド映画である。ゾンビといってもモブ・ゾンビではなく、主人公グループをしつこく追い回す印象的なゾンビの役回りだった。
龍也はゾンビになりきるべく、葬儀屋に臨時勤務させてもらい、様々な死体を観察してみた。だが、彼らは安らかに永遠の眠りを貪るだけで動いたり噛み付いたりはしない。死体であってゾンビではないからだ。
これには困った。
殺人鬼と違い、現実に存在しないものを演じる弊害だった。ゾンビを扱った過去作品を参考にしようとも考えたが、それでは先人俳優たちが創り上げたゾンビのコピーでしかない。龍也は自分だけのゾンビ演技を構築したかったのだ。
ならば――。
「よし、ゾンビになるか」
そう。本物のゾンビになればいい。そう、体内でゾンビウィルスを創り上げればいい。そんな荒唐無稽な妄想に走るほどに龍也の演技研究はどん詰まりを迎えていたのだ。
撮影場所である米国に入ったあと、現地の裏社会人に多額の金を掴ませ、手に入れた疫病のウィルス――。龍也はそれらを片っ端から、自ら体内に注入した。狂犬病、伝染病、脳を壊しかねない回虫の摂取――。
「おれはゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、ゾンビだ、…」
高熱にうなされながら、ゾンビ化するイメージを脳内で練り上げる。
「おれはゾンビだ、おれはゾン…」
そしてクランクインまであと数日間、という時に龍也の体内で異変が起こった。
まず言語能力が低下した。事情も知らないままモーテルに見舞いに来たマネージャーが何を言ってるのか、自分が何を話せばいいのかも分からなくなっていた。そして判断能力の低下、認識力の低下、凶暴性の増加――。
「うぐるが…ウガッ、ウガッ」
脳の奥深くに刻まれた「人を食い殺せ」という指令だけが龍也を動かしていた。龍也はマネージャーに襲いかかった。
そしてクランクイン――。
龍也のマネージャーは、自分に噛み付こうとする龍也に対し、「龍也さん。いつもの役作りっすか。そのつもりなら、こちらもゾンビだと思って対応しますよ」と猿轡を噛ませ現地まで連れてきて、撮影と同時に彼を解き放った。
現場スタッフのメイクたちは龍也を見て「彼にメイクを施したのは誰だい?まるで本物のゾンビのようだ」と驚愕した。
龍也は、ノロノロと歩み寄り、共演者たちに次々と噛み付いた。
噛まれる予定のなかった主人公の役者にまで噛み付いた龍也を見て、監督は撮影を中断。暴れまわる龍也を現地スタッフが取り押さえ、警察が駆けつけたが、青ざめた顔に白く濁った眼球。それらが特殊メイクでないことをスタッフが告げると、警察は困惑し入院が決定した。
当初、薬物疑惑があがったが、すぐさまそれは誤解であることが報じられた。
龍也の心臓はすでに止まっていたのだ。
龍也に噛まれた共演者たちも心臓が停止したあと蘇生し、医師や看護師らを襲った。しかしゾンビ化した計十三名は、駆けつけた警官隊により直ちに頭部を撃たれ、活動停止。
ゾンビ被害は最小限に抑えられたが「ゾンビの生物兵器利用」を目論む米合衆国政府は、このまま米合衆国で龍也を「保護」しようと、言葉巧みに日本政府に働きかけた。
しかし、日本政府はこれを拒否。
現在、軍隊でさえ手が出ない悪の組織を、毎年、日本のヒーローが倒すことで世界平和が守られている。
さらに今年に入り、異世界とこの世界を繋ぐ「亀裂」が日本国内で多発。
日本政府は、そこから迷い込んだ「異世界人」たちを「政府特別措置枠ヒューマン」として保護し、異世界難民の受け皿として機能している。
上記二つの意味において、日本が世界破滅の危機に対する安全装置となっているほか「新・日米安保条約」によって、引退した日本のヒーローを、米国内に傭兵として駐留させることで、他国の軍事的脅威から、米国を防衛しているという事情もあり、結局のところ米合衆国は、日本政府に頭が上がらなかった。
米合衆国のヒーローはアメコミの中でしか存在せず、弱い立場の米合衆国政府は、俳優「生島龍也」の日本への返還および「ゾンビ化した十三名」の火葬を約束させられた。
現在、帰国した生島龍也――こと「ゾンビ生島」は、中野区「バベルタワー中野」の一階A号室に繋がれている。




