☆エピローグ★
☆エピローグ★
「叶人先生、次はこれ読んで」
「いいよ。かなちゃんは本当に、本が好きなんだね」
「違うの。叶人先生に読んで貰うのが好きなの」
「そっか、ありがとう」
そう言うとかなちゃんは、僕の顔を見ながら、へへへと可愛く笑った。
そのまま僕の横に行儀よくちょこんと腰をかけて、僕が読み始めるのを今か今かと待ち構える。そのワクワクに満ちた顔を見ていると、こちらまで素敵な気持ちになる。
僕がこの孤児院で働くようになってから、もうすぐ9年になる。
気がつけば今年で27歳。雅人と由香里を見送ったあの日から、実に20年もの時間が流れていた。
20年前の、9月6日。
あの日、部屋の中で一人だけ残っていた僕を、父さんと母さんは何も言わずに抱きしめてくれた。
雅人達を海岸で見送ってから、後片付けをしながら夜まで待ち、こっそりと部屋に戻った5日の夜中から、6日にドアが開くまで、沢山の事を考えた。
僕一人だけ残っていても、雅人の死体が無かったら怪しまれるのではないか?
雅人はどうしたのかと聞かれた時、なんと答えたらいいのだろうか?
だけど、そんな不安は全て杞憂に終わり、何も語らずに、ただただ、静かに涙を流しながら僕を抱きしめる父さんと母さんが、堪らなく愛おしく感じて、僕も一緒にわんわん泣いてしまった。
強くなると誓ったから、泣くのはこれで最後だと心に決めて……。
少し落ち着いた後、母さんは部屋に入る前と同じように、ハンバーグを作ってくれていた。
いつもは4人で囲んでいた食卓で、それを3人で食べた。
もう雅人の席はそこには無くて、その事実が堪らなく寂しかった。
ハンバーグは、いつもと同じように、とても美味しかった。
食事を終えた後、雅人の部屋へと入った。
ベッドに腰掛け、部屋の中を眺めていると、そこかしこから雅人の声が聞こえて来る気がした。
再び零れ落ちそうな涙を必死でこらえる。
父さん達に頼み、僕は自分の荷物を移動させ、雅人の部屋を自分の部屋にした。
雅人と共に生きる。
そう決意し、雅人が使っていた、これからは僕が使う事になる机に、あの日ジャグレンジャー達と一緒に撮った写真を飾った。
雅人愛用のボールの横に置かれたそれは、みんな楽しそうに笑っていた。
9月10日。
血の1週間が終わり、久々に学校で里美に会った。いつものポニーテール姿はそこには無く、彼女の髪は由香里と同じように、ショートカットになっていた。
「髪、切ったんだね?」
「うん、迷ったんだけどね~。私も、由香里と同じよ。気持ちを引き締める為に、前へ進めるように……、ね」
そう朗らかに笑う里美の目元には、うっすらクマが浮かんでいた。
クラスの編成があり、残った双子達は、その片割れがいたクラスに纏められた。
里美は由香里と同じように、僕の隣に座った。
それを里美に言うと、私も同じ、雅人が隣だったんだ、と呟いた。そしてそのまま、二人でクスクスと笑った。
僕達のクラス担任だった中村先生が、そのままこのクラスを引き継ぐ事になり、里美や雅人の担任だった木村先生は、そのまま副担任となった。
「色々な思いがあると思う。だけどな、今日からお前達の新しい人生が始まるんだ。後ろを向くなとは言わん。涙を見せるなとは言わん。だけどな、どんなに辛い事があっても、お前達は決して一人じゃないんだと言う事を、常に忘れるんじゃないぞ」
登校最初のHRで、中村先生の声が静かに響いた。
静かに、だけども力強く響くその声に、僕は大いに感動した。
中学、高校と進学した僕は、自分なりに双子星の日について調べる事にした。
僕達と同じように、海外に渡ったり、脱出をした例があるのかどうか……。
調べを進めていくと、表沙汰にはなっていないが、身元不明の子供達を預かる機関が存在すると言う。
血の1週間から生き長らえた子供達が、各国の孤児院でこっそりと引き取られていると言う噂を耳にしたりもした。
眉唾ではあるが、孤児院に預けられている子供達の推移を見る限り、強ち笑い飛ばす事も出来なかった。
元々捨てられた子供達を引き取る施設だ。そう言う子供が隠れ蓑として生きるには、まさに打ってつけの施設だろう。
その噂を鵜呑みにした訳ではないが、考えた結果、自分の性にも合うと感じ、高校卒業後の進路で、僕は大学への進学をせずに、地元の孤児院へ就職を決めた。
両親から多少の反対は受けたものの、最後には暖かい祝福と、『KANATO』と刺繍の入ったクリーム色のエプロンを貰った。
貰った時は気恥かしくもあったが、今では子供達にも人気のエプロンだ。
中学、高校と同じ学校に進んでいた里美は、女子大への進学を選んだ。
あれから随分と時間は流れたが、彼女との交流が途絶える事は無く、たまに登下校を一緒にするような、相変わらずの関係が続いた。
成長した彼女は、随分と綺麗になった。
『里美はきっと大人になったら、私なんかよりももっともっと可愛らしく、素敵になると思う』
遊園地での由香里の言葉が、ふと耳に蘇ってくる。
幼い頃に切った髪の毛は今ではすっかり伸びて、当時の由香里のように下におろしている。
その事を彼女に伝えると、いつの話しをしてるのよと、嬉しそうに笑った。
僕が孤児院で働く事を決めた時、一番喜んでくれたのは彼女だった。
叶人君には絶対向いてるよ、頑張って、と励ましてくれた。
両親の反対に負けなかった今の僕があるのは、彼女のお陰かもしれない。
里美が推薦での大学進学を無事に決めて、少し日が経った2月の半ば、彼女に好きだと告げた。
いつ頃から彼女に魅かれていたのか、それはもう覚えていない。連綿と続く日々の中で、少しずつ育まれていた恋心に気付いた時、僕は自分が大人になったのだと自覚した。
僕の言葉を聞いた里美は、そのまま僕に抱きつき、知ってた、と耳元で囁いた。
どうやら彼女には、僕の気持ちなんて全てお見通しだったようだ。
身体を離し、僕と向かい合った彼女の瞳は、まるで純度の高い水晶のように輝いていた。そしてそこから、一粒の涙が零れる。
でも、ごめんなさい、駄目なの、と彼女は申し訳無さそうに続けた。
「叶人君、本当はね……。私もね、ずっとずっと、雅人の事が好きだったの。叶人君の事も、勿論大好きだよ。だけど、もしも私達が一緒になったとしてもね、私は、きっと、叶人君に、雅人の影を見てしまうと思うの。叶人君だけを、見られる自信が無いんだ……。だから、叶人君の気持ちには、気づいていたんだけど……、ごめんなさい」
そう言われて、哀しいのとショックなのと同時に、僕は結局雅人に敵わなかったと言う事実が、嬉しくて堪らなくなった。
雅人に負けたのならしょうがないと、素直に負けを認められる自分がいた。だって相手は、僕が望んでも望んでも手の届かなかった、大好きな雅人なんだから。
そのままその事を里美にも告げると、里美も同じだと、由香里に取られちゃったのならしょうがないんだと、笑顔を見せるのだった。
冬の空に、僕達の笑い声が吸い込まれていく。
気づけばちらほらと、雪の影が見え隠れしていた、
孤児院での日々は、大忙しの毎日だった。
食事の支度に子供達の相手、事務処理や子供達が壊した建物の修繕など、毎日目の回る忙しさだった。
職員の数は少なくて、女性の職員さんが多かった為か、叶人君が来てくれて本当に助かるわと院長先生に言われる事も多かった。辛い事も多かったけど、そんな暖かい言葉や、子供達の笑顔を見ていれば、自然とやる気が満ちてくるのを感じた。
こっそりとお金を出してくれているスポンサーも幸い多いらしく、子供の数も多くてそこまで余裕がある訳ではないが、経営はそれなり潤沢に進んでいるようだった。
里美もちょくちょく顔を出しては、仕事を手伝ってくれる。人手は大歓迎だし、子供達のうけもよかった。そして何より、当の里美自身が、とても楽しそうなのだ。
沢山の子供達が孤児院と流れ着いて来ては、里親の元へと貰われたり、ある程度の年齢になり、ここから社会へと巣立っていく。
双子の子もいれば、片割れだけの子もいるが、ここへ来た子供達は、全て愛すると心に決めていた。
そして僕がこの孤児院に勤めてからの、8度目の9月に、かなちゃんはやって来た。
かなちゃんは8人のグループでやって来たグループのリーダー的存在だった。
「私達みんな、身寄りが無いんです。お手伝いでも何でもしますから、どうかここに置いていただけませんか?」
大人びた様子で、そう深々と頭を下げるかなちゃん達を拒む理由は、この孤児院にはどこにも無かった。
その日から新たに、家族が8人増える事になる。
そして、気丈に振舞っていたかなちゃんは、僕の顔を見るなり、駆け寄ってきてそのまま抱きつき、火がついたように泣きだしてしまった。頑張ったね、もう大丈夫だよ、と彼女の頭を撫でられる程度には、僕は成長していた。
就職先の仕事が忙しくなった里美が、久しぶりに孤児院に手伝いに来てくれた日、かなちゃんの姿を見て、僕の腕を掴み、涙を零した。
「叶人君……」
「うん……」
彼女の想いは全部、僕にも伝わって来た。
奇跡は、確かに存在した。
それから1年が過ぎた。
かなちゃんは、そこまでやらなくてもいいのにとこちらが思う程、率先して手伝ってくれた。
そして殊の外、僕に懐いてくれた。
一度だけ、かなちゃんがどうしてここに辿り着いたのかを聞いた事があった。彼女は口を噤んでしまったが、彼女には、りっちゃんと言う、とても可愛い双子がいたことを話してくれた。
「私と違って、とっても可愛いんだよ」
そう自分の事のように双子を自慢するかなちゃんに、かなちゃんも可愛いよ、と言ってあげると、かなちゃんはへへへと照れて笑った。
空いている時間、かなちゃんはいつも僕の元へ本を持ってくる。僕に本を読んで貰うのが好きらしく、僕もリクエストされれば、時間を作って本を読んであげた。幸せそうにそれを聞いているかなちゃんが、僕は大好きだった。
ある日僕は、かなちゃんに一つのプレゼントを渡した。
「かなちゃん、これあげる」
「いいの?」
「うん、先生のお守りなんだけど、かなちゃんに持ってて欲しいんだ」
「ありがとう、私大事にするね」
そう喜ぶかなちゃんの手に、僕はあの日の、ブラックのボールを手渡した。
彼女が持っているのが一番いい。
そう、感じたのだ。
かなちゃんは僕の渡したボールを左目蓋に擦りつけてから、大事そうにポケットの中へとしまった。それからお守り代わりにいつもボールを持ち歩いている彼女を見る度に、僕は強くなれる気がした。
雅人、僕はもう、大丈夫だからね……。
遠く空の彼方へ、大好きな双子へ声無き声を送った。
それから孤児院全体を見渡して、元気に動き回る子供達の姿を見ながら、改めて空に願った。
どうかこの星の全ての子供達が、幸せでありますように……。
そう願わずにはいられなかった……。




