☆9月2日★ その2
朝食を終えて、着替えと用意を済ませ、僕達は母さんからお弁当を受け取った。
「おにぎりと、おかずを少し多めに入れておいたから、みんなで食べてね」
そのお弁当は雅人が受け取って、僕は母さんから二人分のおこずかいを預かった。
「気を付けてね。楽しんでらっしゃい、でも、あんまり遅くなっちゃ駄目よ」
母さんはそう言って僕達を抱きしめてから、笑顔で見送ってくれた。
「いってきま~す!」
「いってきます」
僕と雅人はほぼ同時にそう告げて、ドアを潜ってバス停を目指した。
腕時計の針は8時20分をさしている。ここからバス停までの距離を考えれば、丁度いい時間だろう。
僕は前を歩く雅人の背中を見ながら、さっきの母さんの様子を思い出していた。
にこにこと笑って、とっても明るくしていたけれど、その目元は腫れぼったくて、瞳は随分赤かった。
どうしてそんな目をしていたのかは、何となく想像がつく。だけど、それでも母さんは僕達の前ではいつもにこにこと笑っている。
だからもしかしたら、そんな僕の考えは、間違いなのかもしれない。
「お、叶人、里美達もういるぞ」
雅人が振り返り、僕にそう告げた。
次の瞬間にはバス停に向かって走って行くその背中を、懸命に追いかける。
「う~っす」
「おはよう、二人共」
返事がすぐに返ってくる。
「おはよ、晴れてよかったわね」
「おはよう」
「二人共、何だか今日は雰囲気が違うなぁ。特に里美は、誰かと思ったよ」
「へっへ~、そうでしょう? 可愛くなってて驚いた?」
雅人の軽口にふくれっ面が返ってくる事は無く、里美は嬉しそうにそう呟いた後に、くるりとその場で回って見せた。
ズボン姿を見慣れている里美が、今日はオレンジ色のワンピースを着ていた。スカートの裾は、膝よりも少し上、形のいい膝小僧にキャラ物のばんそうこうが貼られているのが、里美らしいと感じた。
くるりと回った事によって、内側に咲いたレースが太陽の光にキラリと映える。ポニーテールはいつもと変わらないが、それを束ねるのは普段の味気無いヘアゴムでは無く、山吹色の大きめのリボンが、尻尾の付け根に花を咲かせていた。
ショルダーバッグには赤いポーチ、成程、よく似合っている。
「叶人君はどう? 変じゃないかな?」
「うん、よく似合ってる、可愛いと思うよ」
思ったままを素直に口に出すと、里美は照れたようにへへへと笑った。
「由香里と色違いのお揃いなの。こないだ、買いに行ったんだよね~」
里美が由香里の後ろに回り込んで、肩を抱きながら言った。
由香里も里美と同じワンピース。
ただ、里美がオレンジ色なのに対し、由香里は女の子らしいピンク色だった。裾の丈は里美と同じ、胸元には蝶のブローチが手弱かに羽を休めている。
普段は二つに縛られている髪は、今日はそのまま顔の横に揺れていた。緩くウェーブのかかった髪は、時折風に梳かれながら軽く揺れ、肩からは白いトートバッグを下げていた。
「まぁ、同じもの着てるなら、由香里の方が断然似合ってるけどな」
照れ隠しなのか、雅人が里美にそう笑いかけると、途端に由香里の頬が赤く染まった。
「あ、ありがとう」
照れくさそうに俯きながら、そう呟く由香里は、とても可愛らしかった。
そうだよ、今日は折角みんなでお出かけなんだから、暗い事を考えてたら損じゃないか。
それに、僕がそんな事を考えていたら、みんなだって変に気を遣って楽しめないかもしれないじゃないか。
そう自分に問いかけ、今日と言う時間をみんなで目一杯楽しもうと、心の中でそっと誓いを立てた。
そんなやりとりをしている最中に、のんびりした様子でバスが到着した。
いそいそと乗り込み、一番後ろの長椅子を四人で占領する。
時計を見ると8時35分。
車内に人影は無く、僕達は貸し切りとなっていたバスの中で、あれに乗ろうこれに乗ろうと、目的地への思いを膨らませていった。
バスに揺られて20分。そこから電車に乗り換えて15分。電車を降りて駅から徒歩で10分。
ようやく僕達は目的地に辿り着いた。
「うっわ、今日は人が多いなぁ」
雅人が興奮したような呆れたような声を出す。
遊園地の入り口は、ごった返していると言う程ではないが、充分賑わいを見せていた。以前来た時には、それこそ閑古鳥の鳴き声が聞こえて来そうな程だったので、それと比べれば大賑わいだろう。
辺りの家族連れは、僕達位の子共達もいれば、もっと小さい子共達も沢山いた。
入り口で一日フリーパスの券を買い、列に並び順に園内へと入って行く。
先程よりも太陽の位置は高く、見上げた空の色は自然と気分を高揚させてくれる。
「何から乗る?」
「ジェットコースター!」
「メリーゴーラウンド!」
僕の問いかけに、雅人と里美から同時に言葉が返ってくる。
お互いに一瞬睨みあった後、二人は息の合ったように、同時に後ろに手を回した。
「せぇ~の! じゃ~んけ~ん」
ポン、と言う掛け声と共に、雅人は拳を、里美は掌を差しだした。
「はい決まり! まずはメリーゴーラウンドね~」
嬉しそうにはしゃぐ里美を尻目に、雅人は不貞腐れたように自身の握り拳を見つめていた。




