05 地底世界(1)
同行することになった坂下たちをアゲハの作戦会議室に集めたリーダー。
<リーダー>
「とりあえず、みんなには俺たちが生きている地底世界のことを理解してもらおうと思う。まずはこの地図を見て欲しいんだ」
リーダーは前方の壁にかけてある二枚の地図を指さす。
<宮川>
「そっちは地上の世界地図だな。あまりにも見覚えがある俺たちの世界だ」
<坂下>
「でも、その隣にある地図は何でしょう?」
<リーダー>
「たぶん想像がつくと思うけれど、こっちは地底の地図だよ」
<宮川>
「ふうん、地底の地図ねえ……」
初めて見る地図を前にして、宮川は腕を組んで考え事をする。
<坂下>
「その色分けは?」
<リーダー>
「ああ、これは地底世界の大まかな勢力図だと思ってほしいな。九州にあるのが大帝で、それ以外の日本を統治しているのが神聖日本王国。そして太平洋のあたりがムー共和国……と、ひとまずこの三つを覚えてくれれば大丈夫。その他の勢力については事情が複雑でね……」
<坂下>
「……というより、それ以上は一度に覚えられませんけどね」
<宮川>
「同感だな。今聞いたばっかりなのに、もう忘れそうだ。大帝と……なんだっけ?」
<坂下>
「えっと……」
<中上>
「神聖日本王国とムー共和国」
<坂下>
「そう、それ。地図で言うと水色と黄色のやつ」
<宮川>
「残る赤色、九州のところにある大帝っていうのが、俺たちが戦った相手のことだよな?」
これにリーダーが答える。
<リーダー>
「そうだよ。大事なことだから、俺たちが戦っている相手のことも説明しておこうか。今から半世紀以上も前かな? 君たちが住んでいる地上の日本から、とある集団が地下世界へと逃げ延びてきたんだ」
<宮川>
「半世紀以上も前っていうと、当時の日本は第二次大戦中か?」
<リーダー>
「その通り。彼らは地上の世界で劣勢となっていた日本軍だった」
<坂下>
「日本軍ですか。それって自衛隊になるずっと前の、日本国憲法ができる前の軍隊ですよね」
<カイル>
「ああ、いわゆる旧日本軍だな。当時の彼らは地上での再起を図るために、地底の科学力を利用しようと画策したらしい」
<宮川>
「B級映画みたいな話だな。……それで?」
<リーダー>
「残念ながら、高度に進んだ地底のテクノロジーは地上に持っていけなかったんだ。だから彼らは仕方なく地底を侵略することにした」
<カイル>
「それが現在の大日本地底帝国、通称大帝ってわけだ」
<宮川>
「へえ、軍人が作った軍事国家みたいなものか」
<坂下>
「そんなのと戦ってたんですか、僕たち」
<中上>
「よく死なずに済んだわよね、今考えても……」
<リーダー>
「……彼らは最初のころは神聖日本王国の軍人として活動していたんだけど、地底九州を占領して独立を宣言したんだ。そのときに多くの軍人が大帝側になびいたらしくてね、神聖日本王国の軍事力は半減したとも言われているよ」
<カイル>
「神聖日本王国は王の権力が強く、軍の不満が高まっていたからな。地上から来た軍人たちが作る大帝に魅力を感じたのだろう」
<リーダー>
「そういう経緯もあって、大帝と神聖日本王国は長らく冷戦状態なんだ。おそらくどちらも勝機を探っている状態なのだろうね」
<宮川>
「冷戦、ね。だから大帝の作戦を止める地底勢力はいなかったっていうのか?」
<カイル>
「俺たち以外にはな」
コホン、とリーダーは咳払いする。
<リーダー>
「ちゃんと紹介してなかったね。俺たちは大帝によって支配された地底の都市を奪還するため、そして大帝による地上の侵略を阻止するために結成されたレジスタンスなんだ」
<カイル>
「ジャパニーズ・レジスタンス、略してジャレスだ」
<宮川>
「なるほど、それでここは正規の軍隊ではないわけか。どうりで全員の空気が緩いわけだ」
<カイル>
「これでも、みんな相応の信念と覚悟があるからな?」
<リーダー>
「だけど気持ちだけじゃ、どうにもならないことも多いというか……。正規の軍隊ではないジャレスは資金があるわけじゃないから、扱える兵器は限られているんだよ」
<カイル>
「ほとんどがどっかの軍からの横流し品だ。オリジナリティはせいぜいマイナーチェンジくらいなもんだ」
<宮川>
「あの息吹二式って機体もそうなのか?」
<リーダー>
「そうだよ。あれは神聖日本王国から譲り受けた機体がもとになっているんだ」
<坂下>
「まあ、どこのものであろうと使えればいいと思いますけど……」
<中上>
「そうね。おかげで私たちは死なずに済んだのだし」
<リーダー>
「……だけど、機体だけに頼るのも危険だからね。そこで、とりあえず君たちには今後のためにも訓練を受けてもらいたいんだ。と言っても、前の座席に乗って戦ってもらうんじゃなくて、後ろの座席でサポートをしてほしいんだけど。いつか来る実戦に備えてね」
<カイル>
「正直、ジャレスのパイロットは今も不足しているんだ。この機会にパイロットを増員したいっていうのが隠し切れない本音でね」
<リーダー>
「ごめんね。実質的には戦争をやれって言うんだから、無理にとは言えないけれど」
<宮川>
「いや、そのことについて気にする必要はない。なんてったって自分たちの故郷が攻撃されたんだ。地上の軍隊が対応できない以上、お前たちばかりに任せてもいられないだろ」
<坂下>
「すごいな、先輩は……。大丈夫なんですか? 戦うことへのためらいとか」
<宮川>
「ためらいね。もちろん俺はまだ死にたくないし、大した信念もないままに他人を傷つけたり、殺したりしたくはないさ。どんな行動にも後悔と逡巡と恐怖は付きまとっている。単純に隠しているだけさ」
<坂下>
「ですよね。この前までは普通の生活をしていて、地底での戦争なんて想像することさえできなかったですから」
<宮川>
「だが俺は昔からそういう性格だったからな。やれることはやる。俺はこの夏休み、バイクで一人旅をするつもりだったんだ。自分の可能性を試したくてな」
<坂下>
「可能性……」
<宮川>
「だからというのもなんだが、むしろ逆に地底の人間たちに悪い気もするんだが、俺は自分にできることを確かめるためにも、この状況を最大限に利用させてもらうぜ」
<坂下>
「そうですか。……それなら僕も頑張ろうかな」
<カイル>
「まあ、とにかく俺について来てくれ。機体のところまで案内する」
実際に機体に乗って訓練するため、アゲハの格納庫に移動した坂下たち。
作業服姿の少女が坂下たちに気づいて頭を下げる。
<観測点>
「あ、これはこれは、みなさん。どうも、観測点です。ここでは整備士をやってます。どーぞ、よろしくお願いします」
坂下は首をかしげる。
<坂下>
「観測点?」
<観測点>
「はい。観測点です」
<カイル>
「それは彼女の愛称だ。名前というか、そう呼んでほしいんだと」
<坂下>
「あ、なるほど。観測点ちゃんか……。僕は坂下。よろしくね」
<観測点>
「はい。記憶しました。坂下君。次からはそう呼びますね」
<坂下>
「あ、うん。……整備士って、ここにあるロボットとかの? やっぱり機械とか好きなの?」
<観測点>
「たは! わかりますかっ!」
急に顔が輝いた観測点は嬉しそうに身を乗り出す。
<坂下>
「う、うん。今、すごくわかった」
<観測点>
「たとえば坂下君が乗っている息吹二式についてなんですが、そもそもにしてこれは旧世代である息吹一式とは基本コンセプトからして異なっていてですね……」
<坂下>
「へ、へえ……」
<カイル>
「ごめん、観測点。今はちょっと自重しようか」
<観測点>
「あ、はい。そですね……」
<宮川>
「見るからに落ち込んだぞ。モチベーションは大事だろ」
<カイル>
「そうだな。すまん。訓練が終わったらたっぷり坂下たちに教えて聞かせてやってくれ」
<観測点>
「いいんですか?」
<坂下>
「お願いするよ。今は何でも知っておきたいんだ」
<観測点>
「了解しました。夜に説明会を実施します。ではでは!」
嬉しそうに作業に戻っていく観測点。
カイルは全員に振り返る。
<カイル>
「さて、それじゃあ、これから操縦訓練をしてもらうわけだが。さっきも言っていたように、お前たちには後部座席を担当してもらう。アシストがメインの仕事だ」
<坂下>
「後ろっていうと、とりまちゃんの時みたいな感じか。あれをもっと練習して、戦闘の役に立てるようになれって話ですね?」
<カイル>
「そうだ」
<坂下>
「言いたいことはわかります。けど、僕にできるかなぁ……」
<カイル>
「心配しなくても、きっと大丈夫だろう。ジャレスで運用されている息吹シリーズは正規のパイロットでなくても一通り扱えるように、主に操縦面でマイナーチェンジしてあるからな」
<坂下>
「簡単になっているということですか?」
<カイル>
「そうだ。あとは覚悟さえあれば、正パイロットとして前の座席に乗ることもできるだろう」
<坂下>
「まあ、実際、とりまちゃんにはやれてるんですからね……」
<宮川>
「こちらとしては乗って戦う覚悟はできてるが、ひとまず俺は誰の後ろに乗ればいいんだ? 坂下はとりまで決まりだろうが」
<坂下>
「え、決まりですか?」
問いかけてきた坂下にカイルは頷く。
<カイル>
「とりまの意思と希望を尊重した結果、お前で決まりだ」
<坂下>
「意思と希望……とりまちゃんの?」
坂下が視線を向けると、それに気づいたとりまは頷いた。
<とりま>
「ん」
<カイル>
「だそうだが、異論は?」
<坂下>
「ないです」
そう答えた坂下はとりまのそばに行って声をかける。
<坂下>
「えっと、とりまちゃん。僕が君のパートナーになるみたいなんだけどさ、その、これからよろしくね」
とりま、当然と言った様子で頷く。
<坂下>
「僕が君を守ってあげるよ……とか言いたいんだけど、実際には僕が君に守ってもらう形になると思うんだ。ごめんね」
とりま、再び頷く。
それを見ていたカイルは宮川に顔を向ける。
<カイル>
「で、お前は……」
<宮川>
「カイルの後ろ……ってわけにもいかなそうだな」
<カイル>
「ああ。もともとは俺もパイロットだったんだが、この怪我じゃな。完治するまで俺はなだらの後ろに乗せてもらうことになった。ほら、そいつだ」
<なだら>
「あ、どうも。なだらです。あんまりしゃべることなくて、さっきから黙って聞いててすみません。ジャレスに三人いる正パイロットの中では一番下手っぴなので、あんまり偉そうにできいないですけど……」
<宮川>
「三人? っていうと、俺が一緒に乗るのは残りの……」
格納庫の壁に背中を預けて立っていたチャフカが軽く手を上げる。
<チャフカ>
「チャフカだ。宮川と言ったな? お前には俺の後ろに乗ってもらう」
<宮川>
「了解だ。お手柔らかに頼む。いや、やっぱり厳しくやってくれ」
<チャフカ>
「いい返事じゃないか。お前は運がいい」
<宮川>
「……何がだ?」
<チャフカ>
「ジャレスにある三機の中で、一番安全なものに乗れるからだ」
<宮川>
「……それは頼もしい言葉だな。ま、とにかくまずはやってみるとしよう。もしそれで不安があれば、その時はその時だ。素人に毛が生えたくらいには活躍して見せるぜ」
そして訓練が始まる。




